第45話 かっ飛ばしたネタ!

「あ、せや。センセ?」

「うん?」


 熊の話のインパクトが抜けきらない中、忍が、何かを思い出したようだった。


 少し遠慮がちに言ってくる。


「前も言うたと思うんやけどな。ウチな、今もせやけど、デートの時とか気取った店には全然興味あらへんねん。けど一つだけ、いつか叶ったらええなぁっちゅう、ウチ的な超ゼイタク言うてええ?」

「おう、何でも言ってみろ」


 まさか忍のことだ、「三ツ星フレンチレストランに行きたい」なんて言わないだろうが、彼女的超ゼイタクって、何なんだろう?


「さっき、熊鍋の話したやん? それだけやのうて、ウチ、おとんが好きなせいもあってな? 冬場はよう、鍋になるんよ。おとんが得意なんは、ちゃんこ鍋やねん。ウチはそれで育ったに等しいぐらいや」

「超ゼイタク、って、ちゃんこ鍋か?」

「うん! まだ季節は先やけど、いつかセンセと二人っきりで、ちゃんこ鍋つつきたいねん。あかん?」


 ちょっと上目遣いで聞いてくる忍だった。


 ああもう可愛い。そして微笑ましい。


「はははっ、ほんっとに忍らしいな。嬉しくなるぐらいだ。断る理由を探す方が難しい。いいぜ、とびっきりに美味い店、探しといてやるよ」

「あはっ、おおきに♪」


 それから、二人のこれからを、ぼんやりとだが話し合った。


 仮の予定としては、婚姻届を出すのは、忍が十八歳になるのを待ってから、ということになった。


 と言うか、待たないと籍を入れられない。


 しかし、それはいいとして、忍自身は、高校を出たらどうするんだろう? 大学進学の意志はないはずだったが。


「なあ、忍は、高校を卒業した後の進路は、どうするつもりだ?」

「もちろん、ウチは道場を継ぐで? おとんもまだまだ元気やけど、まさか不老不死でもあらへん。おとんがおらんようになったら、煌心流の正式な伝承者は、ウチだけになるし」


 そうじゃないかとは思っていたが、ある意味で予想通りだな。


「そっか。責任は重大だな」

「やりがいは十分にあるけどな」


 自信ありげな忍だった。


 そりゃあ最終奥義まで会得したんだし、彼女なら、人に教えるのも上手そうだ。


「……せやけど、おとんの話とかしとったら、思うわ。人の心って、不思議やね」


 そこでふいに、しみじみと忍が言った。


 深い意味がこもっているように思われる。


 彼女が、きゅっと、その手を結んで続ける。


「ウチが《月光掌》を会得したんもな? 上っ面の『愛と慈しみ』だけやったら足りひんかったんよ。後で分かったんやけど」

「それは、どういうことだ?」


 忍は、再び手を開き、自分の手のひらを見つめた。


「うん。あの時、技が全く発現せえへんから、ウチは心底おもたんよ。もうこうなったら、センセが助かるんやったら、ウチはいっそ死んでもええ。ウチの命、そっくりセンセにあげてもかまへんって。その覚悟が固まった瞬間に、技が発現したんや」

「そうだったのか……」


 少し苦笑いで、忍が言う。


「一口に『愛と慈しみ』言うても、解釈が甘っちょろかったわ。ウチはセンセを愛してる。けど、どっかしら独りよがりやったんよ。つまり、後は分かる?」

「他者への、自己犠牲と奉仕の精神、ってことかな?」


 俺の推測に、忍は大きくうなずいた。


「せやね。他人のために、己の全てを投げ打てるか? その覚悟があるか? そこが分かれ目やったと思うわ」

「しかし、結果的には、忍はやり遂げたんだ。俺も生きてる。よくやってくれたよ」

「ほんま、それが何よりやったわ。んふふっ」


 幸せそうに微笑む忍だった。


 ああもう、抱きしめてキスしたい。


 しかしこの流れだ。臨死体験の話もネタにするか。


「実はな、忍。俺、あの時、三途の川を渡りかけたんだよ。意識が途絶えたら、一面のレンゲ畑に立ってて、側に、橋が架かってる大きな川が流れてたんだ」

「へ? それホンマ?」

「大マジだ。まだ覚えてる。で、だ」

「うん」

「川の向こう岸に、殺された元カノがいたんだよ。彼女に『こっちへ来るな』って言われた。それと同時に、『忍が待ってるから、ずっと側にいてやれ』とも言われたんだ」


 ありのままを話したら、忍は目をパチクリさせていた。


「おもくそオカルトやけど、センセ、そない手の込んだ嘘つかへんわな?」

「ああ。掛け値無しでホントの話だ。ついでに言うと、彼女、お前のことをベタ褒めしてたぞ」

「え? その元カノさん、なんでウチのこと知ってるん?」

「本人曰く、『ずっと上から見てた』んだと。んで、お前の立派さに『舌を巻いた』って苦笑いしてたよ」

「な、なんやこそばゆいな。その元カノさん、センセにまだ未練とかある様子やった?」


 少し不安げに、忍が聞いてきた。まあ、気になるよな。


「いや、それはなかった。とにかく、俺が居るべきは忍の側だって、強く言われたんだ。その彼女が、『さよなら』って告げた瞬間、花畑の景色が遠ざかってな。無事に目覚められたってわけだ」

