第47話 愛の根拠!

 歌い終わる。忍が、目をうっすら開けた。


「ええ歌詞やったね。痛いぐらいに優しい詩やわ。なんや、センセみたい」

「俺は、優しくなんかないぞ?」


 面はゆい気持ちで返したら、忍は困ったような、しかし嬉しさも見える顔をした。


「よう言うわ。センセを優しい、の他にどない言うんよ?」

「こ、根拠は何だ?」


 戸惑いながら返すと、彼女は、それこそ優しい目をした。


「メチャクチャやっとるように見えて、ほんまはウチら生徒に、めっちゃマジメで親身に向きおうてるやろ? ヤンチャは許さん、言うだけの話で」

「ん、まあ、そう解釈するなら」

「それに、なんぼウチでも知っとるで? センセ、クラスのみんなの秘密の悩み相談、真剣にやってくれとるんやってな?」

「あ、あれは、頼られてるのを無視できるほど、俺も冷酷じゃないってだけで」

「んふふっ、世間はそれを優しさて言うんやで?」


 褒められてるのは分かるが、かなり恥ずかしい。


 少し狼狽していると、忍がさらに続けた。


「それに、センセ? 気持ちが通じて以来、今に至るも、何一つとしてウチの嫌がることしてへんやん。加えて、やで? 不必要にウチのご機嫌伺ったり、おだてたり、持ち上げたりとかも、全然してへんやろ?」

「い、いや、俺、そういうのがそもそも嫌いだし」


 なおも少し困りながら、続けて返した。


 それって、珍しいケースなのか?


 単に性格的に、不必要に媚びるのが嫌だってだけの話だ。


 しかし、それを聞いた忍は、いかにも満足げに微笑んだ。


「そこやがな。センセは、ウチのことを『対等な、一人の女』として見てくれとる。それがどんだけ嬉しゅうて、安心できることか、ウチ、よう説明できひんわ」


 う、うーん? 俺としては、至って当たり前のことをやってるだけなんだが、そこまで嬉しいのか?


 よく分からないが、少なくとも現状のままでいいんだろう。


「んふっ、トドメ言うてええ?」


 その上、トドメ? なんなんだ? と思ったら、忍の頬に濃いめの朱が差す。


 嬉しげながらも、どこか艶っぽい声。


「くすっ、極め付けはベッドの中や。いつでもウチをめっちゃ気遣ってくれる。これだけでも嬉しいのに、やで? ウチ、どない感じてるか知りたいか?」


 それは、「知りたいか?」と言う割には、「聞いて欲しい」という口ぶりだった。


「あ、ああ」


 気になることはなるので、続きを促す。


 忍の声が、陶酔したようなそれになる。


「正味な話やで? なんぼ激しゅうても、ううん、激しかったら比例してぎょうさんのな、ごっつい心のぬくもりを感じんねん。センセに愛されてる、て実感が、津波みたいに来るんや。身体も心も、どないも言えん程幸せでなあ。ウチ、感動で泣けるんガマンせんならんぐらいやもん」

「そ、そこまでか?」


 いくら何でもオーバーなんじゃないかと思ったが、彼女の目は一切の嘘をついていなかった。


「ウチ、よう分かるわ。ああこの人、性根から純粋なんやなあ、めっちゃ優しい人なんやなあ、ほんまに惚れてよかったなあ、て」


 しみじみと幸せそうに言われて、かあっと顔が熱くなるのを感じた。


「お、俺は、そこまで上等な奴じゃないさ」

「うん、ええよ。センセがそない言うんやったら、それでええ。けど、少なくともウチはそう思てて、センセのことを心底愛しとるだけやから」

「~~~~ッ」


 鼻の奥に、ツンとした酸っぱさを感じる。


 可能だったなら、俺の方が感動で泣きたかった。


 ここまで惚れられてて、嫌な奴がいるか?


「と、ところで忍? 疲れは取れたか?」


 軽くめまいを覚えつつ、やや強引に話題を変えた。


「んー、もうちょい、ええ? ふにふにごろごろぉ♪」


 ああ、そうか。要は甘えたいんだということに、今さらながら気付いた。


「いいぜ、気が済むまでな」

「おおきに。ふにふにぃ♪」


 それからどれぐらい経ったのやら。陽が傾き、夕方の声も聞こえてきた。


 その間、会話らしい会話はなかったんだが、ふと下から声がした。


「なあ、センセ。運命って信じとる?」

「えっ? あ、まあ、そうだな。以前はそうじゃなかったが、今は割と、ってところかな?」


 忍には悪いが、彼女にはあまり似合わない、なんか乙女チックな質問だった。


 だが、俺は思ったままを言った。


「ウチも、せやねん。ウチがおとんに拾われたんも運命やと思うし、ウチがおるべき場所いうのは、センセの隣やったんやなあて、それこそハナから決まっとった気がしてしゃあないんや」


 微笑む忍が、可愛くてしょうがない。


「ありがとよ。今にして振り返れば、俺もそう思うよ」

「くすっ、ウチこそ、おおきに」


 嬉しそうに微笑まれると、やっぱりドキドキする。


「よっと、もうええわ。はー、ぬくかった♪」


 そこでおもむろに忍が起き上がり、ちょいちょい、と手をこまねいた。


 また耳を貸せ、と言うことらしい。


 耳を寄せると、囁かれた。


最後シメに、ホテル行かへんの?」

「んなっ」


 ストレートすぎてギョッとした。


 ガラにもなく慌ててしまう。


「あ、いや、それだとなんかだな? そのためだけにお前を連れ出したみたいで、その」


 その弁明に、忍が少しむくれる。

「むう。ウチ、なーんも変なこと言うてへんよ? 少なくとも、ウチの中ではめっちゃ自然やと思うけど?」


 そりゃまあ俺も、彼女を抱きたいかどうかで問われりゃ、いくらだって抱きたい。


 うーん、本人が行きたがってるんだし、やせ我慢するのもバカらしいな。


「んむっ?」


 返事の代わりとして、素早く忍の唇を奪った。少し時間をかける。


「んじゃ、行こうか」

「うん……♪」


 うっとりしている忍を連れて、ホテルへ向かった。


 なんだかその晩は、やたらと彼女に甘えられつつも、やっぱり相当燃えてしまった。


 しかし忍の奴、一番最初の頃に「エロい奴が一番嫌いだ」とか言っておきながら、自分が相当エロい子だって分かってるんだろうか?


 全然どうでもいい話だし、欲求に正直であれ、決して彼女に幻滅なんかはしないが。


 かくして、翌朝のチェックアウト時間ギリギリまでのホテル滞在となった。


 率直なところ、搾り取られた気さえして、忍と別れて帰宅後はピリッとせず、自堕落な一日を過ごしたんだが、それこそどうでもいいな。

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