第4話 ヴォーヨンの森2

――簡易魔法


 金を払えば得ることの出来る、習得も使用も非常に簡易な魔法。


 エベナにおける通常の魔法は習得自体難しく、戦闘で有用なものを使うにはさらに時間がかかる。かなり早く取っ掛かりを掴めた俺も、一つの技として使える段階はまだ遠い。


 しかし、この簡易魔法ならば話は別。


 決して安くない金額が必要だが、今の俺たちでも払える金額で有用な魔法を使うようになることができる。


 簡易魔法の利便性は圧倒的で、エベナの在り様を変えたとも言われるらしい。完全な非戦闘要員も、これを覚えるだけで一定の戦力になれる。その存在は元の世界における銃器に近いだろう。


 利点は多いが、欠点ももちろんある。


 簡易魔法は事あるごとに金がかかる。簡易魔法を授かるため以外にも、一つ一つの魔法は全て購入しないと使えない。

 一度買って習得してしまえば魔力のもつ限り使い放題ではあるが、強力な魔法は値段が指数関数的に上がるので易々と買えるようなものではない。


 さらに魔法は分割商法のようになっている。

 火を付ける魔法を買っても、それを飛ばすにはまた別の魔法が必要になる。そして飛ばす魔法には、対応出来る魔法に制限がある。


 つまり、魔法を強くする毎に必要なセットを買いなおし揃えていかなければならない。掛かる費用はうなぎ上りだ。


 他にも、本来の魔法の習得の妨げになるというデメリットもあるらしい。これがあるからこそ、俺自身が覚えるという選択肢を外すことにした。今までの努力を無にするのはナンセンスだ。


 簡易魔法の取り消し、解約のようなものにも金がかかる。詐欺的な通信契約のように、解約はべらぼうに高い値段となっているので「やっぱ無し」と気軽に乗り換えるわけにもいかない。もっとも、月額料金などはないので問題になることは少ないだろう。


「いらっしゃいませ」


 外観も内装も綺麗で神秘性を感じさせられる店舗に入ると、早速カウンター越しに挨拶をされる。丁寧な声とお辞儀。たったこれだけで、長いこと縁のなかった格式というものを感じさせられる。


 店内は携帯端末のショップか、或いは感じられる品を考慮すれば宝石店に近いだろうか。

 こじんまりとしていて奥には店員の収まるカウンターがあり、こちら側には三十センチ四方のキャンバスに各魔法の図と説明が描かれているものが並んでいる。


 買う魔法の種類は決まっていたが、思わず立ち止まり眺めてしまう。ユイも同じようで、狭い店内をうろつき始めた。


 こうして眺めていると、やはり購買意欲をそそられる。すぐに魔法が使えるということのなんと羨ましいことか。描かれている、稲妻が液状のモンスターを貫く図が格好良い。この図、いや絵?それ自体もまあまあの値段になるのじゃないだろうか。


 とはいえ、もちろん実際に買う気は無い。買おうと思っても金が無い。今見ていたものも、ぱっと見で丸の数が分からない程度には桁が多い。


 安いうえにくたびれた装備で店内をうろついていることも少し恥ずかしく感じてきて、手早く要件を済ませることにする。


「ユイ、そろそろ買うぞ」


 と声を掛けると、「これも欲しいな」と無茶な要望を告げてくる。そりゃあ欲しいでしょうよ。さっき見てたやつもさらに桁が多い。「それだけ稼げるようになると良いな」と受け流してカウンターへ連れて行く。


 購入する内容を告げると、ユイが店の奥に連れていかれる。時間がかかるのかなと思いながら再び店内のうろつき始めるとすぐに帰ってきた。三分もかかってないだろう。



「どんな感じだった?」

「なんか、手を合わせて祈りのポーズを取って、こう、布を被って頭を軽く撫でられた感じ」


 宗教的な雰囲気だろうか、魔法の授かり方としてはイメージしやすい。が、神や宗教とは関係ないだろう。

 

