第6話 ヴォーヨンの森4

「北東で良いですよね?」

「町の入口を目指すんじゃなくて森を出るのが優先だから、真っすぐ北で良いよ。逸れる必要があるなら東」

「なるほど、了解です」


 行きと同じく先頭になるリョウが方位磁石で方角を確認し、早速移動を始める、

 実際には磁石じゃないみたいだが、機能は同じなのでどうでもいい。



「ふぅ」


 少しして、何事もなく森が明けた。

 緊張が緩む。隠れる場所が無数にある森はやはり怖い。これで一安心だ。こらから森へ入ろうとする人たちやこちらの方向へ向かってくる人たちと、他の人の姿もある。


 町の入口から少し離れているので東へ進むみ始める。というところで。


「――ユイ、撃て!ミリリ!」


 五人組が通りすがるかと思いきや、いきなり武器を抜き始めたのですぐに状況を察し判断を下した。視線だけはしっかりと向けていて良かった。


「え?なに?」


 しかし、ユイは分かっていないらしい。


 すぐに作戦を変える。ミリリの反応は良く、既に一緒に丸太を投げ出している。


 駆け出し敵の前に躍り出る。既に森を出て隊列を解除していたのでリョウも隣にいたのだが、どうやら状況を理解しながらも戸惑っているらしく、その場から動けていない。

 俺とミリリの動きを見るや「チッ!やるぞ!」と声を出しながら、相手も動く。


 自分たちで森に入ることもしない奴等を恐れる必要はない。丸太を投げ出すという行為を挟んだせいで敵が先に動き始めワンテンポ遅れていたが、それは結果に響かない。


 剣を強く振り、端にいたやつを狙う。

 上段からの振り降ろし。剣と剣、金属同士がぶつかる鈍く大きな音が響く。

 

「ぐあ!」


 体勢と力、どちらもこちらに分があった。受け流す技術もない相手は声をあげながらそのまま剣を落とし、無防備に。


 手首を捻り、振り切った剣を再度相手に向け、踏み込みながら切り上げる。


 浅いものの胴体を切り付け血が舞う。防具を付けていないためどこを攻撃しても大きなダメージに繋がる。相手が痛みに仰け反っている間に剣を構えなおし、再度力を込めて剣を振る。骨ごととはいかないが、首を半分引き裂いた。


