第43話 ラバーズデート!

 平穏な日々はなおも続き、金曜日の昼飯時。


 ここ最近は、忍が家で作ってくれた弁当を、揃って中庭で食うのが恒例になっていた。


 余談だが、彼女の料理の腕前はあまりよくない。


 かなりの確率で、メニューは握り飯と漬物と、せいぜいがウィンナーぐらい。


「勉強中やねん。センセに美味いメシぐらい食わせたらな、ウチ、自分が許されへんから」


 忍は、至って真面目に決意を語った。


 その一言だけでも十分な愛情と誠意を感じる。


 メニューの質素さなんて、些末以外の何でもない。


 爆弾みたいにデカいワカメご飯のおにぎりを頬張りつつ、忍との何でもない時間を楽しむ。


 明日は土曜日で、学校は休みだ。


 そこで、さりげに重要な事を思い出した。互いに想いが通じ合ってから、彼女と、プライベートな時間を共有してない。そこで言った。


「なあ、忍。明日、デートしたくないか?」

「へえ? ウチが嫌や、とか言うとでも?」

「はははっ、もし言われたら、ショックで立ち直れないだけさ」

「あははっ、おもろいおもろい。誰が言うかいな!」


 即座に話がまとまり、週末は「恋人同士として」初めてのデートをすることになった。


 翌日。幸いにも天気は快晴。


 周囲に目だったランドマークがなかったため、学校の正門で待ち合わせることにした。


 こっちの服装は、トップスがグレーで麻混の襟付き長袖。


 そこへ、お気に入りの、ブラックのライダーズジャケット。ボトムスは、無難にデニムパンツを選んでみた。靴はワークブーツだ。


 一応、統一感が出ていることを鏡で確認してから、少し浮かれた気分で家を出た。


「やっほ、センセ♪」

「よう」


 そして、学校前。時間きっかりに忍が来た。


 彼女の服装は、一言で言えばファストファッションで固められていた。


 白いシャツの上に、薄黄色の、春物のパーカー。ボトムスはスキニージーンズ。靴も、特にブランドのない、ありふれたスニーカーだった。


 確かに、年頃の女の子としてはあまりに飾り気がない。


 初デートのオシャレともかけ離れている。


 だが、これでこそ忍だと思った。あらゆるところで無駄がない。そして不要に飾らない。すごく安心した。


「私服も決まってるな、忍」

「センセこそ。んふふっ」


 並んで歩き出す。は、いいんだが、大事な事を言い忘れていた。


「ノープランだが、いいよな?」

「もち」


 もう、あうんの呼吸だった。こんなに自然体で付き合える女の子、そういない。


 さしあたり、商店街へ向かうことにした。


 休日の商店街は、結構賑わっている。


 適当に見渡した限りでも、遊ぶところはあるんだが、前に忍が言ってたよな。一般的な娯楽は、どれもピンとこないって。


 メシには興味があるようだが、いくらなんでもまだ早い。


 そこで、思い出した様子で、忍が聞いてきた。


「せや、聞きたかったんやけど、センセ、休日は何しとるん?」

「俺か? まあ、仕事の資料を作ったり、授業で使うネタ本を読んだりかな。たまに、馴染みのボクシングジムに行ったりもするけどな」

「あの、センセの命の恩人さんがいてはるとこ?」

「ああ、そうだ」


 うなずくと、忍が興味深そうな顔をした。


「そこ、行きたいわ。センセ、その人にウチのこと紹介してえな」

「全然構わんな。んじゃ、まずはそこに行くか?」

「うん!」


 そんなわけで、商店街を一度出て、二人で、蛇野道ジムへ向かうことにした。


 その道中で思ったんだが、俺も、息抜きって点じゃ、忍と似たりよったりだな。


 家での資料作りなんかで煮詰まると、割と頻繁に、おやっさんを訪ねるし。


 何より、あの人に忍の件を報告してないのは、我ながらうかつだった。少しだけ、気持ちが急いた。


「ちわっす」

「お邪魔しまーす」


 程なくして着いたジムの中では、以前同様、門下生達がそれぞれ、トレーニングやスパーリングに励んでいた。


「おっす、お前等」

「「「東郷さん、チーッス!!」」」


 元気のいい挨拶が返ってくる。おやっさんも気付いた。


「おう、ボウズか。あん? その子は誰だ? お、もしかして?」

「ええ、俺の新しい恋人です。彼女を紹介しに来ました。すみません、遅くなって」

「はじめまして。滝忍、言います。いつもセンセがお世話になってます」


 すっと一歩前に出て、丁寧に言って、おじぎをする忍。


