第57話 ラストバトル!

 視線の先を追うと、意外……いや、ある意味で予想通りとも言える人物がいた。


「そこまでだ、東郷先生」


 堂々とした声。校長の、木村だった。


「くっくっく……」


 初期のザコ臭なんざ、全く感じないどころか、有り余る力と自信に裏打ちされた、威圧的なオーラのようなものが感じられる。


 お師匠さんの雰囲気にどこか通じるが、あの人を「正」とするなら、こいつは明らかに「邪」だ。


「おいたがすぎるね、東郷先生? そろそろ、おしおきの時間だよ。ふんむっ! パンプアップ!」


 ぬらりと微笑んだ校長が、やにわに力み始める。


 すると、もりもりと肉体が盛り上がっていき、スーツを破るほどの筋肉ダルマになった。


「なぁるほど、それがアンタの正体ってわけか。それなら、アタマ張れるのも納得だ。ありがとよ、立場上、どうやって手を出すかが悩みどころだったんだぜ、JTUのボス殿?」

「どこで私が総裁かを知ったかは、聞かなくてもいいね。なぜなら、お前はここで死ぬのだからな」

「へっ、そっくり同じ言葉を返してやるよ。おう、ぶちのめされる前に聞かせろ。なぜ真虎を殺した?」

「くっくっく、彼女は教育の現場を正そうとしていた。それは我々としては都合が悪いのだ。現代の現場は、荒廃しきっていなくてはならないのだよ。同目的のお前にも、消えてもらわねばならん」


 身勝手にも程がありすぎて、二の句が継げない。


 それでよく『正義の教師連合』なんぞ名乗れるもんだ。


「警察の捜査を早々に打ち切らせたのも、検死結果を偽装したのも、貴様だな?」

「その通り。彼女には、『哀れな被害者』になってもらわなければいけなかったからね。やはり女は、強引に犯すか、なぶり殺すに限るねえ、くっくっく……」


 逆に素晴らしいまでの外道ぶりだ。こんな奴に、真虎は殺されたのか……!


「なぜ、今になって正体を明かした?」

「くっくっく、希望と野望に燃える新任教師として、つかの間の夢を見せてあげるつもりで、だよ。楽しかっただろう? 私の深い優しさに、感謝の言葉が欲しいものだね?」

「……ッッッ!!」


 完全にキレた。なぜならこいつが、禁忌中の禁忌とも言える言葉を発したからだ。


 ……優しい? 貴様が?


 ……どの口がほざきやがる。


 優しさってのは、自分で言うもんじゃない。


 今の校長のセリフは、傲慢と勘違いの塊だ。


 それだけじゃない。「一方的な、エセの優しさの押し売り」は、ゲロる程嫌いなものだ。


 この腐れ外道は、俺の逆鱗に触れた!


「寝言は終わりか? はっ、俺をガチギレさせたことは、まあ褒めてやる。それで? 命乞いをする準備はできてるだろうな?」

「かかってくるがいい。存分に絶望を味わわせてやろう」


 余裕たっぷりの校長だった。いかに筋肉ダルマであろうと、顔面は効くはず。


 なら、《陽光砲》をぶちかませば! 先手必勝!


「ふうう……しっ!」


 ぶっ放した。だが。


「ハズレだよ、ぐふふ。初動がミエミエだ」


 小賢しいことに、身体をかわして、避けられた。だが、連撃は可能!


「しゅっ!」

「おっとぉ?」

「なっ!?」


 今度こそ顔面を! と思ったんだが、校長の奴は、信じられない程柔らかく身体を反らし、攻撃をかわした。


 こうなったら、間合いを詰めるしかない!


「しいいっ!」

「ほっ、はっ、そいやっ」


 校長の奴は、ほんの一瞬を突いて、俺の攻撃の軌道を逸らし、次々に捌いていった。


 一発も当たらない、だと!?


「まずは挨拶をしようか? ほれっ!」

「ぐぶっ!」


 ボディブローを食らった。


 よ、予想をはるかに超えて……重い、一撃ッ……! 体勢が崩れてしまう。


「隙あり!」


 連撃が来た。頭部と脇腹をめった打ちにされる。


 一撃一撃がとんでもなく重い上に、すさまじく素早い!


 だが、ダウンするわけにはいかん!


