第22話 「太い」漢(おとこ)!
翌日は、午前中に、二年C組で授業があった。
前から分かってはいたが、授業参観の日だ。
この時期にあるのは、やっぱり、新年度ということで、我が子の様子が気になる親が多いって事だろう。
しかし、参観のコマを、わざわざ俺の授業に持ってくるあたり、学校側のそれとない悪意を感じる。気のせいかも知れないが。
教室に入ると、ママさん方の中で、異彩を放っている人物を見た。
男性だった。背丈は、標準より少し低いぐらいだ。三分の二ぐらい、後退した形ではげている、長い白髪交じりの頭。
面立ちは、狛犬のようだった。隠しようのない鋭い眼光、徹底的に鍛え抜かれていることが一目で分かる、がっしりとした体格。
身体の全ての部品が……そう、一言で言えば「太い」。ちなみに服装は、紋付き袴姿だった。
一通りを見たところで、あれ? と思った。
昨日の夕方、たまたまスーパーの卵売り場で遭遇した男性、この人じゃないか?
どういう偶然だろう。しかし、授業参観に来ているということは、生徒の親だって事だ。一番イメージに近いのは、滝さんの、かな?
とにかく、授業を始めよう。
「正しい教育」で、組織にも保護者にも媚びるつもりがない分、前置きはしておくべきだろうな。切り出した。
「では、授業を始めます。一つ、保護者の皆様にお断り申し上げます。俺の授業は、言わば『古典文学の裏口入学方法』を説いています。特に女性の方には、話の内容に不快な表現があるかとは思いますが、ハードルを下げるのが目的ですので、ご容赦願います」
この時点で、退席する保護者がいるかも? と思ったんだが、それはなかった。
まあ別に、話の途中で出て行かれても、まったく構わんが。本題に入る。
「さて、みんな。今日は、思いっきり時代をさかのぼって、『古事記』に触れてみようか。要は日本神話なわけだが……初手からかっ飛ばしてるぜ?」
ニヤリと口元を歪めてみせる。生徒達が、期待しているのが分かった。始める。
「まず、男の神であるイザナギと、女の神であるイザナミ。名前だけでも聞いたことがあるだろうと思う。こいつら、そもそもの関係性からしておかしい。イザナギとイザナミは、兄と妹でありながら、夫婦でもある。今の世の中、マジモンの妹を、嫁にすることなんざできないよな?」
まずワンクッション。納得している空気を察して、続ける。
「イザナギが、イザナミに聞く。『お前の身体は、どうやってできてるんだ?』と。答えてイザナミの曰く、『身体はどんどんできるんだけど、閉じ合わないところが一つあるの』。で、だ。イザナギも言うんだ。『俺の身体もどんどんできるんだけど、余ってるところが一つあるんだ。いっちょ、俺の余りで、お前の閉じない場所を塞がないか? それで国を作ろうぜ?』ってな」
……表現こそ砕いているが、実際そういう話なわけだ。分かりやすすぎるよな。
「さて? 察しのいい奴は、もう分かっただろう? 女の閉じ合わない場所と、男の余ったところ。つまりは性器であり、それを合体させる。ズバリ、性行為だな。で、お互い『ああ、なんて愛しいんだ!』っつう愛の言葉を交わして産まれたのが、日本ってわけだ」
生徒達はおとなしいが、「マジデスカ!?」と言いたげなのが分かった。
本当なんだよな、これ。
「親切な話だよな? 男女の身体の仕組みから説明してくれて、行為のやり方まで教えてくれてるんだから。言っとくが、れっきとした神話だぜ? なるほど、何かを生み出すには、まず性行為ありきかもしれない。これは、話が長くなるので割愛するが、エジプト神話でも、似たようなもんだ。だが、エジプトの方じゃ、結果的には性行為を『離す』ことで、天地が産まれたってことになってる。日本は逆だ。このあたり、前に話した、『源氏物語』が大ヒットした、日本人の国民性が出ていると思う」
これを聞いて、微妙な顔をしている生徒がいた。重要な補追を入れておこう。
「日本人が恥ずかしい、と思う奴もいるかも知れない。だが、生殖行為は、厳然たる抗いがたい本能だ。それを理屈で抑えつけると、まず、ろくなことにならん」
保護者の反応は、もはや気にしない。
こんな感じで、トラブルもなく授業は進んでいった。
「よし、じゃあ、今日はここまで。保護者の皆さんも、ありがとうございました」
形式的な挨拶をして、締めた。
嫌そうな顔をしている保護者が多かったが、その程度は気にしない。
授業後、親と言葉を交わす奴も、それなりにいた。
そんな中、滝さんが、あの「太い」男性の元へ行った。
「おおきに、おとん」
「おもろい授業やったな、忍」
やっぱりと言うべきか、彼は、彼女の養父らしかった。ある意味、イメージ通りだな。
と、滝さんが、俺を手で呼んだ。
「なんだい、滝さん?」
二人の近くに寄る。は、いいが、養父の男性が放つ気迫に怯んでしまった。
抑えてはいるだろうが、この圧はすごい。鍛錬の度合いが嫌でも分かる。
それは置くとして、滝さんが誇らしげに言った。
「紹介しとくわ。これ、ウチのおとん!」
「はじめまして。私、
「ああ、いえ、こちらこそ」
太い声だった。そして、頭を下げていてなお、その所作に一分の隙もない。相当だぞ、この人。
一人戦慄しているのを知ってか知らずか、滝さんが伺うように言った。
「おとん、センセに興味あるんやて。ちょい時間もらわれへん?」
「じゃあ、ちょっと応接室を借りるか。待ってろ、滝さん。次のコマに食い込むだろう事は、緊急の面談が発生したということにでもして、俺から話を通しとくから」
「あ、おおきに。助かるわ」
「お手数をお掛けしますな」
「いえいえ」
このレベルの人から気にされると、なんだか光栄だ。
三人で職員室へ向かい、滝さん親子には入り口で待っててもらって、自分の席に資料を置き、次のコマの担当教師に話を通し、ついでに応接室の空きがあることを確認した。
「お待たせしました。じゃあ、応接室へ行きましょうか」
「はい」
何を聞かれるんだろう? とか、少し気にしながら、三人で応接室へ向かった。
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