第35話 宿敵との再戦!

 放課後は、あっという間に来た。


 体育館裏へ向かう途中、帰ろうとしていた忍に会った。


「あ、センセ。え、えーっと? ど、どないしたん? 朝から、えらい怖い顔しとるけど?」

「決闘だよ、これからな」


 短く言うと、忍も、思い出した様子で、顔を引き締めた。


「む、敵か? 誰?」


 稲垣の奴について、軽く説明をした。


「ナンバー2、か。なるほど。稲垣センセ、さりげに鍛えとるガタイしとるしなあ」


 そこで忍が、少し、指を一本あごに当てて、天を仰いだ。


「なあ、センセ。ウチも同行してええか? 妙に嫌な予感がすんねん」

「別に構わんが、その根拠は何だ?」

「しいて言えば、女の勘や。結構なめられへんもんやで?」


 にっ、と、不敵な笑みを作る忍。確信に満ちていた。こうなったら許すしかない。


「タテマエ上は、サシの勝負だからな? タテマエだけだが」

「分かっとるって。ほな、いざ! やな」


 忍を伴って、改めて体育館裏へ向かった。


 そして、到着してすぐさま、彼女の勘が当たったことを悟った。


「ようこそ墓場へ、東郷先生」


 もったい付けた言い回しをする稲垣。


 その前には、五人の女生徒がいた。全員、目が正気じゃない。


「おい、その子たちは何だ?」

「君こそ、滝さんを連れているじゃないか。どういうことかな?」

「彼女は、しいて言えばセコンドみたいなもんだ。それより、質問に答えやがれ」


 その問いに、稲垣は邪悪の極みと言った笑みを浮かべた。


「ふっ、君が女を殴れないことは、とうに知っている。だからこその武器だ」

「この子達に何をした? 全員、目がまともじゃねえぞ?」

「なあに、ちょっとばかり、心を盗ませてもらっただけさ。この子達は、僕の忠実なしもべ。君を殺すためのね」

「っのやろ……!」


 つまり、洗脳したのか。


 なんて卑怯な野郎だ。文字通りのゲスだな。ヘドが出る。


「さあみんな、目の前の敵をやれ!」

「稲垣先生の敵……殺す、殺す殺す殺すぅ……!」

「地獄へ行け、東郷……!」

「死ね死ね死ね死ね死ねぇ……!」

「稲垣先生は……私達のもの……!」


 稲垣の合図と共に、洗脳された女生徒達が、それぞれの手にハサミやカッターを持って口々にうわ言を言いつつ襲いかかってくる。


 とりあえず、バックステップで間合いを取った。


 傍らの忍が、顔を引き締めつつ言う。


「な? せやから言うたやろ?」

「力を借りていいか? 忍」

「当然や。露払いは任しとき」


 素早く忍が動く。その後はまさに一瞬だった。


「みんな悪う思わんといてな! ひの、ふの、みの、よの、いつぅつ!」


 忍が、女生徒全員に当て身を食らわせ、失神させる。十秒もかからなかった。


「いっちょ上がりや。ほなセンセ、後はどうぞ?」

「ありがとよ、忍!」

「き、聞いていないぞ、こんなこと!」

「おうよ、言ってねえもんな」


 狼狽する稲垣は無視して、普通に歩いて間合いを詰めていった。


 変に得意技のジャブを放つと劣勢に立たされるし、こんなゲス野郎にピッタリの打つ手が見つかったからだ。


「ふ、ふふふ、あははははっ! まあいい! しかし無策で射程に入ってくるとは、僕もナメられたものだ!」

「へえ? じゃあ、一発くれよ。一方的すぎるのもアンフェアだしな?」

「ふっ、いいだろう。死ねい!」


 次の瞬間、奴の右拳が閃き、綺麗な右ストレートを顔面にもらっていた。


 思っていた以上の威力だ。


 かなり効いたが、この程度でノックアウトされるほど、ヤワじゃない。全部織り込み済みだ。


「ぐはあっ!」


 わざと大げさに自分から吹っ飛んで見せ、地面に倒れる。距離を取るためだ。


 その時、奴には見えないように、地面の砂をひとつかみ、ズボンの右ポケットに入れた。


「ふふん、口ほどにもないな。どうれ、なぶり殺しに」

「怖いですねえ、ああ、怖い怖い」


 瞬時に跳ね起きて、ぐいっと鼻血を袖口で拭いつつ、オーバーアクションで肩をすくめてみせた。


「ぐっ、やはりナメているな!? この僕を!」

