第26話 第二の刺客、撃破!
そして、翌朝。
元からそんなに心配はしていなかったが、酔いは残っていない。
いつも通りに朝のルーチンをこなし、出勤した。
ランニング中にすれ違った三穂先生も、まったく変わりない様子だった。
職員室。会議を終えて自分の席に戻ると、校長が、オドオドした様子でやってきた。
「お、おはよう、東郷先生」
「なんですか? 校長」
「い、いやあ、折り入って頼みがあるんだが……例の写真、ネガを買い取らせてくれないか? 頼むよ。百万円までなら出すから……」
例の写真とは、あのパパ活現場を押さえた奴のことか。
どうやら、なかったことにしたいらしい。
そもそも、ネガがあると思ってる時点でツッコミどころは満載だ。
仮にそれがあったにせよ、百万であろうと、一億であろうと、折れるつもりはない。
しかし、この校長、さらなる墓穴を掘ったことに気付いてないな。
おもむろにスーツの胸ポケットからペンを取り出し、ずい、と突きつける。
「今の言葉、バッチリ録音させて頂きましたよ。こいつは、ペン型のボイスレコーダーでしてね。証拠隠滅を図った発言を、ご丁寧にありがとうございます」
「んなあっ!?」
愕然とする校長だった。ぶるぶると震える。萎れきった声。
「なんて奴だ、君は……。くそう……」
肩を落とし、しょぼくれた様子で、校長は戻っていった。
こいつ、組織でも最弱だろうな。
そんな一幕があって、午前の授業に向かう途中だった。
通りがかった女子トイレの前に、何かが落ちていることに気付いた。
古びたお守りだった。待てよ? 見た目もそうだし、中に金属が入っている感触と言い、これって確か?
と、思っていると、真っ青な顔をした滝さんが現れた。
「滝さん、もしかして、これを探してるのか?」
彼女の前に、お守りを差し出す。思いっきり驚いて、「ああっ!」と言われた。
「お、おおきに! ほーっ……」
明らかな安堵の様子。
しかし、このお守りって、彼女にとってどういう意味があるんだろう? 聞いてみた。
「差し支えなければ、だが、滝さん? それ、よっぽど大切なものらしいが、どうしてだ?」
「これは……ウチのほんまの親が、一つだけくれたもんなんよ。ウチが捨てられとった時、木箱の中に、一緒に入っとったんや、て、おとんが言うてた」
お守りを胸に抱き、噛みしめるように言う、滝さんだった。
なるほど、そういうものなら、大事にしているのも分かる。
しかし、金属製のお札とか、聞いたことがないな?
「滝さん、教えられるなら、でいいんだが、それ、何が入ってるんだ?」
「あ、これ?」
そう言って彼女は、別に渋る様子もなく、お守りの中身を見せてくれた。
それは、黒い鍵だった。やけに重厚な見た目で、何の鍵かまでは、推測さえつかない。
まあいい、見せてもらえたんだし、それでいいだろう。
「ありがとな。俺も、絶対拾えるってわけじゃないんだし、落とさないようにな? さあ、授業だぞ?」
「うん。改めて、おおきに。ほな」
丁寧に一礼して、彼女は教室に戻っていった。
その後、午前の授業を一つ終えて、職員室に戻る最中だった。
向かいから、三穂先生が歩いてきた。
「どうもー、ご機嫌いかがですか、東郷先せ……」
にこやかに彼女がそう言いかけたところで、その顔が真剣になる。
昨日の、路地裏で見た顔だ。
眼鏡が光る。また、くいっと縁を上げ、こちらを向いたまま、静かに、後ろへ言う。
「……白昼の校内で堂々とは、たいしたものですね、里中先生?」
くるりと背を向け、助走を付けて三穂先生が跳んだ。
正確には三段跳びだったんだが、その跳躍力は凄まじかった。
「《
「ぎゃっ!?」
獲物に飛びかかる肉食獣のように、黒い《氣》をまとった右手で、廊下の陰に隠れていた人影の顔面を、上からアイアンクローで捉え、そのまま床にねじ伏せる。
慌ててそちらへ向かってみた。
そこには、焼けただれた顔をした、里中が倒れていた。
傍らには、サイレンサー付きのライフル銃が落ちている。
危ない、コイツのことを忘れかけてた。
ふー、と、軽く息を吐いて、三穂先生が言う。
「どっちを狙っていたかは知りませんけど、片付きましたね」
「い、いや、ありがとうございます。実は俺、コイツに『背後に気を付けろ』と言われてまして。女を攻撃できないもんですから、どう対処したものかと」
「あー、里中先生の性格的に、そうでしょうねえ。しかし、女性に手を上げられないとは、東郷先生も紳士ですね? んふふっ」
緊張を解いて、いつもの笑顔の三穂先生だが、俺の気が緩んでたらしいな。
彼女が気付かなければ、やられていた可能性が高い。
おっと、コイツにも聞かなくてはならん。里中の奴は、かろうじて意識があるようだ。
胸ぐらを掴んで、問うた。
「おい、二〇一X年五月十六日、乃木坂真虎を殺したのは貴様か?」
「……ち、ちが、う……私じゃ、な、い……」
「知っていることを話せ。邪魔者の排除は、お前等の快楽であることは聞いた。その他だ」
「お、女の……邪魔者の……排除、は……末端の……構成員の……し、ごと……では……な、い……」
そこで、里中は気を失った。また一つヒントだな。
真虎は当然、女だ。
それを末端の構成員がやってないってのなら、幹部クラスの仕業って事だ。
じゃあ誰が? ってのが、まだ解明されてないが、狙いは絞れた気がする。
「幹部クラスがわざわざ手を汚すなんて、性格悪いですね」
難しい顔の、三穂先生だった。以前の、長峰の言葉を思い出した。
「邪魔者の排除は、組織の快楽だと聞きました」
「うわあ、いい趣味すぎますね、それ。やっぱり、組織に見切りを着けたのは、正解だったようですね。ところで、里中先生、銃刀法違反ですから、さっくり通報しときます?」
「そうですね」
社会的制裁という意味でも、後は警察に任せた方がいい。
里中のケガは、多少無理があるが、「理科の授業中だったので、とっさに手に持っていた酸をかけた」ということにして、その場でスマホから通報した。
幸いにも訝しまれることはなかった。銃の類は、警察官や猟師でもない限り、持ってるだけで一発アウトだ。想像するまでもなく、里中の奴も、逮捕だろうな。
この事件のせいで、次の授業に少し遅れたんだが、適当にごまかして、午前を終えた。
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