第32話 女の闘い!

 ……そして、その夜、決定的な夢を見た。


 また、同じ風景だった。


 桜舞う、大学のキャンパス内。


 隣に、真虎。優しい笑顔だった。そのままで、言った。


「――龍ちゃん。もし、私に二度と会えないような事になったら……お願い、新しい恋を探してね? そりゃあ私だって、すっかり忘れてほしくないけど、龍ちゃんをいつまでも縛るようなことは、したくないの。絶対。約束、して? ね?」

「お前がそう言うなら、分かった」


 欠けていたパズルのピースが、埋まった瞬間だった。


 そうか。そういうことだったのか。


 この時、真虎と別れる未来を、まったく真剣に考えていなかった。


 言わば、「縁起でもない、都合の悪い提案」だったわけだ。


 もちろん、真面目に同意したつもりだが、いざ「その時」が来て……きっと、認めたくなかったんだろう。


 だから、記憶の中から消していた。いや、押し込めていたんだ。


 今になって思い出したって事は、天国の真虎が、痺れを切らせた、と見るべきだろうな。


 すまん、真虎。死んでなお、お前に手間をかけさせるとは。チキンもいいところだぜ。


 朝が来た。いつになく、爽やかな目覚めだった。机の上の写真立てが、また倒れていた。


 意味が、分かった。


 「これ以上、私を見ることはない」。


 メッセージは、もう受け取っていたんだ。


「ありがとう、真虎……」


 少し微笑んで、写真立てを元通りに立てる事はせず、引き出しの中へ丁寧にしまった。


 ただ、「答え」はほぼ固まっていても、まだ問題はあった。


 その一点のみが、さながら、喉に引っかかった魚の小骨のようだった。


 やれやれ、自分がここまで煮え切らない奴だとは思わなかった。


 奇妙に俯瞰した気分を味わいつつ、ぶるりと頭を振り、その日のルーチンを始めることにした。


 ランニング中、三穂先生には会わなかった。まあ、毎朝必ず会うわけでもないし、それが不思議だとは思わなかった。


 月曜日は、一時間目が、二年C組での授業だ。


 なんだが、ホームルームの時はいたはずの忍が、授業が始まると、いなかった。


 適当な女子に聞いてみた。


「滝さんなら、保健室へ行きましたよ?」


 無性に嫌な予感がした。


 体調不良で行ったとは考えられなかった。


 同時に、知らなくては、と思った。


「すまん、みんな。これから自習だ!」


 あっけにとられる生徒達には構わず、保健室へ急いだ。


 扉の前。ホワイトボードが『取り込み中ですよ』になっていた。


 中から、話し声がする。お行儀はよくないが、扉に耳をくっつけてみた。


「……なんで、三穂ねえセンセなんよ……なんで……」


 うめくような、忍の声。三穂先生が答えた。


「どうしても何も、私があの人を好きだからよ。大人の世界に、子どもが首をつっこんじゃダメよ?」


 沈黙。さらに、忍がうめいた。いや、叫んだ。


「……嫌や。なんぼ三穂ねえセンセでも、譲られへん!! 絶対!!」

「私だって、譲れないわよ」

「……三穂ねえセンセ」

「なあに?」

「東郷センセを賭けて、ウチと、勝負して!」

「……実力行使、ね。いいわ。受けて立ちましょう!」


 待て。待て待て待て! 勝負だと? 俺を賭けて!?


 結果がどうあれ、怪我人が出るのは確実だ。


 どう考えても、俺の責任だろう、そりゃ!!


「ちょ、ちょっと待った!!」


 慌てて、扉を開けた。だが、既に入る余地はなかった。


「あら、聞いてらしたんですか、東郷先生。でも、これは女の勝負です。申し訳ないのですが、止められても聞けません」


 恐ろしいほど冷たい声の、三穂先生。


「……東郷センセ、後生やから、邪魔せんとって」


 今まで見たことのないほど、怒りを露わにした、忍。


 既に、臨戦態勢待ったなしの二人だった。


 と言うか、互いの気迫に、ひたすら圧される。いくら言葉を尽くしても、無駄だろうと分かった。


 殺気をまき散らしながら、歩いて行く。見送ることはできない。できるはずもない。


 百歩譲って公的な責任問題にはならなくとも、他ならぬ自分を巡って、流血の事態にならんとしているんだ。止めなきゃどうするってんだよ!!


 屋上に来た。忍と三穂先生が対峙する。


 緊張感に満ちていた。普通の男なら、ゲロるほどだ。


 二人が、ファイティングポーズを取る。先に仕掛けたのは、忍だった。


「《陽光輪》!!」


 得意技の飛び道具が出た。ガードしても、それなりのダメージを受けるはず。


 だが、三穂先生は落ち着いていた。不敵に口元を歪める。


「《砕光掌さいこうしょう》!!」


 黒い《氣》をまとった右手で、眼前を薙ぎ払う。


 すると、光の輪が跡形もなく消えた。初めての経験なんだろう、忍が愕然とする。


「な、なんやて!?」

「いくら放っても、私に、飛び道具は効かないわよ?」


 余裕たっぷりの三穂先生。「カモン?」のジェスチャーまでする。


「く、くうっ! こうなったら!」

「望むところよ!」


 間合いを詰める二人。まずい。近接戦なら、どっちにしても大ダメージになる!


「《陽光拳》!!」

「《噴心波》!!」

「がぶあっ!!」

「「えっ!?」」


 俺は、二人の間に割って入り、それぞれの攻撃を食らっていた。


「ぐ、はっ……」


 ……右脇腹に、綺麗な《氣》のストレート……。


 ……左脇腹には、黒い《氣》の衝撃波を、ゼロ距離で……。


 ……効いた、ぜ……。はは……笑えるぐらいに、な……。


 ……こうするしか……なかっ、た……――。


「と、東郷センセ!!」

「すすす、すみませんっ!!」


 血を吐きつつ、膝から崩れ落ちる。


 二人の慌てる声が、ずいぶん遠くに聞こえ、俺は意識を失った。

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