 空手ってのは、どこの流派であれ「礼に始まり、礼に終わる」もんだ。


 やっぱりこいつも、礼儀作法はバッチリだな。


「いい名前だな。おいらは伊坂段七ってんだ。よろしくな、忍ちゃん」

「はい、よろしゅうに」


 忍は、やはり丁寧に受け答えして、自然に微笑んでみせる。うん、立派だ。


「しかしボウズ、べっぴんさんじゃねえか、いい子つかまえたなあ」


 優しい笑顔で、我が事のように喜んでくれるおやっさんだった。少し驚かせたい。


「ところで、おやっさん。煌心流空手、って知ってます?」

「あ? そりゃあ知ってるが、ありゃあ、本当にあったかどうかもあやふやな、伝説の流派だろ? おいらも本で読んだっきりだ」

「彼女、忍は、その一流の使い手なんですよ」


 ぽん、と忍の背を叩くと、彼女が軽く胸を張った。


 おやっさんが目を剥く。


「な、なにいっ!? じ、実在したのか!? 今なおで!? ちょ、ちょ、ちょ、ちょっといいか!? 忍ちゃん!?」

「はい?」

「おいらが知ってる煌心流ってのは、『その手刀が生み出す光輪はくうを裂き焦がし、輝く拳は岩をも砕く』だ。できんのか!?」

「軽いもんですけど、見はります?」


 さらっと言った忍を見て、おやっさんは景気よく指を鳴らした。


「うお、マジかい! ヒュー、年甲斐もなく燃えるぜ! なんてぇロマンだ! 見てえ、おいらもこの目で、伝説の技が見てえ! 待ってろ、準備すっからよ!」


 興奮した様子のおやっさんが、倉庫に消えた。


 かと思うと、コンクリートブロックと、畳一畳分はある大きな板を持ってきた。


「ちょっとどけ、お前ら」


 おやっさんが、リング上でスパーリングしていた奴らを下ろし、まずは板をリングのロープに立てかける。コンクリートブロックは、コーナーポストの上だ。


「っしゃ。忍ちゃん、早速見せてくれねえか?」

「ほな、ちょい披露させてもらいますわ」


 忍が、リングに上がる。


「ふー」


 呼吸を整える。集中の間。


「《陽光輪》!」


 しゃっ! と空を薙ぐ手刀と共に、出た。彼女の得意技の飛び道具。


 目の前の板に当たるや、端から端までバーナーでなぞったような黒い焦げ目の縦線ができる。


 そして忍が、身体の向きを変える。次の目標は、ブロックだ。


「《陽光拳》!」


 そして今度は、《氣》をまとわせた光輝く彼女の右正拳突きが、ブロックを粉々に砕いた。


「ま、こんなもんですわ」


 事も無げに忍が言う。


 ジム内の他の門下生達は、あ然としていた。おやっさんも、ぽかあんと口が開いている。


「お、おお、おい。おいら、夢でも見てるのか!? モノホンじゃねえか! 伝承の通りだ!」


 感嘆に震えるおやっさんだった。その感動は、よく分かる。


「は、ははは、うわはははははっ! スゲエよ、スゲエぞボウズ。こんな強え女の子をモノにしたのかよ。羨ましいを通り越して、宴会レベルでめでてえぞ、こいつぁ!」


 豪快に、どこまでもおやっさん流に祝福してくれた。嬉しかった。


「おいボウズ。オメエの責任は果てしなくデケエぞ? 強えわべっぴんだわ、真っ直ぐな性格なのは、目を見りゃ分かる。こんなイイ子を泣かせてみやがれ! おいらがただじゃおかねえからな! うわはははははっ!」


 実は一回泣かせてるんだが、それは言う必要はない。


 ただ、二度目は起こさない。起こしてたまるか。


「俺には断固たる決意があります。おやっさんに教えてもらったこの拳で、彼女を守りますよ」

「よし、よく言った。それでこそだ!」


 固く拳を作って宣言すると、ばしん! と全力で背中を叩かれた。愛情が籠もった痛さだった。


「忍ちゃん。まだまだ頼りねえボウズだが、よろしく面倒見てやってくれや」

「もちろんです。ウチの拳も、この人のためにありますよって」


 忍の言葉を聞いて、おやっさんは本気で目を潤ませた。


「くーっ、健気すぎて泣けるぜえっ! おいボウズ、この子を全身全霊で幸せにするんだぞ? いいな?」

「もとより、そのつもりですって」


 自信たっぷりで断言すると、おやっさんも優しく微笑んだ。


「聞いたぜ? いやあ、いいもん見せてもらった。末代まで語り継げるな」

「とりあえず、報告に来たまでです。お邪魔しました」

「ほな、失礼します」

「おう、またな。ボウズ、忍ちゃん」


 上機嫌そのもののおやっさんに送られ、ジムを出た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る