「へえ……」

「改めて、ありがとな、忍」

「ん、うん」


 手を伸ばして頭を撫でてやる。少し俯きがちに、耳を赤くする忍だった。


 間が流れる。お互い、言葉なくドリンクを飲む。


 店内の壁掛け時計に目をやると、そろそろ昼時と言っていい頃だ。


「昼飯、行くか?」

「あ、もうそないな時間? どうりで腹が減るはずやわ」

「何が食いたい?」

「せやなあ」


 やっぱり、あごに一本指を当て、上を向いて忍が考える。


「気分的に、とんこつラーメンかな?」


 感心するほど忍らしいチョイスだ。


 食ってる姿を軽く想像するだけでも、あまりにしっくりきすぎる。異論を挟めようはずがない。


「よし、んじゃ店を探すか」

「はーい」


 空き食器を返却口に返し、カフェを出た。


 そして、再度商店街。


 ラーメン屋も、普通の所から、家系、ドカ盛り系まで色々ある。


 さて、とんこつは……と探している中、ちょっとと言うか、かなり珍しいモノを見た。


「えー!?」


 最初に見つけたのは俺だったんだが、それを見た時、あまりの斜め上っぷりに、古典的だが目をこすったりした。


「どないしたん?」

「いや、とんこつラーメン屋を見つけたんだが、店名がな?」

「店名? えー!?」


 指さした方を見て、忍も驚いている様子だった。


 なぜなら、その店の名前が、


『とんこつらめぇーん 東前頭三枚目』


 だったからだ。


 これがもし、『横綱』とか、『大関』ならまだ分かる。


 縁起もいいし、自信の表れにもなる。


 しかし、この店はそうじゃない。小結でも関脇でもなく、前頭筆頭ですらなく、東の三枚目。


 判断に迷う。


 単に店主が謙虚なのか? それとも、本当に味に自信がないのか? どっちなんだ!?


 しかも、『らぁめん』じゃなくて、『らめぇーん』って何だよ!?


 なんで、『らめぇー』って伸ばすんだよ!?


 サブカル好きな俺の親父が、こっそり隠れて好きなエロマンガかよ!?


「ウチ、こないなかっ飛ばしたネタ、初めて見たわ」


 半ばあ然とした様子の忍。全く同じ思いだ。


「俺だって初めてだよ。どうする?」

「おもろそうやん。入ってみようや」


 忍の判断を優先したいと思ったら、突撃命令が出た。


「仮にまずくても、責任は負えんぞ?」

「ええって、ええって。おもろかったらオッケーや」


 いかにも楽しそうな忍に背を押され、その店でラーメンランチとあいなった。


 ところがどっこい、だ。意外や意外、店名の謙虚さとは裏腹に、味は超がつくほど一流だった。


 そりゃあもう、スープを最後の一滴まで飲み干すぐらいに。


「ぷはーっ! ごっそさん! おいしかった!」


 背脂マシマシのチャーシュー麺大盛りの丼をスッカラカンにして、かつ、セットの半チャーハンも米粒一つ残さず平らげ、ご満悦の忍。


 俺も同じメニューを頼んで大満足したが、競争の激しい飲食店業界で、こんなに謙虚でいいのか? と思う。


 まあ、今のご時世は、ネットでグルメサイトが山ほどある。


 他の客も、この味ならいい口コミを書くはずだ。


 そのうち、人が人を呼ぶだろうから、余計な心配かもな。


 と、思ったのは正解だったようで、軽くその場で、スマホからこの店名を検索してみたら、やはり絶賛の口コミだらけだった。


 ついでに、店名が奇抜、かつ、比較的最近オープンしたために知名度がそれほどないせいか、並ばずに入れたのはかなりのラッキーだった事も分かった。


「実るほど頭を垂れる稲穂かな、て、こういうことかいな?」

「ははっ、どうなんだろう?」


 忍のたとえに、おかしくなって笑う。ある側面じゃあってるとも言えるし、微妙に違う気もする。


 だが、それこそどうでもいい。


 とにかくだ。味がよかったことには変わりないから、店の場所は覚えておくことにした。店名は、インパクトがありすぎたせいで多分もう忘れないだろう。

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