第8話 ヴォーヨンの森6
「もう、くたくたです」
「腹減った」
「そうだな、流石に疲れた。とりあえず飯にしよう」
既に太陽が真上を過ぎている。昼時をすっかり逃したというところか。
角兎を幸運にも倒したあの後、もう一度森に入っていた。
本当は入る前に休憩しようという話もあったのだが、ユイの魔力回復具合を計るために一度魔法を使えるだけ使わせておきたいという事情があり突入した。
しかし倒せるモンスターが中々見つからず時間が掛かった。鼠のようなモンスターは見つけたのだが、こいつらは不意打ち専門であり見つかった瞬間に逃げ出す。獲物にはならない。
やっとの思いで木人を見つけて倒し、丸太を持ち帰っているところでまた木人と遭遇。これも打倒しユイの魔力を使い切ることは出来たが、丸太を二つ持ち帰ることは現状不可能。仕方なく一つは放棄して帰ってきたという状況だ。
宿まで戻り代わり映えしない食事をとる。ユイが「たくさん働いたんだから、もっと美味しいもの食べたい」などと言っているが、いい加減余裕がないことを自覚して欲しいものだ。
「この後はどうします?ユイさんの魔力もないみたいですし」
「んー、一時間後くらいにここ集合で、それまでは各自休憩ってことにしよう」
もっと休憩したい気持ちもあるが、そんなこと言っていると日が暮れてしまう。
「え、まだやるの?今日は終わりにしようよ」
「今日の収支は今とんとん、昨日は赤字。このままじゃ破産するよ」
「もー、お金の話ばっかり。もっと楽しくやろうよ」
「気持ちは分かりますけど……」
「とにかく一旦休もう。疲れたまま話してても悪い方にしか頭が行かん」
あっという間に時間は過ぎてしまい休憩を切り上げ集合する。ユイは同室のミリリが引っ張ってきた。
のんびり歩きながら、森へ向かう。休憩したとはいえ俺も疲れている。いきなり走り出す気分にはなれない。
「因みに魔力って回復してたりする?」
「んあー?あー、うん。そうね、一発は撃てるかも」
ふむ。食後一時間の休憩で回復したのか、それとも最初の一発目を使ってから時間経過で少しずつ回復し今ようやく一発分溜まったのか。
流石に一晩ゆっくり眠っていれば全回復すると思いたいが、前者だと明日全回復していない可能性もある。
今これを言うとサボる口実を作ってしまうことにもなりかねないので、明日さりげなく聞いてみよう。
簡易魔法の実践論については値段が高過ぎて聞けていないから大変だ。
活躍している冒険者同士でやりとりするような内容になると、価格が跳ね上がるから困ってしまう。情報の仕入れ値などの関係もあるだろうから仕方のないことだが。
「胡桃がたくさん見つかれば良いですねー」
リョウも疲れているからか、楽に済めば良いと願っているようだ。
「回数制限を考えれば、魔法は使わない方が良さそうだな」
「魔法を使わないとなると、どういう方法になるんですか?……あ、投石とか?」
「そうだな、その方法も有効なはずだ。だけど難しいと思うぞ」
まず丁度いい石が落ちているかどうか。
臼胡桃は植物系のモンスターだが昆虫のような鉤爪状の手足で魔法も組み合わせ、重い自重にも関わらず木登りができる。待機時にはそれを使い木にしっかりと引っ付いている。投石に使う石が軽いと落とすほどの威力を出せない。
胡桃側の攻撃範囲外から投げる必要があるため、重すぎれば威力が出ないどころか届くかどうか怪しい。
丁度良い、野球ボールくらいのものが欲しい。それがあったとしても、角度がある樹上の相手への全力投擲が当たるかというと難しいだろうが。
投げた石を回収出来れば再挑戦も望めるが、森の中で全力で投げた石を再び見つけられるものかどうか。胡桃からの攻撃範囲に落ちてしまうと拾いにも行けない。
「あー、確かに。色々考えてあるんですね。一応手ごろな石があれば拾っておきます?」
「ありだと思うが、邪魔になって動きが制限されない程度にな」
「でもそれならどーすんの?」
「落下攻撃を防ぐ。盾で」
いかに身を守るための盾とはいえ、まともに当たってしまうと盾越しでも凄まじい衝撃をくらう。もしかするとケガを負うかもしれないし、盾の消耗も大きい。場合によっては盾ごと持っていかれるかもしれない。
だが、衝撃点をずらし力を受け流せられればなんてことはない……はずだ。
事前に存在を認知した状態で近づけば難しいことではないと思うのだが、実物を知った後だと結構怖い。
臼胡桃という名前から勝手に餅をつくための木製の臼を想像していたが、実際は粉を挽くための石臼からとられた名前だ。
サイズはそれほどではないのが救いだが、それでも重量は十キロほどはある。それが高さ三、四メートルから勢いを付けて落ちてくる。シンプルな恐怖だ。
「……なるほど」
納得しながらも、表情を硬くするリョウ。俺と同じ感想なのだろう。
「一応、最初は俺がやってみるよ。盾の扱いに慣れてないとはいえ純粋な筋力は俺の方が高いだろうし。それにどんなもんか自分でもやっておきたい」
「分かりました、では最初はお願いします」
