第36話 さらなる刺客!

 そして、翌日。朝から薄曇りだった。


 前もって知らされてもいたんだが、実は今日は、宿直当番の日だったりする。


 まさか、「枕が変わると、眠れないんです!」なんてこともない。


 黙ってこなせばいいだけだ。


 昼休みが終わって、午後の授業になった頃だった。


 やけに「四角い」男が、俺の席まで来た。


 上背は、まあ平均的だ。年の頃は、俺より一回りほど上に見える。


 だが、顔から受ける印象は、「四角」だった。


 エラの張った輪郭と、角刈りもさることながら、目も鼻も口も、変に角張っている。


 なんだか、方眼紙の線に沿って人間の顔を描いたら、こんな感じになるんじゃなかろうか? と思う。


 しかし、割とガタイがいい。警戒していると、四角男が口を開いた。


「真っ向勝負だけとは、誰も言っておりませんよね、東郷先生?」


 敵意と自信に満ちた調子だった。なめられるわけにはいかない。


「まあ、そうですよね。ですが、黙ってやられるほど、俺もおとなしくないつもりですよ。えーっと?」

「私は板東ばんどう。日本史の担当ですよ」


 名前が出て来なかったことについては、特にクレームが来なかった。


 だが、おかげさまで覚えた。


「クックック、安穏としていられるとは、思わない事ですな」


 よっぽど仕留められると思っているんだろう。


 にたりと口元を歪めると、板東は背を向け、去って行った。


 それから、時間は普通に過ぎていった。


 やはりという言い方もおかしいが、忍から、物言いたげな視線を受け取ってはいたんだが、どう答えていいのか、今ひとつ分からなかった。


 少なくとも、想いを告げるタイミングじゃないのは確かだったんだが。


 やがて、一日が終わった。


 掃除の監督まできっちり終えて、生徒達が帰っていく。


 教室を出ると、忍が追って来た。


「センセ、今日の予定は? 残業の予定とかないんやったら、ウチ、通用門で待っとくけど?」


 期待感に満ちた目からして、どうやら、一緒に帰ろう、というお誘いのようだ。


「いや、悪い。今日は宿直当番の日でな。泊まり込みなんだよ」

「あ、ほな、ウチが護衛させてもろてええ? 月の見えへん夜は危ないで」


 まさしく即答だった。


 宣戦布告をかましてきた板東は、男だ。


 攻撃はできるが、どんな手で襲ってくるか、今のところは分からない。


 昨日の稲垣のような、イレギュラーもあり得るかも? と考えると、保険って言葉は忍に失礼だが、彼女にもいてもらった方が、多分安心だろう。


「分かった。んじゃ頼む。しかし、そのままだと色々足りないんじゃないか?」


 意味したいのは、例えば忍の着替えや、食事などのことだ。


 だが彼女は、いかにも簡単そうに言った。


「ああ、それやったら気にせんでええよ。いっぺん家帰ってから、支度して戻ってくるさかいに」


 じゃあ心配は要らないか……と思いかけて、待てよ? と気付いた。


 片道三十キロの山道を余分に一往復というのが、個人的にはそら恐ろしい。忍自身は、全く苦にしてないようだが。


「戻ってきたら、センセに電話するよって、通用門、開けたってな?」

「よし、そうしよう」

「四時間半ほど待ったって、大急ぎで準備するし!」


 そう言って、忍は走り去って行った。


 あれ? あの子は今、四時間半って言ったよな?


 三十キロの山道を往復、イコール六十キロで、プラスお泊まりの準備を家でやって、その程度で済むのか?


