第28話 忍の葛藤!
その日の帰宅後、組織の件で動いてみることにした。
里中自体は、三穂先生が排除してくれたが、奴が言っていた言葉。
「女の邪魔者の排除は、末端の構成員の仕事じゃない」
イコール、幹部クラスの仕業ってことだ。
となると、稲垣は分かるが、他の誰と誰が幹部なのか? を知る必要がある。
以前、組織のことが判明したのと同じルートをたどり、さらに調査を進めてみた。
「しまったっ!」
ところが、核心か? と思えるところへの過程で、自分のPCがウィルスの攻撃を食らってしまった。
幸い、重要なデータ類は全部バックアップを取っているので、被害は少なかったんだが……この念の入りよう、一筋縄じゃ行かないな。
何度かリトライしてみたものの、真相は分からないままだった。
くそっ、ヒントがあっても、動きようがない……。
こうなると、以前三穂先生に教えてもらった、図書館の隠し金庫の存在が気になる。
開けられればいいんだが、場所柄、大がかりなことはできない。
第一、三穂先生も言っていたが、仮にバーナーを用意出来たにせよ、歯が立つかは分からない。
幹部クラスを締め上げられればいいんだが……。
仕方ないので、その日は就寝した。
なぜなら、仮に徹夜したところで、結果は同じだろうからだ。悔しいぜ……。
翌日は、土曜日だった。学校は休みだ。
何かのクラブの顧問でもなし、少しは週明けからの仕込みが必要とは言え、自由な時間はかなりある。
自宅。昨夜の続きにアタックしても、恐らく同じだろう。
悔しいのには変わらないが、無駄なあがきはしない方がいい。
本を読んだり、軽くダンベルと遊んでみても、さほど面白くなかった。
買い物はこの間済ませたが、だからって、次に備蓄が尽きるまで、外に出るなと言う決まりもない。
目的は、行ってから考えてもいいだろう。
軽く身支度して、商店街に向かった。
そして、着いた。
週末ということもあってか、結構な賑わいだ。
生活していくのに必要な店は、一通り揃っている。
カフェ一つ取ってみても、ちょっと高級なレベルの店から、安価なチェーン店まである。
コーヒーは好きだが、特にこだわりがあるわけでもない。
その日はなぜか、妙に甘いものが食いたかった。
具体的には、何でもいいのでケーキの気分だった。
どこかのカフェに入れば、いくらでも食える。
じゃあ、どこにしよう? と考えつつ、ぶらぶら歩いていたら、何やらややこしそうなシーンを見た。
一人の女の子が、三人の男に囲まれていた。
どう見ても、知り合いって雰囲気じゃなさそうだ。
よくあるパターンだが、ナンパか?
それだったらそれで、声をかけられた子には悪いが、自己責任で何とか……と思っていたんだが、よく見ると、その女の子は、ポニーテールだった。
まさか? そろりと近寄ってみた。
やっぱり、滝さんだった。
「ようよう、言ってくれるじゃねえか、お嬢ちゃん、ああ?」
「俺達に向かって、味噌汁で顔洗って出直してこい、だあ? 生意気言ってくれるなあ?」
「罰を与えて欲しいようだな? クックック、こってり身体に教えてやろうか?」
「……フン、ウチも舐められたもんやわ。どっちが教えたるか、ハッキリさせようやないの?」
類推しかできないが、ナンパ男のプライドを逆撫でするような断り方をしたんだろうか?
あの子らしいと言えばそうだ。
しかし、三対一程度で怯む彼女ではないにせよ、煌心流の技を、あまり大っぴらに見せるべきじゃないとは思う。個人的意見だが。
……いや、それよりも、だ。
困っているだろうあの子を見て、放っておけるはずがない。
後をついて、路地裏に向かった。
「さあて? 覚悟はいいかい、お嬢ちゃん?」
滝さんと対峙し、下卑た笑みを浮かべるナンパ男。
その前に、割って入る。
「ちょっと待った、だな」
「えっ、センセ? なんでここに?」
驚く声。軽く答える。
「たまたま、だよ。オフの日に、近所の商店街へ行っちゃいけない理由もないだろ?」
「ぁあ? 何だテメエ?」
「俺は、この子の担任だ。教え子のピンチは、見過ごせないタチでね。彼女に手を出したきゃ、俺を排除してからにしな」
「へっ、ガタイだけはいいようだが、邪魔なんだよ!」
ナンパ男どもが、ナイフを取り出した。チンピラだな。
「死ねやぁーーーっ!!」
チンピラどもが突進してくる。既に射程圏内!
