第39話 絶体絶命!

 その後、話題が一区切り着いたところで、喫茶店を出た。


 川べりの道を並んで歩く。


 嬉しそうな忍が言う。


「いつでもええから、ウチの家来てな? おとんに、恋人として、改めて紹介したいし」

「別に、今すぐでもいいぞ? 善は急げって言うし」


 そう言うと、忍が、ぱあっと笑顔になった。


「ホンマ? ほな、そないしよ! あ、走らへんから!」

「ああ、分かった。んじゃ、早速お邪魔するよ」


 話がまとまった。揃って浮かれていた。


 さあ行くか、というその時、前方からランニングをしている男性が向かってきた。


 どちらかと言うと小柄な体つきで、紺色で統一されたジャージの上下。


 年の頃は恐らく四十代後半ぐらいかな? という以外、特筆すべき要素のまるでない、普通の男だ。


「こんにちは!」

「え? あ、ああ、どうも?」


 男から爽やかに挨拶されて、少し戸惑いがちに返す。


 その彼が、俺の目の前に来た。


「うおっと!?」


 そこで突然、男が前につんのめった。


「危ない!」


 慌てて一歩踏み出し、彼の身体を抱えて転ぶのを防いでやる。


「ああ、どうも。助かりまし、た!」


 突然、右脇腹に、冷たくて熱い感触、そして激痛が走った。


「な、に……?」


 がくりと膝から崩れ落ちる。見ると、脇腹に深々とサバイバルナイフが刺さっていた。


「え? センセ? ひっ!? きゃあああああっ!!」

「ふははははっ! やった! やったぞ! 東郷龍一郎、取ったり! うわはははっ!」


 高笑いをしつつ、刺客の男が走り去っていく。


 ぬ、抜かった……。敷地外は安全だと思っていたが、考えが甘かった……!


 竜胆学園の周辺にも、他の高校はある。中学校や小学校だってある。


 そこにも当然、組織の構成員がいるはず。


 ボスである校長が、そいつらに指示を出していても、何らの不思議も……な、い……。


 俺は、バタリと仰向けに倒れた。


 まずいことに、急所をめいっぱい刺されたらしい。冗談みたいに大量の出血をしていた。


「センセ! センセェ!!」


 青ざめる忍。既に、視界はぼやけ始めていた。明確に、死を意識する。


「は、ははは……やられちまったよ……。急所をざっくりだ……。はあ、はあ……」

「き、救急車呼ばな!」


 スマホを取り出す忍。それを、手で制した。


「な、なんで止めるん!?」

「間に合わない、よ……。もう……」

「そ、そんな!」


 混濁する意識の中、なんとか言葉を探して伝える。


「忍ぅ……短い間だったが、俺、幸せだったよ……」

「あかん! そんなん言うたらあかん! ウチとセンセ、やっとスタートラインに立てたばっかしやで? せやのに、今センセに死なれたら、ウチどないしたらええんよ!」


 悲痛そのものの、忍の叫び。


 だが、もうどうしようもない。


「どないしたら? どないしたらええの? あっ! せや!」


 何か、素晴らしいアイデアを閃いたような忍だった。視線だけを向ける。


「ウチにも《月光掌》が使えたらええんや! そしたら、こないな傷でも一発や! ちょい待ったってや、センセ!」


 忍が傷口に手をかざし、念じる。


 だが、全く技が発動する気配がない。


「え? なんで? なんでできひんの!? 《月光掌》にいるんは、愛と慈しみの心やろ? 待ちいな、ウチ、センセのこと好きやねんで!? 愛してるんやで!? 心の底から! 愛してるのに! せやのに! なんでよ!?」


 焦りと苛立ちの、忍の叫び。


 もはや遠くに聞こえる。


 いよいよ、ダメか。


「なんで? なんでなん? ウチ、センセのこと大好きやのに……死なせたく、ない、のに……助けたい、のにぃ……」


 震える声。やはり、技は発動しない。


「なんやのよ……ウチの力は、人を打ちのめすだけかいな? 惚れた男の一人も、ろくに助けられへんのかいな……う、うう、うああ……!」


 ひたすらに自分を責める忍だったが、口が動いたなら、「もういいよ」と言ってやりたかった。


「ウチの……アホンダラぁ……」


 ぽつり、ぽつりと、大粒の涙が忍の手に落ちる。


 ああ、マジで、もう、ダメだ。


「あば、よ、忍……。愛してた、ぜ……」


 最後の力を振り絞って、言った。


 そこで、意識は途切れた。

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