第50話 決意!

「……あ?」


 次に目を開くと、そこは保健室のベッドの上だった。


 身体を起こす。傍らには、真面目な顔の忍が、かしこまって座っていた。


 しばらく、見つめ合う。静かに、忍が口を開いた。


「部活でまだ残っとる子に声かけて、担架で運ばせてもろたんよ。そんで、センセのケガは、ウチが《月光掌》で全部治したさかい、それは気にせんといて」

「あ、ああ。ありがとう」


 またしばらくの間。見つめあっていると、忍の瞳に、みるみるうちに涙が溢れ出す。


「ぐすっ、えぐっ、うええ……ん。ウチ、なんちゅうことしてしもたんやろ? よりにもよって、大好きなセンセに、自分で……ごめん、ごめんなさい、許して、ウチのこと、嫌いにならんとってぇーーーーっ!!」


 俺の胸に飛び込んできて、思いっきり泣きじゃくる忍だった。


 よかった。本当に洗脳が解けたんだ。なら、許すも何もない話だ。


「えーん、えーーんっ、うえーーんっ!! センセ、ほんまにごめんなさい! 後生やから、ウチのこと……」

「顔見せろよ、忍」

「ふえ……? あ、んぅ、ちゅ……」


 涙でぐしゃぐしゃになった忍に、きちんとキスをしてやった。


 ゆっくりと、たっぷりと。丁寧に、気持ちが伝わるように。


「ちゅむ、ん、んくふぅっ、んふー、んふーう……」


 忍に、ひしと頭を抱きしめられ、深い深いキスは続く。


「んふーぅ、んふううーーう、ちゅ、うぅ……」


 忍の鼻息が荒くなっていた。もういいかな?


「ん、ぷはあっ、はー、はあーっ、はっ、はあっ、あ、ん……」


 恍惚としている忍を、もう一度抱きしめる。


 彼女の心臓が、早鐘を打っていた。


「よかったよ。奴の術が解けたんなら、それでオールオッケーだ。忍は、何も気にする必要なんかない」


 肩越しの泣き声。


「くすん、やっぱりセンセ、優しすぎるわ。あかんて、そんなん」

「ん? どこがだ? 悪いのは、全部稲垣の野郎だろ?」

「せやけど、せやけどぉ……ウチ、この罪をどないして償ったらええん?」


 忍は、自分を責め続ける。らしくない。


「俺がいいって言ったら、いいんだよ。気にすんな」


 断言してやると、泣き笑いの声がした。


「はは、ひっく。センセ、それ、めっちゃ反則やわぁ……。そんなん言われたら、ウチ、もう、もう、もう……あかん、て……はあっ、あ、はうっ!! くは、あ、あ、んぁぅ……」


 そこで忍が、びくびくん! と身体をわななかせたと思うと、ぐったりした。一瞬焦る。


「すう……ん、ふう……すうう……」


 どうやら、気絶したってより、眠りに落ちたようだった。


 ベッドから出て、忍と交代することにした。寝顔を見たりする。


「すう……すう……センセ……しゅきぃ……」

「ははっ、どっちが反則だよ。惚れ直すぞ、こいつ」


 つん、と彼女の頬をつつく。


「ふにゅぅ……すかあ……センセぇ……」


 どんな夢を見てるんだか。可愛い奴だ。

 しかし、状況が気になるな。仕方ない。忍が起きるまで待つか。


 そう言えば、三穂先生はどうしたんだろう?


 もっとも、いたらそれで、余計な心配をかけてしまうだろうから、いない方が助かるが。


 ただ、少し気になって、扉のホワイトボードを見ると、『入室禁止ですよ!』になっていた。


 多分だが、気を利かせてくれたんだろう。


 結局、彼女が目覚めたのは二時間ほど後だった。


「ふあ……?」

「よう、お目覚めか? お姫様」

「あっ! ちょ、ま、あ。う、うううっ! ハズいぃっ!」


 忍は、目が覚めてこっちの顔を認めるや、ボンッ! と耳まで真っ赤になって、掛け布団をすっぽりと頭まで被ってしまった。


「お、おい?」

「あかん! 言われへん! センセが優しすぎるんと、キスで火ぃついてしもてたから、感極まって軽うに果ててしもたなんて言われへん! まして抱かれとる夢見とったなんか、なお言われへん!」


 言ってるよ。思いっきり。ほんっとに可愛い奴。


「まあまあ、それには礼を言うとしてだ。マジメに聞きたいことがあるんだが、いいか?」

「え? なに?」


 掛け布団から、まだ恥ずかしそうな目だけを覗かせ、忍が言う。聞いた。


「稲垣の野郎の術が解けた後、奴はどうした?」

「あ、アイツ? 逃げよったわ。ウチが状況を理解した時には、もうおらんかったんよ。せめて一発でも、どついたりたかったんやけど」


 悔しそうな忍だった。


 しかし、校長をぶちのめす前に、まずは奴を排除すべきだな。


「センセも憎いやろうけど、ウチかて、アイツをぼてくりこかしたいわ!」


 忍と意見がガッチリ一致した。打倒・稲垣だ。だが、問題がある。


「しかしな、忍。奴は、ああ見えてかなり強いんだ。性格面の難点は除外しても、俺の得意技のジャブが効かない上に、それをキャッチできる程なんだよ。奴は、総合格闘術の使い手だ。つまり、関節技も使える。下手に懐に入ると、俺が不利になると思う」


 事実だけを述べた。忍も、思案顔になる。


「そうなんかぁ……結構な難敵やなあ。んー、センセのジャブに、もっともっと威力があったらええんやけど……」


 二人して、しばらく考える。そこで閃いた。


「なあ、忍。折り入って頼みがあるんだが、聞いてくれるか?」

「ん、なに? ウチにできることやったら、なんでも聞くけど?」


 真っ直ぐに忍を見つめ、決意を伝えた。


「俺に、煌心流を伝授してくれないか? 技の威力を上げるには、もう、それしかないと思う」

「へ、ええっ!? そら、センセの頼みやったら聞かなあかんけど、普通の人にはそない簡単ちゃうで?」


 驚く忍だったが、分かっていた答えだった。


 だが、他の選択肢はないだろう。


「承知の上だ。やってみないことには分からないと思うが、やらせてくれ」

「う、うん、分かった。とりあえず、おとんに話通してみるわ」


 すぐさま、忍は家にスマホから電話をした。返答はこうだった。


「歓迎する、言うてたわ。技伝授の話は、実際におうてみな分からんけど、それより先に、センセに礼を言いたいんやて」

「俺に礼を? なんだろう?」

「さあ? そこまではウチも分からんわ」


 揃って首をかしげるが、とにかく、面会だけでも許可が出た。そこは喜ぼう。


「忍、仮に親父さんが俺に技を教えてくれることになったら、しばらくお前の家に厄介になるが、それはいいか?」

「そんなん、ええに決まっとるやん。気にしたらあかんて」


 にこっと微笑む忍。うん、どこまでも可愛い。


「よし、んじゃ、まずはお前の家にお邪魔するか」

「うん、了解!」


 話がまとまり、いざ忍の家に行く事になった。

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