第56話 宿敵との決着!
その次の日。
しばらく山道の往復を続けたせいで、以前より遥かに楽に感じる日課のランニング中、久しぶりの蛇野道ジムへ向かう。
「おはようございます、おやっさん。少しのご無沙汰です」
「おお、ボウズ。二週間ぶりぐれえか? オメエがそこまでサボるたあ」
そこで、おやっさんが言葉を途切れさせた。
真剣に俺の顔を見つめ、ニヤリと笑う。
「ははあん、ワカったぜ、ボウズ。よそで修行してたんだな? 面構えがちげえよ」
「はい。その通りです。今朝は、その成果をどうしてもおやっさんにだけは見せたくて。コンクリのブロック、あります?」
「あん? あるにはあるが、まさかボウズ? いやいや、そんな都合のいい話、あるわけねえよな?」
「まあまあ、見れば分かりますよ。準備、お願いします」
「お、おう」
訝しげな顔のおやっさんが、コーナーポストの上に、倉庫から出したコンクリブロックを置く。
「んじゃ、行きます! ふううっ……」
間合いを取り、すぐに《練氣》に入った。いける。
「ふっ!」
そして、光る左ジャブがヒットした瞬間、ブロックが粉々になる。
おやっさんが、かくん、と顎が外れたように口を開けた。
しばらくの間の後、震える声で言われる。
「お、おおお、オメエ、そりゃ、お、煌心流じゃねえか!? 待て待て待て、あの伝説の流派が、たかが二週間かそこらで!?」
「はい。煌心流の師範に言われたんですが、俺には、例外レベルの天賦の才があったからこそできたことだそうです。その人から、これを《陽光砲》と名付けてもらいました」
おやっさんは、それを聞いても、まだわなわなと震えていた。
「す、すまねえ、ボウズ。どうやらおいらは、オメエを見くびってたようだ。なんてこった……。バズーカが、ミサイルになりやがった……」
「おやっさんが教えてくれた、基礎あってこそです」
率直に言ったんだが、おやっさんは首をブンブンと横に振った。
「い、いやいやいや。それを差っ引いたにしても、オメエの才能に、おいらは言葉が出てこねえ……」
「おやっさん、これはリアルですよ?」
「べ、べーろい、分かってらあ! ボウズ、オメエ、自分でリアルっつっときながら、成し遂げたことのデカさに気づいてねえだろ!?」
「ええ。実は俺も、まだどこか夢を見てるみたいです。でも、これで俺は絶対に忍を守ってみせます」
「できねぇわけねぇだろうが! 相手が女なら話は別だが、今のオメエは、控えめに言っても無敵だ! ああ、チキショーッ! おい、ボウズ! オメエはおいらの誇りだぜ! よくやった! うおおおんッ!」
「ありがとうございます!」
感動で大泣きしているおやっさんに一礼して、ジムを後にし、家を経由してから学校へ向かった。
職員室。朝の職員会議が終わってから、即座に稲垣の席へ行く。
「おう、稲垣先生」
「ふっ、何かな? 東郷先生」
髪をかき上げる仕草が相変わらずきざったらしい上に、謎の余裕に満ちてやがる。ムカつく。
バンッ! と机を叩き、稲垣の目をド正面から見て、きっぱりと言った。
「単刀直入に言うぜ。そろそろ、決着つけようじゃねえか」
「くすっ、その自信はどこから出てくるんだい? 率直に言って、滑稽だよ?」
怒りの種火を煽るような言い方が、鼻につくこと甚だしい。
「何とでも言いやがれ。受けるのか、逃げるのか?」
「君がそう言うなら、受けてあげようじゃないか。負けるために挑む勝負ほど、無様な物はないとは思うけどね」
稲垣が、再度ふぁさっと髪をかき上げる。どこまで行ってもムカつく野郎だ。
とにかく、受けるんならそれでいい。
「よし、んじゃ放課後、体育館裏まで来い」
「いいだろう。地獄への片道切符を進呈するよ」
苛立ち、憎しみ、恨み辛み、エトセトラ。今この場でぶちのめしたくて仕方ない。
「ふーっ」
大きく息を吐く。焦るな。不要な心の乱れがあると、《練氣》が上手く行かない。
落ち着く努力をし、その日の本業に取りかかった。
昼休み。例によって例のごとく、忍と中庭で飯を食っていた。
