第5話 ヴォーヨンの森3
先頭をリョウに任せたのは、盾を装備しているため敵の初撃を防ぐことが最も容易だからだ。価格や重量の問題があり盾は小ぶりだが、それでも安心感は段違い。
次に俺とユイ。俺は前後どちらからの接敵にも対応出来るようにという理由と、ユイの護衛兼なだめ役だ。
ユイは調子に乗りがちだが、一応の好意を向けられている俺の言葉を一番よく聞く。命が掛かっている場面で暴走されたらたまったものではないので責任を持って抑える必要がある。
最後尾は、手斧を持つミリリ。このパーティの中で一番身体能力が高い。すなわち単独の戦闘能力が一番高いということだ。
ただし、この娘も扱いに気を遣う必要がある。無口なのだが行動力があり、隊列を組もうとしても突出しがち。その行動力故に手に入れた身体能力だろうから、一概に悪いわけではないのだが。
別に言う事を聞いてくれないというわけではなく、気付いたら勝手に体が動くそうだ。
先頭にいると勝手にどんどん進んでしまうため、最後尾を任せて抑えているという状況。
我ながら問題のあるパーティだなと思うが、やってみたいことをやっていたらこうなったのだから、仕方がない。
進行速度は非常に遅い。森の中を、襲撃を警戒しながら進むというのは大変だ。
大木の裏にはモンスターが隠れているかもしれない。できるなら距離を取り、近くを通り過ぎるなら武器や盾を構えながら。
それほど大きくはない木であっても、隠れていないとは限らない。進行に伴う角度の変化を使いながら見ていない範囲を狭め、隠れるスペースがないことを確認する。
木の枝の上も重要だ。頭上からの不意打ちを食らえばひとたまりもない。
どこから来るか、いつ来るか分からない敵に怯えながらも進み続ける。
ほどなくして、リョウが立ち止まり盾を構える。モンスターを見つけたのだろう。木に隠れて途中まで見えなかったのか、敵までの距離は近かった。
――木人と呼ばれる化け物、ウッディアンだ。
体長は俺たちと同じくらいで、カバ車から見下ろした木人のような可愛らしさは少しも感じない。
鈍い音をたてながら、リョウの盾が木人の攻撃を受け止める。ただの乱暴な腕の振り降ろしだが、長く硬い腕は遠心力も加わり十分な脅威だ。
とはいえ防御出来れば問題はないし、初速が遅いためそれが間に合わないということもない。
すかさずミリリがリョウの援護に回ったが、俺はまだ動かない。
現状一番の脅威は、敵の援軍。挟み撃ちされるようなら立ち位置を変えなければならないし、数が多いなら逃げ一択だ。
数秒をかけしっかりと近くに他のモンスターがいないことを確認し、木人に向き直る。
ユイに離れる旨を告げ木人の元へ走る。
木人の右腕による薙ぎ払いをリョウが防ぎ、隙ができたその腕にミリリが軽く攻撃を加え傷を付ける。
続いて木人が左腕を大きく横に振りかぶったところで俺が到着。そのまま速度を殺さず駆けて行き、その左腕の上から叩き切るように剣を振る。意識をリョウとミリリに裂いていたのか、警戒されず丁度良いところに攻撃を加えることができた。
左腕の攻撃を俺に封じられたため、右腕を使おうとするが今度はミリリがその腕を追撃し抑える。
良い調子だが、このままだといずれは膂力に勝る木人が俺たちを押し戻しなぎ倒す。その前に一度引かなければならないが、そうはさせない。
「ユイさん!」
リョウは声を張りながら木人の正面から左側、ミリリの方へ体を動かし射線から逃げる。
「ジェトジェティ!」
間髪おかずユイが呼応し魔法名を告げ、手のひらに生成された半透明の緑色の球が投げ出される。
簡易魔法は言葉の意味がそのまま効果であり、それを組み合わせて使う。ユイは「投げ出す」という意味の「ジェティ」しか買っていないため、今使った「投げ出されるような効果を持つものを投げ出す」ことしかできない。
あくまで「投げ出す」という表現内に収まる勢いしかないため、着弾まで少しの間があったが両腕を抑えられた木人は避けることが叶わず、頭部に命中する。
パァン!
