第10話 ヴォーヨンの森8

「っほ!」


 ユイを狙った角兎を叩き切る。未だ確実に倒すことできず逃げられることも多いが、今回は容易に仕留められた。


「ありがとう!」


 屈んで角兎の処理をしようとしたが、ガバっとユイが抱きついて来た。うん、悪い気はしないけど刃物を持ってるのにそういうのは、普通に危ないからやめて欲しい。


 あれからというもの、狩りが終わった後の夜の自由時間に度々ユイと出かけている。好意を向けられるのは良いが、何かと金が掛かりそうになるし自分の時間も無くなるしで困ったものだ。


 注意しても気にした様子はなく「うふふ♪」などとご機嫌な様子を隠さない。対応にまごついているうちに、兎はミリリがさっさと絞めた。


 

 実力が付いてきて進行速度も上がったので、もう少し森の奥まで行ってみることになった。


 正確には奥に行くのが目的ではなく、木人をスルーしてその他の敵だけ倒すようにしようというものだ。丸太さえなければ運べる獲物の量が一気に増えるので、一往復での収入が格段に上がる。


 木人を避け続けるならば、運よく他のモンスターと多く遭遇することがなければ自然と奥まで進んでしまうという帰結だ。


 奥に進むとそれまでよりも強いモンスターが多数出現し、そこは今までの浅層に対し中層と呼ばれる。とはいえこの「ヴォーヨン南西の森」に危険なモンスターは少なく、最奥部にある洞窟とその周辺以外は浅層で安定した狩りが行える実力があれば問題ないとされる。


 事実、中層が生息域であるモンスターには既に浅層でも遭遇している。鎧虫と言われるモンスターの一種で、見た目から亀と呼ばれていることも多いとか。



 このモンスターに限った話ではないが、正式名称が無いモンスターはたくさんいる。


 モンスターは一世代で大きく進化することもあるし、世代を経ずとも個体が進化することもある。

 新種がどんどん増え、気付けばいなくなっている種も山ほどいる。その一種毎に名付けるのは面倒だし、付けたところで定住しない冒険者が多いのも相まって浸透しない。


 動物かモンスターか、という話と同じように放置状態にあるようだ。


 発見直後に情報屋へ持ち込まれればそこでとりあえずの名前を付けたり、誰かが見た目に即した適当な名で呼び始めたり。名前が被っていても気にせず、なんとなくで済まされている。



 この亀もそもそも明らかに虫であるのにあんまりな名前だが、比較的新しい種である上で重要視もされておらず、あえて名付け直す必要性を感じていないそうだ。

 甲羅は加工が難しく需要が低く、あらゆる観点で同等以上のものが他の場所でたくさん取れるらしい。


 その姿は、亀の甲羅を被ったクワガタと言えばいいだろうか。

 体長は一メートル弱で体高は五十センチほど。甲羅に対してクワガタ部分は通常の亀の頭と同じくらいで小さい。小さくとも力自体は非常に強いらしいが、イメージ通り鈍くさい動きで一方的に攻撃をすることが出来る。太郎さんに怒られそうだ。


 ただし、その防御力もまたイメージ通りであり、攻撃は通らない。ミリリが斧頭で甲羅を思い切り叩いたが、ビクともしなかった。クワガタ部分を攻撃しようにも、すぐ引っ込む上にご丁寧に蓋まで付いていて閉めてしまうのでどうしようもなかった。



 何か目印があるわけでもないが、そろそろ中層と呼ばれるほど奥に来たのではないかと話し始めた直後。

 最初に驚きの声を上げたのは誰だったか。皆が同じように口に出したかもしれない。


 前には三メートルを越える太く大きな木人、通称「木偶の坊」が歩いている。

 見た目としては大きさ以外にも、目のような位置に一つのウロがあり、二本の小さな足ではなく似合ったサイズの多数の根が足の役割を果たしているという差がある。


 大きさに似合った膂力を持ち合わせているが、動きが通常の木人よりも遅い。また、弱点は足ではなくウロであり高所への攻撃手段がなければ倒すことは出来ない。


 ユイの魔法やミリリの投石では、当たりはしても効果が無く現状どうにもならないだろう。そしてさすがに引っ付いて登るまでの余裕はない。木登りスキルを磨き素早く登れるようになれば行けるのかもしれないけれど。


 こいつ自体を狩ることは出来ないが、臼胡桃やその他の小動物系モンスターが乗っている可能性がありそちらは狙っていきたい。木人の上にいる都合上、近付いて盾を構えることは難しいので完全にミリリ頼りにはなるが。


 ただ、今回は確認したところ何も乗っておらず、ただ見送るだけである。




「キキ!キギィ!」


 と耳に付く声を上げたのは樹上で三匹のグループになっている「シミラウト」。少数の群れを作る長い手を持つ猿だ。


 こいつ等が新たなメインの獲物。肉は硬く臭く食えたものではないが、それを好むモンスターもいるそうで需要はあるみたいだ。一体あたりの売値は木人と同じか少し高いくらい。体積の差を考えれば数倍の儲けになると思われる。


