第六章 最大の危機、試練、決戦、そして……。 第48話 「正しい教育」はブレない!
平穏はそこまでだった。週が明けてから、事態は大きく動き出す。
「今日は『土佐日記』について撫でてみるか。タイトルだけでも知ってる奴は、どれぐらいいる?」
二年C組での授業。
充実しまくった週末を過ごしたおかげで、超爽やかな気分だった。
自然と声にも張りが出る。
問いには、三割ほどの生徒が手を挙げた。
「よっし。この作者は、
にっと口元を吊り上げる。
生徒達が期待しているのが分かった。
「書き出しはこうだ。『男もすなる日記と言うものを、女もしてみむとして、するなり』。要は、『日記は男のモノだけど、女だってやりたいからやるのよ』ってことだが、待て。貫之は、れっきとした男だ。うわべだけ取れば、元祖ネカマだよ」
どっと笑いが起きる。掴みはOKだな。
「想像してみろ。いい歳のおっさんが、女のフリして日記書いてるんだぞ? キモいよな?」
うんうん、と生徒達もうなずく。
「しかし、だ。なぜ貫之がこんな回りくどいことをしたのかには、諸説がある。当時の男が書く日記は漢文が主体だったせいで、自分の思ってることがイマイチ表現しづらかったから。あるいは、貫之自身が歌人だったせいもあって、得意分野を生かして表現してみたから、とかな」
静かに聴き入っている空気。もうワンクッション入れるか。
「俺の個人的意見としては、後者の、貫之が歌人だったからって説を推したい。でも、だ。なんでわざわざ女のフリをせにゃならんのだ?」
教室内が、「さあ?」という雰囲気になる。続ける。
「周りからどう言われようが、気にしたら負けだ。本当の意図を素直に書けばいいものを、性別を偽る必要性が、正直俺にはいまだに分からん。ゆえに、貫之は超ヘタレか、あるいはオネエの素質があったという仮説をぶち上げたい」
また笑いが起きる。いい感じだ。
「この『土佐日記』もな? 文学として持ち上げられちゃいるが、中身は、貫之が赴任先の土佐から都へ帰るまでの道中を綴った、至って普通の日記なんだよ」
基礎知識として、もう少し概要を語った。
「まあ、ジョークが交えられたり、和歌が織り交ぜられたりと、文章の表現的に気の利いたところもかなりあるから、そこが評価のポイントだとは思うが。個人的に興味深いのは、だ。このヘタレオネエ日記が、後の女流日記文学に少なからず影響を及ぼしてるって事だな。『紫式部日記』や、『
黒板には、何も書いていない。
ただ、生徒達の期待感だけが分かる。
「オネエを崇めるモノホンの女性。これをちっと強引だが、現代に当てはめてみよう。ズバリ、『ゲイバーのママに心酔している女達』だな」
クスクスと、生徒達が笑う声。続けた。
「おっと。一応フォローしとくが、俺は別にゲイバーや、ガチのゲイを差別はしない。それは勘違いしないでくれ。みんなもやめとけよ? さっきたとえたゲイバーのママなんかもな、人生の大先輩か! ってぐらい、器のデケエ人もいるし」
それから少し、授業の範疇外だが、LGBTQなどのセクシャルマイノリティについて若干触れることにした。
「あの人達はみんな『たまたま』そうだっただけだ。俺達だって『たまたま』心と身体の性が一致して、『たまたま』ヘテロセクシャル、つまり異性を愛せるように生まれただけに過ぎん。多数派だからって甘えんな。だが同時に、セクマイに対して偏見や差別は論外だが、過剰に気を遣うこともない。『人それぞれ』だ。いいな?」
生徒達は、真面目な顔で、またうんうんとうなずく。理解できてるようだ。
「俺もさすがに、君たち全員のセクシャリティについては知らん。しかし、仮にこの中にセクマイがいたとしても、俺は絶対に差別したり、偏見は持たん。そこは安心しろ」
こう断言すると、ある生徒が、安堵の表情を浮かべたのが分かった。
多分だが、あの子もそうなんだろう。本当だったにせよ、やはり、色眼鏡で見たりするつもりは全くない。
「まあ、そうは言うものの、だ。もし俺が、ゲイやバイの人に気に入られて関係を迫られたら、丁重にお断りするけどな」
その追加の補足に、再度、クスクスと生徒たちの笑いが続く。
ええい、ついでだ。あの恐怖体験もネタにするか。
「実はな、みんな。俺、昔、銭湯に行った時に、ゲイのおっさんにマジで迫られた事があるんだよ。お断りしても、しつこくつきまとってきてな。しまいにゃ警察沙汰になって、そのおっさんは逮捕されて、俺は事なきを得たわけだが。いやあ、ありゃ今でもゾッとする体験だったなぁ」
この実話には、クラス全体が、控えめな笑いとともに「本当にいるんだ、そういう人!」という空気になった。
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