今日は珍しく、かやくご飯の爆弾おにぎりだ。だが、彼女は恥ずかしげに言った。
「仕込みは全部、おとんがしてくれたんよ。ウチは、握ってノリ巻いただけや」
でも、忍の手が入ってて、美味けりゃどうでもいい。食いつつ、切り出した。
「今朝な、稲垣の野郎に宣戦布告してきたよ。放課後に、体育館裏だ」
「うん、分かった。いよいよやね」
忍が顔を引き締める。そして、言った。
「ウチも同伴するで。ええやんな?」
「当たり前だ。お前も奴にぶちかましてやれ!」
「よっしゃ!」
ぱしん、と、拳で手のひらを打つ忍。やる気は十分のようだ。
その後は、努めて冷静に、淡々と仕事をこなしていった。
そして、運命の放課後。
体育館裏で、稲垣と対峙していた。
ひゅうっと強めの風が、土ぼこりを巻き上げる。奴から、口を開いた。
「決着を付ける、とか言ったよね? それは僕のセリフでもある。もはや回りくどいことはしない。全力で君を殺してあげよう」
やはりゲスな笑みだった。おぞましいったらありゃしない。
「くっくっく、とは言え、一方的すぎるのも、少々品のない話だ。ジャスト・スリー・セカンズ。君に三秒間だけ与えよう。その間、僕は無抵抗に徹するよ。どうだい?」
とことん見下しまくった稲垣の言い回しに、ムカつくのを通り越して、拍手したくなる。
「へえ、俺に三秒もくれるのか。取り消しは効かねえぞ?」
「ふっ。どうせ君には、馬鹿の一つ覚えの、あの左ジャブしかないんだろう? 効かないことは実証済み。仮に二発目が放てたとしても、その程度でやられる僕ではない。そして、今の間合いから僕の懐に入るにせよ、初撃を放つまで、三秒はかかるはずだ。なら、どう考えても僕の勝利は明らかじゃないかい?」
「へっ、ゴタクはいいから、早くカウントを始めろよ」
射程距離に問題はない。
《氣》を拳に宿すまで、二秒あれば十分。ぶっ放すのは一瞬だ。
「ふうう……」
静かに《練氣》に入る。稲垣が、カウントを始めた。
「ワン! ツー!」
「しっ!」
「スぼぶっ!?」
よし、《陽光砲》が正確に稲垣の顔面を捉えた。
めこっ! と、奴の顔がへこんだ感覚。
「な……!?」
鼻血を吹き出させ、糸の切れたマリオネットのように、ぐしゃりと稲垣がダウンする。
そこへゆっくりと歩み寄り、余裕で見下ろしてやった。
「三秒もいらなかったなあ? 稲垣先生?」
「ごぶっ、なん、だ、と……!? 立てない……? この僕が、立てない……!?」
「なら、無理矢理にでも立たせてやるよ。まだまだ、始まったばっかりだぜ?」
稲垣の胸ぐらを掴んで引きずり起こす。
そりゃあ、コンクリさえ砕く拳を、まともに顔面に食らったんだ。
ツラは隕石が落ちた跡のクレーターのごとく無残に深く陥没し、鼻は折れ、歯も何本かもうない。
続けて痛めつけてやりたいが、ここは譲ろう。
稲垣を羽交い締めにして、忍の方を向かせる。
「稲垣センセ、その節はどうもおおきに。このお礼は、ノシ付けて、ついでに倍以上にして返させてもらいますわ」
にっこりと笑顔の忍だった。
知ってる。今、彼女がどれだけ怒ってるか。
「はあああああっ! 《陽光拳》!」
「がふあっ!!」
憤怒の形相で放たれた忍の初撃は、胸への正拳中段突き。
稲垣が、盛大に吐血する。胸骨の粉砕骨折確定だな。
「そしてぇ、《
「ぎゃいんっ!?」
今度は、犬みたいな悲鳴を上げる稲垣だった。
なぜなら、次の蹴りは《氣》をまとった足、しかもつま先での、金的への一撃だったからだ。
大変、えげつない。
胸骨が砕けたのはまだいいとしても、あんな蹴りの一撃を男の急所にもらっちゃあ、玉は両方とも完全に潰れただろう。
もう今後、稲垣の奴は、男も女も抱けない。
同じ男として、すっげぇ怖い。いわゆる「タマヒュン」ものだ。
稲垣は白目を剥き、口から血の泡を吹いて、ついでにションベンも漏らして失神していた。
決着かと思った時だった。
別の視線を感じた。
とんでもない敵意と殺意の籠もったそれだった。
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