 喚き続ける猿達は、こちらの発見と共に手近なものを片っ端から投げてくる。が、まだ距離があるので届かない。届いても勢いは失われている。


 その場を動かない俺たちに向かって、永遠と「ギギィ!キギギャア!」とうるさくしながらも投げられるものを探して投げ続ける。


 この時間が大事。


 この猿どもは適格に臼胡桃を落とすことが出来るほどの投擲力を持っているので、迂闊に近付くのは危険だ。一対一なら防げても、複数から同時に狙われたらどうなるかは分からない。


 逆に、それ以外留意する点は無い。


 少し経つと、けたたましさは変わらないが物が飛んでくることは無くなった。さらに、投げるものを探す過程で面倒な樹上から降りてきている。


「行くか」


 声を掛け、走り出す。


 接近するとあちらも手足を使い攻撃を仕掛けてくるが、特別肉弾戦が強いわけではない。木人と兎と戦い続けた今なら脅威にはならず、シンプルに武器を持っているこちらが有利だ。


 初撃は避けられたが二撃目で顔面に傷を付け、続く刃で片腕を切り落とす。動きの鈍った首へさらなる一撃を加え、終わらせる。


 同じくミリリも処理したようだが、リョウの相手が樹上に登り、逃げようとしている。やはり盾を持っていると動き辛く攻撃面では遅れを取りやすい。


「ジェトジェティ!」


 樹上の猿にユイが魔法をぶつけ弾き、地に落とす。すかさず三人で取り囲み袋叩き。無事全滅させた。


 魔法ではなく投擲をしてしまうと、よほど注意がそれていない限りこの猿はキャッチしてしまうのでミリリの出番はない。普段から仲間でキャッチボールをしているモンスターなので、投げるだけでなく掴むのも上手いらしいのだ。


 お互いの健闘を褒め称えながら、狩りでは避けられない獲物の処理をする。人に近い形だからか豚や兎よりも生々しく、思わず「うげ」と呻いてしまう。肉の臭いが既にキツイのもある。


 それぞれが苦い顔をしながらも処理を終えると、全て預かり背負って吊るす。さすがに三匹ともとなるとズシリと来るが、鍛え続けた体幹のおかげで移動に支障はきたさない。この世界じゃなければ今頃筋肉が大きく盛り上がるムキムキな見た目になっていることだろう。


「どうします?このまま戻ります?」

「うーむ」


 難しいところだ。単純な運搬量で言えば俺以外は手ぶらだし、余裕はある。が、町に戻るまでの時間が長ければそれだけでモンスターとの遭遇が増える。結局持ち運べない量のモンスターを狩る事にもなるかもしれない。


「戻ろう。戻る最中にモンスターと遭遇したら戦う感じで。木人の場合出口付近までは無視」


 一気に稼ぎを増やせるかと思いきや、この調子では全体の時間を考えれば結局それほど変わらないかもしれない。

 運搬時間、移動時間がとかく足を引っ張る。万能なアイテム袋が欲しいものである。


 大方の予想通り、浅層に戻り少し経つと木人と遭遇する。その個体は無視して、もう少し出口に近付いたところにいた次の個体と戦った。

 俺は荷物を下ろさないままで、他の三人にやってもらう。魔法有りなのでサクッと片付け、丸太をミリリが抱えて再び帰路へ。


 死体を下ろして戦わないのは現状俺の手伝いが必要がないのもあるし、何より木人をおびき寄せてしまうという理由がある。恐らくそういう魔法なのだろうが、森の中で地面に接触している死体を木人には感じ取れるらしい。

 生き物の死骸があると、己の養分とするため寄ってくるのだ。


 その後も残念ながら再び木人に会い戦うことに。しかし、せっかくなので二本目の丸太は俺とリョウで運ぶことにした。猿三匹を背負いながら肩には丸太。我ながらパワフルである。


 なんだかんだ一往復で日の生活費の半分以上稼いでいる。ここまでの時間効率は最近の調子を考えればそれほどではないが、魔法の数を節約できたのは大きい。ここからの魔法による時間短縮も考えれば日給は大幅に更新できそうだ。


 ただし、今の自分は酷いありさまだ。 


 背中の死体から流れた血がべったり。死体と流れる血の両方が臭い。自分から汚れ役を買って出てはいるのだけど、不快なものは不快。


 最近あからさまに好意を示してくれているユイも、この状態では近付こうともしない。


「えっと……一旦水浴びします?」

「そうしよ!」


 気を使ってくれているんだろうが、残念ながらその時間が勿体ない。


「いや、また同じように汚れるかもしれないんだから、そのまま次行こう」


 そう言うと、むしろリョウとユイの方が嫌そうな顔をする。臭いとは得てして当人より周りの方が嫌に感じるものかもだ。


 このキツイ臭いのまま森を歩くというのは何かしらに影響を及ぼしそうなものだが、帰り道でもそうであったように何の影響もないようだ。


 鼻が良いどころか鼻の付いていない木人が幅を利かせている場所だし、その木人自体も特別匂いを発しないから発達する意味が無かったという感じだろうか。


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