「っの野郎……!」


 どうにか体勢を立て直し、頭を狙って反撃する。


「おぉっと、残念!」


 だが、またしても校長は、ありえないレベルの柔軟さで、攻撃をかわした。


 胸ぐらを掴めれば……!


「お行儀の悪い手だね?」

「ぐあっ!」


 胸元へ手を伸ばすと、手刀で払われた。それさえ、重い。


「無力さにうめくがいい!」


 また連撃。ガードをする暇が、ない!


「ふんむっ!」

「がふあっ!」


 しまった、横っ面に、まともに……!


 視界が回り、足がもつれる。ダウンしてしまった。


「く、くそっ……」

「おやおや、もう終わりかな?」


 すぐさま起き上がれたが、構え直す暇はなかった。


「ほら、ほら、ほらほらほらほらほら!!」


 再度、乱打が来た。ガードの暇さえ与えない、凄まじいラッシュだった。


「ぐはあっ!!」


 再度のダウン。


 この、程度でぇッ……! 起き上がり、体勢を立て直す。


「そおら!」


 大振りが来た! 潜り込んで、ボディ!


「おやあ? 何かしたかな?」


 綺麗に入ったにもかかわらず、校長は涼しげな顔をしていた。


 まるっきり効いていないらしい。続け……


「なあぁあぁにいぃいぃかあぁあぁ、しいぃいぃたぁあかあぁあなあぁあぁ!?」

「ぬおわっ!!」


 ラッシュ、またもラッシュ。


 ガードができないと言うより、やっても意味がないぐらいに、全てが、あまりに重すぎるッ……!


「う、ぐわあっ!」


 嵐のような連撃に耐えきれず、かなりの数をまともに食らったせいで、膝をつき、崩れ落ちてしまう。


「ひかえおろうっ!」

「がっ……!!」


 俯いた頭へ、ストンピングが来た。


 地面に強打したところを、そのまま踏みにじられる。


「ぐ、ぐおお……!」


 つ、強い……! さすがはボスだぜ……!


 とっさに策が浮かばない。攻撃しても、全て捌かれるか、かわされる。


 全力で連撃を見舞わなければ、恐らく効かない。


 そして、そんな暇はない。


 どうする? どうする!? まさか、打つ手なしなのか!?


 ち、ちくしょう……! 何のために、俺は、今までッ……!!


「《陽光輪》!」

「小賢しい!」

「え、ええっ!?」


 忍が助太刀してくれたが、校長は、何ら小細工をしていない手で、光の輪を薙ぎ払って消した。


 飛び道具すら効かないのか!?


 とりあえず、足が離れた隙を突き、立ち上がる。


「くっくっく、滝さんもお行儀が悪いねえ? では、こういうのはどうかな?」


 次の瞬間、まるで超能力のように素早く校長が忍の後ろに回り、彼女を羽交い締めにした。


「し、しもたっ!」

「忍!」


 校長の奴が、忍を盾にした。


 奴は、距離が近すぎると読んだのか、そのまま軽い様子で数ステップバックに下がって間合いを取る。


「さあ、手が出せるか? ぬふふっ」

「離せ、離さんかい、このアホンダラァっ!」

「ぬははっ、無駄だよ、滝さん」


 必死にもがく忍だったが、校長の奴にガッチリホールドされているせいで、ビクとも出来ない様子だった。


「く、クソが……!」


 一切の攻撃が効かない上に、忍まで人質に取られた。


 形勢は、かなり不利、むしろ絶望的だった。


 いや、諦めるな!


 前に、自分で女生徒達に言ったよな?


「真正面から見て強敵でも、脇に回れば、なんでも意外と隙がある」


 って!


 考えろ。考えるんだ!


 ……待てよ? そうだよ、今こそチャンスじゃないか!?


 状況をよく見ろ。


 忍を羽交い締めにしているせいで、奴の両腕が塞がっている。


 つまり、俺の攻撃を捌けない。


 同時に、身体が密着している分、あの柔軟性も発揮できないはず。


 下手に中、近距離から攻撃すれば、奴は、忍を盾にするだろう。


 現状のまま、ゼロ距離まで間合いを詰められれば、攻撃も入るはずだ!


 奴の行動パターンを予測して、見極めろ……!