「しっ!!」
「ぶぼっ!?」
「なあっ!? ち、ちいいっ!!」
「よそ見すんなよ!」
「ぐはっ!!」
「ラスト!」
「な、何が……べぶっ!!」
ジャブの三連撃で、全員KOした。
意識はあるようだが、戦意を喪失しているのは分かる。
「どうだ? まだやるか?」
「「「ひ、ひいいっ! ご、ごめんなさいいいいいっ!!」」」
軽く挑発しただけで、チンピラ共は慌てて逃げていった。
あたりが、静かになる。
「おおきに、とは言うとくけど、余計なこと、せんでええのに……」
ほんの少し苦笑い気味の、滝さん。理由を説明することにした。
「滝さんなら、三対一であれ、造作もなくあしらえただろう事は、俺も分かってる。だが、秘伝の流派、そうおいそれと見せるもんじゃないだろ?」
「まあ、それもそうやね。ウチが言うのもなんやけど、人間離れしとるさかい、気味悪がられて、変な噂とかになったら、困るところやわ」
ふんわりとした、笑顔。
カウントされるのかどうかは微妙だが、助けてよかったと思う。何よりの報酬だ。
「ところで、滝さん? 昨日は早退したらしいが、もう大丈夫なのか?」
「へ? あ、ああ、うん。あ、あうっ……! せ、せやけどぉ……ま、またぁ……あかんて……。センセ見とったら、ちょお……」
俺の顔をまじまじと見るや、グラスにワインを注ぐかのように、ぐんぐんと赤くなっていく彼女。
ある意味では、割って入ったのは間違いだったかも知れない。
「……はふぅ……」
「おっと!」
またしても卒倒しそうになるところを、慌てて支えてやる。
体勢的に、抱きしめるような格好になってしまった。
ただ、なんだろう。心配なのもそうだが、照れる様が可愛いし、柔らかな感触が心地いい。
ラッキースケベじゃないが、ちょっと嬉しかった。
それを隠し、「教師らしく」言う。
「しっかりしろよ、滝さん? 俺の顔見てる度にそれじゃ、どうするんだよ?」
「……忍」
ぽつり。顔を埋められた胸の中で、そんな声がした。
「えっ?」
「……学校やったらあかんかも知れんけど……せめて、せめて二人の時は……ウチのこと、忍って、呼んでほしい……」
顔を埋めたままの、切々とした願いだった。
そして、彼女の方から、俺に抱きついてくる。
狙ったわけでもないのに、「きちんとした」抱擁になってしまう。
「……嫌?」
胸の中。寂しそうに、伺う声。
一つ聞こう。この状況で、彼女から「名前で呼んでくれ」と心底から頼まれて、突っぱねられる奴がいるか? 少なくとも俺は違う。
だから、ぽんぽん、と軽く背中を叩いて、言った。
「分かったよ、忍」
「おおきに……」
もう一度、忍からのハグ。少し、間が開いた。
すぐに離れてほしいわけでもないが、不思議な数瞬だった。
しっかりと抱いてくる、彼女。やがて、呟くような言葉があった。
「なあ、センセ……。センセになら、言える気がすること……聞いたって……」
「俺でよけりゃ、いいぞ」
「うん……。ウチな、ホンマはめっちゃ弱っちいねん。ウチに煌心流がなかったら、ホンマ、なんもできひんのよ……。時々……明日全部をうしのうたらどないしよって、ものごっつ不安になったりするんよ……。ウチは……弱いねん……」
それは恐らく、忍が抱えている葛藤だった。
確かに、「力」がなければ、この子はありふれた女の子だ。
むしろ、協調性に少し難点がある分、平均以下になるだろう。
この子の言う通り、彼女が自身の拠り所にしている「力」が、いつ失うとも知れないものならば、その不安は正しい。
だが、曖昧な土台の上に成り立っていれば、あるいは……とも思うが、彼女は、盤石のはずだ。考えられないことだった。
確たる強さがゆえの、矛盾した思いなのは、分かった。
背中を軽く撫でながら、言ってやる。
「それは違うぞ、忍。いいか? 『ほんとうの強さ』ってのはな、自分の弱さを知る事だ。知って、受け入れるんだ。中途半端な奴ほど、小手先の強さに酔いしれて、足下をすくわれる。だがお前は、己の弱さを知って、しっかり抱えている。不安なぐらいで、ちょうどいいんだよ。大丈夫だ、忍。お前は強い!」
「あり……がとう……。そないに言うてくれたん……センセが……はじ、め、て……え、うええ……うあ、あ、あーん、ああーん、うわああーーーーん……!!」
俺の胸で、忍は泣いた。泣きじゃくった。
それほど、彼女の葛藤は深く、誰にも……そう、父親にさえも言えなかったんだろう。
どういう決意をして、この子が、葛藤を吐露してくれたのか?
そんな理由は、考える必要はないだろう。確実なのは、少なからぬ信頼あってのことだ。それが、たまらなく嬉しかった。
「うわぁーーーーん! うあああーー―んっ、えぐっ、ぐすっ、うあ、あああ……!」
ただ、この子が泣くに任せていた。
熱い涙が、心にまで染み入るようだった。
きっと、彼女は今まで、めったなことじゃ泣かなかったんだろう。
そう思わせるほどに、泣いた。
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