 そもそもエベナの神は、信仰対象になっていない。転生者は転生時に自称神に会っており、こちらの世界でも普通に顔出ししているらしい。街中を歩いていても誰も気づかないんじゃないかという平凡な見た目の少女だ。

 やっていることはとんでもないはずだがあまり凄さや威厳も感じられない。よく言えば親しみやすいといえるかもしれない。


 そのせいかほとんどの人は無宗教であり、あるのは小さな村の伝統宗教や転生者が来始めてからの新興宗教。信仰対象は主に強大なモンスターか冒険者だ。


 簡易魔法を得る過程のそれは、考えるにただの雰囲気作りなんだろう。金が全てなわけだし、信じるもなにもない。とはいえ実際の宗教も……まあいいか。


「魔法を覚えたのはどんな感じ?なんか実感あったりする?」

「んー……使えるんだなっていうのがほんのり分かるくらい。大した変化はないね」


 俺は何か感覚を得るというだけで半年は掛かったのだけどな。もう実際に攻撃に使えるのだろうから、むしろユイの感覚の方が上位段階なのかもしれないが。


「やめとけって。どうせすぐ使うんだから」


 軽く手を前に向けて、実践しようとしているユイの手を抑えたしなめる。人がいない方向とはいえ、街中でやるもんじゃないだろう。




 午後、早速ヴォーヨンの南にある草原へ四人で狩りへ向かう。昨日は既に暗くなっていたため良く見えなかった貧民街の向こうを目指す。


 ただ通り過ぎるだけの貧民街では、何処からともなく怒鳴り声が聞こえる。建物と呼んでいいのか分からないものが立ち並び、なんとなく臭い気がする。名前から来るイメージ通り。

 まだ街中ではあるかもしれないが気は抜けない。



 ゲームならイベントの一つでも起こるものだが、何事もなく街から出る。


 案の定、草原には他の駆け出し冒険者達が待機している。

 草原からはさらに南の方角に昨日通ってきたコーメンツへ続く森が見えるので、それほど広いわけではない。森から出てくるモンスターで安全に簡易魔法の試運転ということは出来そうになかった。


「やっぱり森に入る必要がありそうですね」


 仮にここで狩りをしていても、モンスターの数が少なすぎて酷い赤字になるのは目に見えている。宿代どころか一食を賄う事すら難しそうだ。


「そうだな。じゃあ先頭を頼むぞリョウ。ミリリは最後尾頼んだ」


 四人での狩りは殆ど初といっていい。

 このパーティはユイが簡易魔法を習得することを前提としたものだったので、それ以前に連携の練習をしてもあまり意味がなかったのだ。


 ただ、ユイを除いた三人での狩りは行っている。

 メンバーの加入順としてもミリリ、リョウ、ユイの順番であり、ユイが加入し方針が定まるまでは腕試しがてら緑豚を狩りに行っていたし、息を合わせなければならないのは主に前衛同士なので問題はないだろう。


 俺たち初心者が行う戦闘において問題なのは、近接攻撃の競合。


 敵が多数だったり巨大でない限り、同時に攻撃できるのは基本的に一人か二人。例え前後から完璧に挟みこむことが出来ても、敵が小さければ同時に切り込むというのは難しい。


 求められるのは攻撃役を素早く切り替える技術や、味方の邪魔にならないよう攻撃を補助する技術。それが多対一のモンスター戦で求められる能力であり連携だ。


 ユイが行う後衛は、それをさらに補強するもの。安全圏で準備しておき、ここぞという好機、或いは状況を変えたい危機にのみ攻撃を行う。

 近距離で打ち合っている時に魔法を放たれるなど、たまったものではない。立ち位置が安定しない状態での遠距離攻撃など敵に当たる保障なんて何もなく、味方を殺す気かという話だ。


 必然的に、ユイの攻撃タイミングは前衛が声を掛けた時のみということになる。自己責任で火力支援を頼むという形だ。


 いずれは阿吽の呼吸で、入り乱れているときにも後衛から援護を。というのが理想ではあるが、少なくとも今そんなことが出来る技術はお互いにない。



 少しずつ南西へ。各自警戒しながら森の奥へ進む。

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