「センセ! ウチのことは構わんといて!」

「で、できるわけないだろ!」

「ぬっふっふ、お前が考えていることを当ててやろうか? 私に攻撃が通用しない今、もはや例の写真で揺さぶるしかない。仮に今それを持っていれば、この場で通報できるのに、だろう? だが、ない。ネガも家にある。その手は使えない、とな」

「ちいっ! ああ、その通りだよ!」

「彼女の命と貞操が惜しくば、我が組織に屈せよ。そうすれば、考えてやってもいい」

「そんなヘドの出る提案が飲めるか!」

「ならば、彼女はいただこう。ぬぅっほっほ、さすが格闘少女。ボデーの引き締まりぶりがたまらんわいのう。すんすん、化粧っ気はないが、汗の香りも香ばしい。どおれ、若造にはない、熟練のテクを味わわせてやろうかねえ」

「ひ、ひええっ!? 当たっとる、ウチの尻に、モコッとしたんが当たっとるぅっ! きしょい、きしょいいいいっ!! ぐ、ぬう、うああっ! う、ウチの身体は、東郷センセだけのもんや! お前なんかに手ぇ出されるぐらいやったら、舌噛んで死んだるわ!」

「ち、血迷うな、忍!」


 ……流れが思惑通りだった以上、猿芝居はこれぐらいでいいだろう。


 忍を怖がらせたのは少し申し訳ないと思うが、奴を図に乗らせるのが狙いだ。


 それがはまった。このチャンスを逃しちゃ、元も子もない!


「あーあ、やめたやめた! ピンチのフリをするってのも、意外と疲れるぜ!」


 大げさなため息を吐き、くどいかも知れないが「やれやれ」のポースを取った後、悠然と校長に歩み寄る。


 想定外の行動なのか、逆に奴が狼狽えた。


「な、な、な……? なんだね、その余裕は!?」


 やっぱりだ。圧倒的優位にあると思っている状況で、従わせたい、あるいは従ってしかるべきだと思っている相手が、無策で迫ってくれば、驚くよな。


 校長が慌てている間に、ゼロ距離まで入った。


「昭和で頭止めてんじゃねえぞ、このエロオヤジ。おら」

「ぼぶっ!?」


 まずは、横から頭を一発殴る。入った。


「忍を離せよ、おら」

「へびゅっ!?」


 さらに一撃、殴る。また入る。


「おら、おら、オラオラオラオラオラ!!」

「きゃぼっ!? べぶらっ!? ぶばっ!?」


 殴って、殴って、殴って、殴って、殴る。


 パンチングボール扱いだ。気持ちいいぐらいに全部入る。


 やがて、力が入らなくなったのか、校長は忍を解放した。


「な、なぜ……!? お前は、あの写真のネガを、まさか、今持って……?」


 校長は、まったく理解していないようだった。マジで頭が昭和で止まってやがるな。


「あのなあ? 今のご時世、写真は全部デジタルなんだよ。つまり、データだ。それにそもそも、防犯カメラの映像だぜ? 中が、フィルム式なわけねえだろうが? ネガなんざ、ハナっからねえよ。なんなら、もう一度ここで見るか?」


 軍隊レベルの耐衝撃性を持っているせいで、無事だったスマホを取り出し、例の写真を、画面で見せつける。


「なっ……!」


 絶句する校長。


 思いっきり上から言ってやる。


「くっくっく、手を出しあぐねていたところに、わざわざ隙を作ってくれてありがとよ。やっぱり、天は正しい方につくってことだな、ああ?」

「な、ん、だ、と……」


 校長が、みるみるうちにしぼんだ。


 もはや、そこにいるのは、ただのしょぼくれたエロオヤジだった。


 勝ったな。


 そこで、校長の手から逃れてから、ずっと俯いて立ち尽くしていた忍が、顔を上げず、細かく肩を震わせつつ、地の底から響くような声で、言った。


「……センセ、そいつ、押さえとって。まずは、ウチにやらせてほしい……」


 察した。忍も、ガチギレたことを。


 先に、こいつの番だな。ショウタイムの幕を開けるのに、ふさわしいだろう。


 校長に、仰々しく言ってみせる。


「さあて? お覚悟はよろしいですかな? JTU総裁殿? まずは、我が恋人が、あなたにお礼申し上げたいそうですよ?」


 おもむろに、俺は、校長を羽交い締めにした。

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