少し複雑そうだが「最初は」を強調して了承される。恐怖とプライドとの妥協点なのだろう。
「まあ、何にせよ胡桃が見つかると良いんだがな」
当然、そんな都合良く行くはずもなく現れたのは木人。それも二メートル越えの大物が二体。
決めていた作戦通り、一体はミリリ単独で相手取ってもらう。その隙にさっさともう一方を三人で倒す。
「ユイ!」
魔法を使えば木人の処理に時間はさほど掛からない。サイズもほとんど影響しない。順調に一体を処理できた。だがまだもう一体いるしユイは魔力切れだ。
負けるという心配はあまりない。荷物がなければ最悪一対一でも逃げおおせる相手なのだ。だが、倒すとなると時間がかかる。
木人の強さはそのタフさだ。バランスを崩し倒れこませるには、十分なダメージを与えてふらつかせるか、片腕を奪うくらいする必要がある。魔法を使う方法は、本当に裏技じみた手軽さなのだ。
目標が動き、反撃されながらの木こり作業。同じ位置に攻撃が中々当たらず、表面上は傷だらけにしながらも被害というほど深い傷は与えられない。
相手の攻撃を避けては剣を振り、振っては避ける。単調だが気が抜けず、それでいて重労働。
左右に分かれ二人でそれを行い、体制を崩したり大きく飛びのくときに三人目と交代する。
結局、木人がダメージでふらつき始めるのと片腕を失うのはほぼ同時だった。そのまま次に放たれたリョウの剣撃で倒れこみ、すかさず俺が足を砕く。
「はあ、はあ、やばいですってこれ。うわ、手が剣を放してくれませんよ」
力を入れすぎた状態だったからだろう。俺も指が上手く動かない。最初は振るときにだけ思い切り力を入れていたはずだが、気付いたら入れっぱなしになっていた。
一回り小さいサイズならここまで苦労はしないはずなのだが、大きいというだけでこうも違うものか。
「大丈夫?」
ユイが近寄り手の状態を見に来た。別に、外見上はなにもないから見てもしょうがないのだけどな。優しく触れられると少しくすぐったい。
少しだけ息を整えてから、先に倒した方の木人の腕を切り落とす。森の中でいつまでも休憩しているわけにもいかないので、さっさと作業をしなければならない。いつおかわりが来るともしれない。戦闘中に増援が来なかったのも運が良いだけだ。
今何体木人を倒したところで、持ち帰り換金出来るのは一体だけ。本来なら二体目だって戦いたくはなかった。傷の少ない綺麗な一体目の木人を手早く処理して帰路に着く。
森の外へ向かっている途中、幸運にも臼胡桃が見つかった。その場に丸太を下ろし、倒すことにする。
「じゃあ、お願いします」
盾と、それ用の衝撃が伝わらないようにするための厚手の手袋を借りる。意識して息を整え、覚悟を決める。なに、やってしまえば大したことはないかもしれない。
「待って」
珍しくミリリが呼び止める。振り向くと背嚢から何かを取り出しているところだった。
石だ。いつの間にか投石用のものを確保していたのだろう。
石は二つあり、何か確認することもなく早速ミリリが投げる――はずれ。悪くないコントロールだと思ったが、それでも一メートルは外れている。
眉をピクッとだけ動かすミリリ。悔しいのだろうか。
続いて二投目……お、と思ったがやはり当たらない。かなり近い位置には投げられていたのだが。まあ、コントロールを重視したのか威力が控え目だったから、当たっていても落とせなかった気もする。
「今度こそ、行ってくるね」
言いながら、盾の持ち方を確認する。腕を通して位置を固定し持ち手を握る一般的な盾だが、両手を使える状態ではどうするのが最善なのかイマイチ分からない。結局空いた右手は添える程度にしておく。
気合を入れ直し、臼胡桃へ近付いて行く。目を離したくないので足元を確認できず、すり足で動くその様は非常に情けないことだろう。
今他のモンスターが来たらヤバいよなぁなんて、つい余計なことを考えながら距離を詰めていく。
少しずつ、少しずつ……来た!
軌道を読み、しゃがんで衝撃に備えながら構えていた盾の場所を修正し顔を隠す。
直後、衝撃が走った。
盾にぶつかる鈍い音と、地面に転がる低い音が連続して鳴る。
胡桃の進行方向に対し上手く斜めに当たったのか、覚悟していたほどの痛みは無かった。胡桃が地面に落ちた後も転がったというのは、盾でエネルギーを殺し切らなかったからこそだろう。完璧に受け流したことの証左。
反射的に動いただけなので、計算したわけでも何でもない。ビギナーズラックというやつだ。
ともかく、まんまと胡桃を地面に落とせたのでさっさとその命を奪う。割れ目のような隙間に刃先を入れ力を込めてやるとそれほど苦労せず割れる。
「すごい!さすが!」
「見事でしたね……少し自信を無くします」
はたから見ても良い感じだったのか、手放しに褒められる。悪い気はしないが、次も同じようにやれるとはとても思えない。正直にただの運だと伝えておく。
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