第49話 卑劣な罠!
そんな感じでいつも通りの「正しい」授業が終わり、チャイムが鳴った。
と、次に、校内放送が鳴った。
『二年C組、滝忍さん。理科準備室まで来て下さい。繰り返します。二年C組、滝忍さん。理科準備室まで来てください』
稲垣の声だ。あいつが忍に用事?
怪しい。どう考えても怪しい。席まで行った。
「忍、気を付けろよ。奴は敵だ」
「うん、分かってる」
緊迫感を持って、忍は教室を出て行った。
その後。終業後のホームルームになっても、忍が帰ってこなかった。
心配だ。ものすごく心配だ。嫌な予感がヒシヒシとする。
そして、呪わしいことに、それは当たった。
放課後。俺が、清掃監督も終えて職員室へ戻ると、いやに笑顔の稲垣の野郎がやってきた。
「やあ、東郷先生。ちょっと今から、屋上まで来てくれるかな? とびっきりに面白いモノを見せてあげるよ? ぜひ。フフフッ」
この溢れる余裕は何だ? 何が面白いってんだ?
「分かりました」
とりあえずそう答え、自分の事務仕事もそこそこに、屋上へ向かった。
「ようこそ、東郷先生」
その屋上。稲垣の奴がいるのはいい。
奴の前に仁王立ちしているのは、あからさまな憎悪、いや、殺意のこもった目をしたポニーテールの少女。
忍だった。
その殺意は、明らかにこっちへ向けられている。
「テメエ、俺の忍を……!」
この野郎、いつかの女生徒達みたいに、よりにもよって、忍を洗脳しやがった!
「ふっ、お察しの通り。彼女は純粋な分、あっさり心が盗れたよ。それも、とことんまで深く、ね。クククッ」
「ッのやろォ……!」
ドグサレ野郎だ。怒りがマグマのように煮えたぎる。
忍が口を開く。
「稲垣センセにたてつく、ドアホウの東郷。ウチが引導渡したるさかい、覚悟しいや」
違う。忍であって、忍じゃない。
悔しいよりも、哀しくてたまらない。
「さあ、滝さん。僕の敵を始末してくれたまえ」
「承知。ほな、地獄の一丁目、かましたるわ」
忍が構えを取る。こっちも一応、ファイティングポーズは取らざるを得ない。
最初は恐らく……!
「《陽光輪》!」
やっぱりだ。同じ手は食らわん。サイドステップでかわす。
「まあ、挨拶程度はかわすわなあ?」
邪悪な口調だった。
違う。そうじゃないだろ。
間合いを詰めることは可能だが、攻撃できない以上、意味がない。
と、思ったら、忍の方から接近してした。
「《陽光拳》!」
顔面目がけての突きを、どうにか見切ってかわす。
飛び退いて……と思ったら、忍が追いかけてきた。
くそっ、出来ないとか言ってる場合じゃない!
「目を覚ませ!」
決死の覚悟で、忍の頬を、平手で打った。
効いてくれ……!
「気の抜けた張り手やなあ? そんなんで、効くおもてるんか? ナメとんのか? なんやムカつくなあ?」
なんてこった。全く効いてない。
粘着質な黒い笑みで、小馬鹿にしたように言われる。
くそっ、ビンタ程度じゃ、元には戻らないらしい。
「忍! 目を覚ませ!」
「何言うとるん? 覚ますも何も、ウチはハナっからまともやで?」
「お前は、稲垣に操られてるだけなんだ!」
「稲垣センセを悪うに言う奴は、殺すで。問答無用や」
「忍!」
「黙れ。はああ……《
「ぐがあッ!!」
く、そッ……!
両肩に……《氣》をまとわせた、手刀ッ……!
鎖骨が、揃って折れたッ……!
激痛だった。やはり邪悪な笑みで、忍が言う。
「もう、両腕は使われへんやろ?
