第9話 ヴォーヨンの森7

 働き詰めの一日が過ぎ、日が明けた。

 昨日動き過ぎてだるい――ということはない。


 気持ち的には疲れが残っている気がしたが、しっかり回復している。今までの一年間、冒険者らしいことはあまりしていなくともトレーニングは滅茶苦茶していたし、働き詰めだった。

 体力関係のステータスはそこそこ上がっているはず。


 筋肉痛なども無い。これは筋トレの類を欠かしていないからでもあるが、どちらかというとエベナという世界のルールの影響が大きい。


 筋肉というものがそもそも違う。


 いわゆる超回復という作用で筋肉量が増え強くなっているわけではないらしい。よっぽどな過剰な肉体の酷使をすると筋肉痛に似た状態になることはあるのだが、閾値がかなり高いしなってもそれほど気にならない。筋肉を再生するために起こる痛みでもない。


 構造が普通の人間のクセに、原理が違うのだから意味が分からない。知ったかぶっていたところでそこから何かに繋がるわけでもないので、原理が違うからどうということも別にないのだけども。



 朝食の席では、ユイが足の筋肉痛を訴えていた。ユイにとっては「よっぽど」な肉体の酷使に含まれていたのだろう。とはいえ普通に動くことができるので、特に問題はない。


 それよりも気になったのは魔法関係だ。魔力が上がり撃てる数が増えていないかと確認したところ、やはり六発らしい。実際に確認したかったのは魔力が全回復してるかどうかなので、むしろ良い結果だ。

 魔力の最大量がとんでもなく多いなんてことがなければ、しっかり睡眠を取れば全回復しそうだ。一時間休憩すれば、一から二割程度回復するのだろうか。



 前日と同じように狩りに勤しむ。相変わらず魔法無しのタイミングでの戦闘は大変だったが、特筆すべきことはそれほどなかった。あとはせいぜいリョウが臼胡桃を受け止めた時に、腕が痺れたくらいだろうか。



 ◇



「お」

「おおー!」


 ついにミリリが臼胡桃を投石で叩き落した。


 あれから一週間、見つける度に用意してあった石を投げ続けていた。もはやミリリの趣味となっていて、持ち歩く石の数を増やし過ぎだったので注意したほどだ。


 盾で受けるのも慣れてきているのだが、その方法はやはり盾にダメージが蓄積するようで一度買い替える羽目になった。

 それでも胡桃の収支を考えれば黒字であるからしょうがなかったのだが、投石で落とせるならまるまる利益になる。絶対そっちの方が良い。


 ユイの魔力も増え魔法を撃てる数も一発増えてるし、みんな順調に成長している。角兎も突発的な遭遇であってもたまに倒せるようになってきたし、森を警戒しながら進むのも慣れてきて普通の歩行速度に近い。



 そうしてさらに一週間が経過した。


「もういい加減いやー!」

 

 半月間、休みなく働き詰め。嫌になるのは分からなくもない。


 狩りは安定していて効率化も進んでいる。

 殺し合いには違いなく神経をとがらせて事に臨んでいるとはいえ、毎日同じことの繰り返しでは理想とする冒険者像とは違いがある。


 仮にゲームだとしてもレベル上げの期間はあるだろうが、それだけを永遠と繰り返せなんてとんだクソゲーだ。


 この半月間どころか、俺としてはこの世界に来てから一年以上、イベントみたいなことには遭遇していない。

 ひょんなことからエルフの美女を助けて好意を寄せられたり、町を救ったり、誰かの悲しい過去を知ったり、強い想いに突き動かされたり。何かに覚醒して突然強くなったり、お偉いさんの目に留まったり。


 挙げ出したら切りがないが、異世界や転生に期待するあれこれが一つもない。働いてトレーニング働いてトレーニング働いてトレーニング……ただその繰り返し。

 ああいや、コーメンツにいた頃は勉強も頑張ったか。だからなんだという具合だが。


 一体俺は何しに異世界へ?


 なんて思いつつも、俺としては今のとこそれほど不満はない。成長しているという確かな実感があるし、魔法が使えるようになりそうという楽しみもある。



 ユイに関していえば、工夫が難しく成長を実感できないということもある。


 俺たちは木人に対する攻撃が徐々に洗練されている。激しく動きながらも同じ位置に攻撃を当てられるようになっており、ダメージの蓄積で倒すのではなく腕の部位破壊で無防備にして倒すという変化がある。

 誰がどれだけ腕を削り進めたのか競い合い、楽しんでいるような状態だ。


 リョウは盾を巧みに扱い、角兎を弾く角度を調整し宙に浮かせ攻撃のチャンスを増やしているし、ミリリは投石の腕をどんどん上げている。


 木人丸太も俺とミリリは一人で一本持ち運べる。筋力も上がっているだろうが、持ち方のコツというか、運搬のステータスが別個に合ってそれが成長しているのかもしれない。


 対してユイの簡易魔法は、習得段階で既に完成形であり成長というものがない。

 出力は一定、狙いはオートロックに近い。応用するにも、追加の魔法を買う必要が出てくる。魔力自体は順調に増えているみたいだが、変わり映えせずつまらないだろう。


「ユイさんも剣を持ってみたらどうですか?魔力が無いときの自衛手段も必要でしょうし、気分転換にもなるかもしれませんよ」

「スガさんが守ってくれるし、リョウやミリリも守ってくれるんでしょ?それよりも良い装備と魔法を買って、魔法使いとして上を目指した方が良いじゃない」

「そんなこと言っても、お金がないんだからどうしようもありませんって。僕は今出来ることをしてみようって話をしてるんですよ」

「私はスガさんに魔法使いとして誘われたのよ?なんで戦士までやらなくちゃいけないのよ。あなたの仕事でしょ?」 


「はいストップストップ。色々思うところがあるのは分かったから、とりあえず今日の午後は休憩にしよう。ちょっとだけだけど積立金から各自にお小遣い配って気晴らしでもしよう。良いね?」

