第44話 規格外の漢(おとこ)!
「豪快やけど、ごっつええ人やったね。人柄の良さがにじみ出とったわ」
商店街へ戻る道を歩きつつ、笑顔を添えて忍が言う。
全くその通り。やっぱり彼女は、本質を見る目があるな。
「だろ? あの人がいて、今の俺がいるんだよ。恩返しがまだまだできてないって思う」
再度拳を作り、それを見つめながら言うと、忍は、何か考えているようだった。
「うーん、それ、そないにたいそうに考えんでええと思うよ?」
「えっ? どうしてだ?」
「だって、今のセンセ、もう強いやん? 昔の弱っちかった自分をすっかり克服したことで、あのおっちゃん、十分嬉しいはずやと思うけどなあ? どやろ?」
ちょっとまた、目から鱗が落ちる。そういう考え方もできるな、確かに。
「せやけど、研がへん刃物は錆びるやん? センセはいつも通りに、あそこでトレーニングを続けたらええと思う。感謝の念は忘れたらあかんやろけど、不要に重荷に感じ続けるんも、なんやかえって、おっちゃんに失礼やとウチは思うわ」
正鵠を射る意見だった。
要は、自然体が一番ということだろう。人の心の機微を読むのに、忍は長けてるなと思った。
そして、再び商店街。
時間はだいたい午前十時頃だった。なんか、スナック的な物がつまみたい気分だ。
ぐるっとあたりを見渡すと、ちょうどたこ焼き屋があった。ベストだな。
「忍、たこ焼き食うか? おごるぜ?」
「ほんま? ほな、甘えるし!」
ぱあっと笑顔になる忍だった。
前も言ったが、デートのコストがどうのと言うより、ささやかなことに幸せを感じられる彼女の性格が純粋に羨ましい。
そんなわけで、商店街の中にあるたこ焼き屋で八個入りを二舟買い、店の前の椅子に座って食った。
「はふはふ、んー、おいし♪ センセと一緒なんが、最高の調味料やわ」
「ははは、そいつはどうも。俺も、こんな美味いたこ焼き食ったの初めてだ。忍の笑顔のおかげだな」
「えへへ、おおきに♪」
「こっちこそ」
たこ焼き自体はすぐに食い終わった。
どこか河岸を変えるべきだな、と思っていると、知った生徒が、同じくたこ焼きを買い求めに来た。
「よう、布引君じゃないか?」
「あっ、東郷先生!」
嬉しそうな顔。
彼の服装は、草色のカッターシャツに、淡い赤の、背広のようなジャケット、そして、黒のスラックス。
靴も革靴で、一言で言えば「小さな紳士」だった。
ちょっと年齢的にマッチしていないかも知れないが、誠実、清潔な性格が表れていた。
傍らには、松平さんがいた。
こちらは、その純真可憐さを端的に示すような、ラベンダー色を基調にしたワンピースだった。
「こんにちは、東郷先生」
静かに頭を下げる、松平さん。感心するぐらいに「おしとやか」だった。
手を繋いでいる様子からして、結ばれたらしい。よかったと思う。
「布引君は、デート中か?」
「は、はい。女の子をエスコートするのは、初めてなんですけど……」
照れまくる布引君だった。初々しいな。笑顔で、彼が言う。
「先生も、滝さんとデートですか?」
「おう、その通りだ」
笑顔でうなずいた後で、大事な事を思い出した。
そうだ、彼に、まだちゃんと「あの言葉」に対しての礼を言っていない。
「……布引君」
「なんですか?」
「あん時は、世話になったな。改めて、ありがとよ」
真摯に布引君へ伝え、そっと、拳を差し出す。
最初は意味が分からなかったようだったが、やがて察したのか、彼もまた、拳を作って、男前な笑顔を浮かべる。
「お礼には及びませんよ、先生」
「ははっ、言ってくれるぜ」
こつん、と、拳同士をぶつけ合う。それで、全ては通じた。
「ねえ、滝さん? あれ、どういう意味?」
「なんや、男の約束があったみたいやね。ウチらの出る幕ちゃうよ」
女性陣置いてけぼりだが、むしろ、踏み込まれると困る類でもあった。
「んじゃな、布引君、松平さん」
「はい!」
「失礼します」
これからたこ焼きを食うらしい二人を、邪魔するのも悪い。こっちから、店を離脱した。
さて、河岸を変えるのはいいとして、どうしたものか?
「うーん、昼飯には、少し早いな。どうする?」
「せやねえ、あんまりせかせかするんも嫌やし、カフェあたりに入らへん?」
忍が、以前二人で入ったことのある、界隈じゃ一番安いチェーン店を指さした。
確かに、あくせくするのも、何かが違う。入ることにした。
店内。俺はアイスコーヒー、忍は、グリーンティーを頼んだ。
お互いケーキの気分じゃない事もあり、お茶請けには、揃ってバームクーヘンを選んだ。
トレイを持って、向かい合って座る。
「じー」
それはいいんだが、忍が、ドリンクにもバームクーヘンにも手をつけず、ふいにじっと俺の顔を見つめてきた。
「な、なんだ?」
「ううん、なんも。センセはセンセやなあ、て思ただけや」
「そ、そうか」
何もないならそれでいいんだが、ちょっとドキドキした。
そして、ドリンクを飲みつつ、アンド、バームクーヘンをかじりつつ、話題を探していて、滝氏について知りたくなった。
「なあ、忍の親父さんって、煌心流の師範なんだろ? 鍛えてるのは一目で分かるんだが、どれぐらい強いんだ?」
「おとん? そら、どえらい強さやで。いっちゃん分かりやすい例、挙げてええ?」
「ってえと?」
「野生の熊と、タメ張れんねん。んで、負けた例しがあらへんのよ」
「んぐっ!?」
それを聞いて、一瞬バームクーヘンが喉に詰まった。
野生の熊と互角に渡り合えて、しかも常勝だと!?
「ウチ、山に住んでるやん? せやから、ちょくちょく熊が出よるんよ。ほしたら、おとんの出番や。ぶちのめして締めて、晩は熊鍋言うのが、夏前ぐらいの、我が家の風物詩やね」
待ってください、忍さん。さらっと仰いますが、その風物詩は、一般家庭ではまずあり得ませんよ!?
「そ、そこまで鍛錬してるのか。俺なんか、まだまだヒヨッコだな」
少なからず戦慄を覚える。
もし俺が「熊と戦え」と言われたら、どんな手段を使ってでも断るだろうからな。
そんな心理を知ってか知らずか、忍がからっと笑う。
「あはは、別にウチ、センセにおとんレベルまで強うなって欲しい、とかは全然思てへんて。ウチのおとんは、ちっとばかし規格外なだけやから」
だよな。そんな超絶に強い武人がゴロゴロいたら困るよな。
しかし、世の中って広い。しみじみ思った。
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