 噴き出す血を気にも留めず、次の敵に向き直る。

 怯えている様子で構えが疎かになっている。がむしゃらな行動をされる前に、素早く距離を詰め上段から叩き切る。


 断末魔と頭蓋骨が砕ける音が混じる音が響く。


 砕いた頭部を蹴り絶命を確認し視線を動かすと、今まさにミリリが逃げ始めた最後の一人の背中へ手斧を振り、肩を砕いた。


 続いて倒れる相手に再度斧を振り頭部を破壊するところだったが、それは見届けずに既にミリリが殺したであろう者を確認する。

 頭部が破壊されておらず、うつ伏せになっている者がいたので念のため背中から剣を突き刺す。反応無し。しっかり仕留めていたようだ。


「あたしもこんな弱かったのかな」


 返り血をぬぐいながら戻ってきたミリリが言う。


「そうなんだろうね。豚にやられるのってこういうレベルだってことなんだろうし」


 返事を返しながら、何かあるかなと死体を漁る。案の定なにもないが、落とした武器は現在使っているものと大差なかったので貰っていくことにする。


「ほら、行くぞ」


 再度ミリリと丸太を持ちながら、動かないままの二人に声を掛ける。


「あ、うん……ごめん」


 動けなかったことについてだろう。リョウが謝罪する。


「まあそうだな」

「話し合いは……無理だったかな、やっぱり」

「これとの方がマシだろうよ」


 トントン、と抱えている丸太を叩いた。




「以前にもこんなことがあったの?」


 買取所に木人を持ち込み金に替え、手に入れた武器を宿へ置きに行ったミリリを待っているとリョウから話掛けられる。


「無いよ。コーメンツなら衛兵がすぐ来てくれるし。ま、こういうことが起きるってのを直接情報屋で聞いてたから、心構えの仕方は違いがあったかもね」


 情報屋で売られている情報を言いふらすことは良しとされていないが、同じパーティなら問題ないため必要な情報は共有している。

 しかし、話が上手くなかったり勝手に要約したり、ニュアンスが伝わり辛いなどということもある。正確に伝わっているかも微妙だし受け止め方も変わるかもしれない。


 もっとも、それを言うならミリリはどうなんだという話なのだが。


「貧民街は治安が悪く襲われることもある。弱いからなんとでもなるが、面倒なことになる前にしっかり殺すのが大事。だっけ」


 殺したら面倒なことになる。ではなく、生きていると面倒なことになる。


「だからそれは俺が言ったやつね。店ではもっと細かく言われたし、要点だけ話した感じ。実際二人でなんとかしたし、なんなら一人でも全然問題なさそうじゃん。こんなこと怖がってたらコーメンツに引きこもるしかないんだから」

「それは、そうなんだろうね……」


 そういう問題ではないと言いたげだ。


「あー、そういや直接やり合ったわけじゃないけど、何回も転生者が暴れだすとこにはいたことあるな。勝手に来るんだろうけど衛兵を呼ぶこともあった。だから反応早かったかも?リョウはそういうのなかったの?」


 フォローというわけでもないが、似たような別の経験からの判断の違いもあるかもしれない。


「ないことはないけど……でも衛兵が連れて行くだけだし」

「あれ。あ、もしかして衛兵が連れて行った奴が殺されて豚の餌になってるの知らない?衛兵を呼ぶのと殺すのはわりと同義だよ?」


 初めて知ったようで、リョウは目を見開きこちらを見る。

 馬鹿にするわけではないが、少し呆れる。リョウだって数か月はコーメンツで過ごしたのに、それに気付かないのか。


 まあでも、興味がなければ考えないし仕方ないのかもしれない。俺が接触したことで余計なことを考える必要がなくなった結果、ということもあり得る。あれこれ指示して、コーメンツでの生活はすぐ安定したはずだし。

 そうなると俺のせいでもある。


 何か吹っ切るために必要そうな話を探し、それっぽいのを思いついた。


「モンスターの定義」

「え?」

「何がモンスターか、言ってみな」

「えっと、豚とか木人のことでしょ?いや、グリンピッグってただの動物?」

「あれもモンスター。敵対生物の総称を"モンスター"と呼ぶのがこの世界。俺は今日、モンスターしか殺してない」


 ゲームだって盗賊の部類はモンスターと扱われることは珍しくない。種族により分類されるということではないのだ。


 それっぽいことを言ってみたものの、リョウの表情は変わらない。適当に喋り続けることにする。


「動物は一応いないことになるんだってさ。というか、そこら辺の分類はかなり曖昧みたい。動物どころか人って何?みたいなこともあるらしくて。

 獣人だ何だってのも、ケモミミ生えただけの存在と、全身毛むくじゃらで骨格が違う人型を同列に獣人って言うのも変でしょ?言われてみれば確かに分類分けは大変そうよね。実際その場その場でみんな言ってること結構変わったりするってさ。人も猿系獣人だろって話もあったり。

 動物の話に戻るけど、最初期の頃転生者達が元の世界の動物くらい扱いやすい生き物を動物ってことにして、当てはまらないものを魔物、その中でも敵対してる奴等をモンスターって呼ぶことにしたんだとさ。そしたら片っ端から魔物になっちゃって、なんなら全部襲ってくるから全部魔物どころかモンスターじゃんって。

 全部モンスターになった後、条件によっては襲ってこないモンスターも見つかり始めたみたいなんだけど、もう面倒になった人が大多数で放置状態だってさ。しかも諦めなかった人も意見が食い違ったり、新しいタイプの生き物も見つかってぐちゃぐちゃ。

 ある程度落ち着いた後に整理した人もいるけど、定住しない冒険者にはそういうの中々浸透しなくて、しかもその人が死んじゃったりで結局そのままって話」


 だらだらと話してみたものの、特にその成果はなさそう。


 結局、ミリリが戻って来ても何だか狩りを再開する雰囲気ではなく。今日はお開きとなった。

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