「良くな――」


 即答しようとしたミリリの口を塞ぐ。


「ミリリは後でちょっと話そうか」




 久しぶりの明るい間の自由時間。


 町の中心部を歩く。最初に簡易魔法を買いに来た時と、壊れた装備を買い替える際に近くまで来たことはあるが、真っすぐ目的の店に行っただけ。


 隣を歩くユイはご機嫌……でもない。使える金額が少なく、買い物でストレス発散とまではいかないみたいだ。気になる装備や装飾品を見て、値札を視界に入れる度渋い顔をしている。


「もうちょっと金額増やせない?」


 などと聞いてくるが、無理な話。

 今積み立ててあるのは冒険者としての活動資金であり、娯楽に使う用途ではない。狩りに有用なものであっても、了承を得ず一人を優先するようなことをすればパーティは瓦解する。

 

 それだけで済むかも分からない。


「東地区にも行ってみる?冒険者用じゃない普通の服とかなら見た目が良くて安いかもよ」


 調べたことがなく分からないが、見た目以外に労力を裂かずに作られるアイテムなら安く済むだろう。


 店先の指輪が気になるようで、目を離さずに生返事が返ってくる。

 こっそりため息を付きつつユイが諦めるのを待ち、再度問いかける。ユイも納得したみたいで、早速向かうことにした。



 着いてみると、半分当たりで半分ハズレ。


 良い生地というのは、得てして能力値も高いらしい。肌ざわりの良い生地は、肌ざわりだけではなく強靭さも兼ね備えていたり、何らかの耐性を保有している。

 着色や加工の自由度も生地の品質に比例するらしく、見た目が良ければ値段も高いのが基本のようだ。


 だが、見た目特化の店も存在した。

 ゼロから魔法により生成したものであり、安価で自由度が高い。引き換えにその脆弱さは折り紙付きで、他の魔法の干渉により解けて消える危険すらあるらしい。

 突然消えても問題無いよう、中に服を着た上で着るもの。「コスプレみたいなものよ」とは店員の言だ。


「これとこれ、どっちが良いと思う?」


 うわ来た。難しいと有名なこの質問。「ユイはどっちが良いと思うの?」と聞き返すのが常套手段だが、こいつは既に「迷ってるから聞いてんじゃん。馬鹿なの?」と返してきた実績がある。


「どっちも良いと思うけど、そうだなぁ」


 どっちだ、どっちが正解だ。あれだろ、既に正解は決まっているけど背中を押してほしいやつだろ。機嫌を直すために時間を使っているのだから、正解を当てておきたい。

 提示されているのはトレーナーと、ロゴ付きTシャツと羽織るやつのセット。ストリートファッションとかいうやつだろうか。因みにこの分類すら正しいか分からない程度には興味も知識もない。


「そうだなー、個人的にはこっちの方が似合うかなって思う」


 思っていない。この場合の似合うって言葉自体がよく分かってない。

 似合わなくてもギャップがあって可愛いくて良いんだろ。顔が良ければなんでも似合ってるってことになるんだろ。実際こいつは割と可愛いから、何着ても許されるんじゃないのか。


「へーそっか。じゃあこれとこれは?」


 くそ、勘弁して欲しい。適当に即答したいが、悩む振りは最低条件な気がしている。「寄り添ってあげています」アピールを欠かすと、より面倒なことになると脳内で警笛が鳴っている。


 結局日が暮れるまで同種の店舗を周り、似たような問答を繰り返した。


「ふふーん♪」


 甲斐あってか、すっかりご機嫌だ。俺の返事は正解を当てていたのだろうか。どうでも良いと思っていたが、クイズならば正解を知りたいと思うものだ。とはいえ不躾に聞くこともできないし、迷宮入りが決まっている。このもやもやが晴れることはない。


「あ、そうだ。これ」


 機嫌が直らなければ意味が無いし、俺は俺なりにできるだけのことはした。


 取り出したのは指輪。

 店先で悩んでいたものとは違うが、デザインが酷似している。東地区でユイを待っている間にこっそり買っておいたものだ。例によって能力は無く、見た目だけのもの。


「え、綺麗……嬉しい」


 そうだろう。なんせ見た目だけならこっちの方が良い。光源として使える石の出来損ない品を加工したものらしく、それ自体が淡く光っている。

 興味が無い俺でも綺麗だと思えるもので、だからこそ喜ぶのではないかと思って買ったのだ。


 ユイは簡素な入れ物から早速取り出し、指にはめる。

 店で買った服を着たままなので、見た目は冒険者の欠片もない。


 暗い夜道で光る指輪を掲げる姿は、とても絵になった。



 それからの狩りは、相変わらず簡易魔法を使うだけではあるがユイは絶好調だった。時折指からの淡い光が目に入る。


 言葉に出してはいないが、指輪を渡した次の日の朝の時点でリョウ達もそれに気付いている。

 少しだが光るのだから当然目を引くし、視線に気付いたユイが自慢気に見せびらすという一幕があった。詳細は特に聞く必要もなくなんとなく分かるのか、話題には上がっていない。

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