「とんでもない。あのパンチを食らって、あなたが弱いというやつは、まずいないでしょうねえ」


 慇懃無礼に言いつつ、右手をズボンのポケットに突っ込んで、再度普通に歩いて間合いを詰める。


 稲垣が、少し訝しげなツラをした後、高らかに笑った。


「ほほう? ならばなぜ、また無防備に間合いを詰めてくるんだ? フフッ、ハハハッ! 死にたいのなら、それもいいだろう! 言っておくが、僕は、総合格闘技の使い手だ! つまり、パンチやキックはもちろんのこと、関節技もお手の物! アンオフィシャルとは言え、現役のRIZINライジン王者さえも打ちのめしたことさえある僕の実力を」

「うるせえよ」


 稲垣が能書きを垂れている間、奴の射程に入った。


 即座にポケットから手を出し、中に入れておいた砂を、その目に投げつけてやる。


「ぐわあっ!? 目、目がっ! ひ、卑怯だぞ、東郷!」

「うるせえっつってるんだよ! 無関係の女の子を武器にするような、ゲス野郎に言われたかねえ!」


 ぶちのめすのに、手段は選んでいられない。


 稲垣が顔を覆って悶絶している間に、連撃を見舞ってやることにした。


 素早く奴の懐に入る。


「ワン!」

「がぶうっ!」


 まずは、右フックを顔面に。


「ツー!」

「げぼあっ!」


 次に、息をつかせず左フックを、同じく顔面に。


「スリー!」

「ごはあっ!」


 仕上げに、右のアッパーカットをアゴに。我ながら、感心するぐらいに綺麗に決まった。


 棒が倒れるように、稲垣がダウンする。


「えーっと? どちら様でしたっけねえ? 俺が貴様の靴を舐めて、命乞いをするだろうなんて、寝言ほざきくさったのはあ?」


 おもむろに、鉄板入りの靴で、横たわる稲垣のミゾオチに、全力ストンピングを見舞う。


「おぼえっ!」


 泉のようにゲロを吐く稲垣。汚え。


「おらっ!」


 もう一発、と思ったら、身体をねじってかわされた。まだそんな体力が残ってやがるか。


「反撃したけりゃ立てよ。今度こそトドメブッ刺してやる」


 くいくい、と「カモン?」のジェスチャーを取る。よろよろと稲垣が立ち上がった。


「ぐ、がはあっ、う、うええ……美しくない! 認めん、これは認められん!」


 口からゲロと血を滴らせながら、またあの文句だった。いい加減にしろっての。


「だから、テメエの美学なんざ、どーでもいいんだよ。能書き垂れる前にかかってこいよ」

「ふんっ!」

「くおっ!」

「なんやのっ!?」


 次の瞬間、またもや煙幕が張られた。


 あたりが真っ白になって、忍共々、泣きながら咳き込む。


 そして、煙が晴れた頃には奴の姿はなく、ただ、失神している女生徒たちだけが残っていた。


「くそっ、また逃げやがった」

「見た目とはちごうて、とんだゲスヤロウやな、稲垣センセて。東郷センセの目潰しも大概卑怯やったけど、レベルがちゃうわ」


 忍も、怒りを露わにする。


 しかし、彼女を連れてこなかったら、どうなってたことやら。


「マジでありがとな、忍。真剣に助かった」

「女の勘、なめんこっちゃな?」

「ははっ、了解」


 少し得意げな忍に、軽く敬礼の真似事をして返した。


 その後、彼女が失神させた女の子達の目が覚めた。


 洗脳は解けているらしく、口々に、「なんでこんな所に?」と、不思議がっている。


 俺は、その子達には何も説明せずに、「早く帰るようにな」とだけ言った。


「忍も帰っていいぞ。俺はまだ少し、本業が残ってるんでな」

「ん、分かったわ。ほな、またな。センセ!」


 輝く笑顔を見せてから、走り出す忍。


 最後まで見送ってから、職員室へ戻り、残りの事務作業を終えてから、帰ることにした。


 かくして、その日は終わったわけだが、そら恐ろしいことが分かったもんだ。


 それは当然、稲垣の野郎が洗脳術まで使うということだ。


 もし、忍が洗脳されたら? 考えただけでゾッとする。

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