 プロのマラソンランナーだって無理だと思う。


 だが、それは全くの杞憂だった。


 ほぼジャスト四時間半で、スマホに忍からの着信があった。


 電話口で少し息を弾ませた忍が、


『戻ったで』


 と言ったので、通用門を開けてやることにした。


 桁外れと言うか、規格外の脚力だな。


 合流した時刻は、夜の九時前ほど。


 さすがに時間も時間だったので、先に一人で夕食を済ませたことを忍に言うと、何気なくではありながら、少し残念そうに言われた。


「ウチ、センセと一緒にメシ食いたかったとか、言うてへんよ? タイミングがおうたら、別やったけど」


 確かに俺も、できれば忍と一緒に食いたかったが、無理だったことをどうこう言っても仕方ない。


 外はもう、とっぷりと暮れた夜だ。


 月は出ているらしいが、やはり雲に隠されている。


「教育施設に強盗に入る酔狂な奴なんぞ、そうはいないだろうな。皆無とは言い切れないかも知れんが」

「それはせやと思うけど、センセの場合、個人的に気ぃつけんならんのちゃうの?」

「確かにな。狙ってる側からすれば、好機だろう」

「せやから、ウチがおるんやで?」

「分かってるって」


 忍を伴って、軽口を叩きつつ、懐中電灯を手に夜の校舎の廊下を歩く。


 彼女の言う通り不審者はそういないだろうが、板東の奴が襲ってくる可能性は、かなりある。


 そして、果たしてと言うべきか、廊下のある角を曲がった時だった。


「うわっ!?」

「なんやっ!?」


 突然、目の前が真っ白な煙に包まれた。


 どう考えても敵襲だ。懐中電灯の光じゃ弱くて、照らしても、標的がどこにいるのかが分からない。


 シャッ! と、煙の中から、何かが飛んできた。


 反射的に横っ飛びでかわすと、それはクナイだった。


「今度の敵は忍者かよ!」


 板東の奴だろう。忍術使いが相手とは、なんでもありだな。


 しかしまずい。校舎内だと風がないから、煙幕はなかなか消えない。


 形勢はかなり不利だ。


「ウチの出番やな! 任しとき! 《陽光掌ようこうしょうせん》!」


 すかさず忍が叫んだ。


 《氣》をまとわせた手を上に向けてパン! と叩く。


 その瞬間、閃光がほとばしる。


 それは、あたかも照明弾のようだった。煙の中に、はっきりと敵影が見える。


 まさしく忍者みたいに、天井に張り付いてやがる。


「見えた! 《陽光輪・天》!」

「げうっ!?」


 上方へ放たれた忍の飛び道具に撃墜され、ぼとりと落ちる忍者。


 急いで窓を開け、煙を外へ逃がす。


 すぐに煙が窓から出ていき、視界が確保できた。


 刺客の姿もはっきり見える。


 そいつはまさしくマンガから抜け出してきたような、目だけしか見えない黒ずくめの忍者装束だった。


 動きが明らかに鈍いところを見ると、忍の一撃が効いているらしい。形勢逆転だな。


「さあて、ショウタイムだ」

「ひ、ひいっ!」


 ボキボキと指を鳴らしつつ、まだ立てないらしい忍者に歩み寄る。


「ヒヤッとさせてくれやがったな。覚悟しろや、オイ」


 敵を引きずり起こし、にいっと口元を吊り上げる。


「どぎゃおはあああああ!!」


 そして、哀れな忍者の悲鳴が、夜の校舎にこだました。


「おい、二〇一X年五月十六日、乃木坂真虎を殺したのは貴様か?」

「……ち、ちが、う……私じゃ、ない……」

「なら、貴様の知っていることを話してもらおうか? 邪魔者の排除は、組織の快楽であること。そして、女の邪魔者に対して、末端の構成員は手を汚さない。それ以外でだ」

「……う、うう……やるとすれば……ボス、だろう、な……。ボスは……女を殺すのが……大好き、だ……」


 その言葉を最後に、忍者は気を失った。


「……答えをありがとよ」


 ぐったり昏倒している忍者には、もはや聞こえない。


 そうか、ボスか。


 なら、問題は「誰がボスか?」ってことだけだな。


 ボスをぶちのめせば、組織もぶっ潰れるだろう。


 それは収穫として、本人確認をしておこう。


 覆面を取っ払うと、やはり正体は、板東だった。


 お仕置きはどうしてやろうかと思ったんだが、奴が獲物に鎖鎌も持っていたので、フルチンのマッパにひん剥いてから、その獲物で手を結わえて写真に撮ってやった。


 明日の宿直明けは家に帰れないから、その翌日にでも、プリントアウトして、職員室のホワイトボードに貼っておこう。


 赤っ恥をかかされりゃ、こいつも、まともでいられるはずがないだろう。

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