「ぐっ……そうじゃないだろ、お前は!」
「寝言につきおうてられるほど、ウチも暇ちゃうねん。はよ死なんかい」
ビンタも効かない上に、いくら言葉で必死に訴えても、通じない。
哀しかった。ただひたすらに、哀しかった。
「なぶり殺しにしたるわ。その方が、稲垣センセも喜ぶやろうしなあ?」
「忍! 俺との愛を思い出せ!」
「きしょいこと言わんといてんか? 誰がお前なんぞと」
「思い……出して、くれ……!」
もう、泣けるなら泣きたかった。忍は、鼻で笑った。
「はん、やかましいわ」
「し、のぶ……」
「うっとうしいんじゃ、ボケ」
「お前は……そんな、子じゃあ……ない、だろう……」
「黙れ、言うとるんじゃ。さあて? 殺される準備はできたか?」
「くそっ……」
歯がみしている暇さえなかった。忍の呼気。
「ふうう……《陽光輪・乱》!!」
「なっ!?」
忍が、両の手刀で、何度か空を薙ぐ。
ここまではいいんだが、生み出された光輪は合計六つだった。
いかん、かわせ、ない!!
「ぐわあっ!」
仮に腕でガードできたにせよ、少なからずのダメージを受ける威力。
そいつをまともに、全方位から六つだ。
ガッツを振り絞ってみるが、鎖骨の痛みに加えて、全身を灼く激痛で力が入らない。
ダウンしてしまう。
「おらおら、オネンネにはまだまだ早いで!?」
すぐさま、忍が次を繰り出してくる。
「《陽光拳》!」
ダウンしている俺の真上から、光る拳が、顔面目がけて打ち下ろされる。
すんでのところで身体をねじり、かわす。
ぼこり、と、すぐ横のコンクリの床に穴が空く。
「往生際が悪いで!」
同じ攻撃がさらに来る。もう半回転して、次もギリギリでかわせた。
「こんの、未練がましいやっちゃなあ!」
拳を転がりながらかわしていき、フェンスにぶち当たった。
「フフフっ、もう逃げられへんわなあ?」
まったくの、悪の笑みだった。
違う。
違う、違う、違う!
こいつは! こんな子じゃない!
俺が愛しているのは! こんな忍じゃない!
……他の策があるとすれば、たった一つ。
保証はない。だが、賭けるしかない。
力の入らない腕でフェンスを掴んで、全身の激痛に耐えつつ、かろうじて立ち上がる。
そのまま、フェンスに身体を預ける形で、棒立ちになった。
「はあ、はあ、はあ、はあ……」
「ふうん、ようやく諦めついたん? 殺して下さい、てか?」
覚悟は固まった。後は、全てを天に任せるのみ。
「ええやん。ほな、処刑タイムのスタートや。まずハラワタをミンチにしてから、顔面を砕いたる」
よし、いいぞ。初撃が顔面じゃなけりゃOKだ。
「《陽光拳》!」
「ぐおっ!!」
そして、まともに忍の光るボディブローを食らった。
どぼり! と鈍い音がする。
こ、これを食らうのは二度目ッ……
せ、せめてもの抵抗として、できるだけ腹筋を締めてみたが、やはり、は、半端じゃない……ッ……!
な、内臓がどっかいかれても、全ッ然不思議じゃない、一撃ッ……!
「ごぷっ……べっ!!」
とりあえず、込み上がってきた口いっぱいの血反吐は、脇に吐き捨てる。
「どないや!」
勝ち誇る忍の顔が、すぐ間近にある。今だ!
「んぅっ!?」
鎖骨を気にしている余裕はない。
無理矢理腕を上げ、忍をガッチリと抱きしめて、その唇を塞いだ。
眠れる森の美女を起こすのは、王子様のキス。
俺は、間違っても王子様なんてガラじゃない。
しかも悪いな、忍。血の味のキスで。
だが、正気に戻ってくれ。
あのいつもの、愛しいお前に戻るんだ。
頼む。頼む。頼む……!
「んふ、ふむ、んん? ん、んー……」
必死の祈りが通じたのか、忍の身体から力が抜けていく。
彼女の腕が背に回り、抱きしめられる。
「んぅう~~っ、んちゅ、ちゅむ、んふぅ……ん……ぷあはぁっ……はあっ、ふわふわするわあ。もう、どないしたんセンセ? えらい情熱的やん? あ、もしかして誘ってるん? ウチやったら全然かまへんけどぉ、でへへぇ♪」
顔が離れた時には、いつもの忍に戻っていた。
よかった。マジで、よかった……。
「すまん、忍……ちと、休むわ……」
「へ? センセ? ちょ、え、えええっ!?」
忍が慌てる声にも応じられず、俺は、ズルズルと崩れ落ち、そのまま気を失った。
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