弾ける音が鳴る。
頭部に衝撃を受けた木人は、両腕も同方向へ力が加えられていることもありバランスを失い後ろへ倒れる。
木人の足は小さく短く、ほとんど足首しかないようなものだ。倒れてしまうと立ち上がるのは大変である。腕を効率良く使う必要があり、体勢を整える必要がある。
そしてそのチャンスを与える馬鹿はいない。
腕の射程外である足元の方からそのまま足を狙う。
立っている状態では小さい足元への攻撃は難しく、いくら小さく防御力が低くとも足にダメージを入れることは難しい。が、寝ている状態ならば関係ない。
一方的に攻撃を加えて両足を破壊すると、少しだけもがいた後に動きを止める。
分かりにくいが、死んだのだ。
「やった!」
「良い感じですね」
木人は両足を失うと死ぬ。
樹木にとって一番大事な根にあたる部分が足になるので、これが無くなると栄養素を補給できなくなる。人の頭部を破壊することに近いらしい。
この倒れさせてから足を壊すという方法は、木人と戦う際の定石。特に今回の両腕を抑えてから簡易魔法を使う戦法は、情報屋で教えてもらったまんまだ。
木人は土や木を操る魔法を使うことができ、それによりこんな小さな足でも体をしっかり支えている。簡単そうに思えても倒すというのは中々難しい。
しかし、魔法による攻撃を受けると一瞬だけ体を支えるための魔法に乱れが生じて、見た目通りの不安定さになる。そのタイミングで押し倒せば良い、という寸法だ。
実際に、コーメンツの草原で戦ったことは何度かあるが大変だった。時折草原に迷い込んでくる個体がいるのだ。
腕や胴体に軽く傷を付けたところで動きが変わらないので、駆け出し冒険者からすればかなりのタフさを持っている。森で戦うより足場が整っており戦いやすかったのだが、それでも今回より遥かに時間が掛かっていた。
「綺麗に倒せな。よし、持っていくか」
「分かりました」
倒した獲物は、買取所に持っていく。
あらゆるモンスターには何らかの使い道がある。とされている。
事実かどうかは不明だが、少なくともこの木人はほぼ純粋な木材であり、使おうと思えばいくらでも方法はある。一応通常の木材より魔力が通りやすいという特徴もあるそうだ。
エベナにおいて木製の何かを作る際に何のおまけ要素もない通常の木材を使うことは少ないそうで、多くの場合木製=ウッディアン製である。ウッディアンと一口に言っても種類は様々なので、一番ランクの低いこの種類がどれだけ使われているかは分からないが。
まあこのウッディアンが木材としてはイマイチでも、薪には使える。
あらゆる場所にモンスターが生息する都合上継続的な林業は難しいものの、暖をとる際や調理には火を使うのが最も簡単なため薪の需要は高い。電気やガスの代替となるエネルギーはあるが、変換効率などの問題があるみたいだ。
ということで需要はあるはずだが、供給も十分にあるため価格はたかが知れている。
命を落とすと脆くなる腕を俺とミリリで切り落として、二人で肩に乗せて運び帰路へ。男女間の身長差は転生体には無いので都合が良い。警戒はリョウに任せて、俺たちは速度を落とさないよう付いて行く。もとから警戒のためにゆっくりとした進行なので運搬に問題はない。
逸る気持ちを抑えて、安全第一で戻る。何もないことを祈る。
モンスターに遭遇すれば一度下ろすしかないし、そうなれば傷が付くかもしれない。せっかく運んでいるのに値段を下げるようなことはしたくない。
しかも出てきたモンスターが木人ならば、結局運ぶことができず無駄になってしまう。
家に帰るまでが遠足。戦利品を換金するまでが狩りである。
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