第15話 突然の!?

 やがて、昼休みになった。


 別に根拠なんて物はないんだが、学食で食いたかったので、そこへ向かい、券売機でトンカツ定食の食券を買った。


 カウンターで料理を受け取る。さすが食いたい盛り向けなのか、ボリュームのあるメシが乗ったトレイを持ち、座れそうな場所を探す。


 ぐるりと席を見渡すと、偶然、谷津崎先生の姿が目に入った。


 対面が空いている。席へ向かう。


「どうも、ここ、いいですか?」

「いいですよー、って、ありゃ、東郷先生」


 おっとりした調子で、谷津崎先生が応じる。


 なんだか、接する者全てを強制的に和ませるような雰囲気だ。


 彼女が食っているのは、どうやら日替わりランチらしい。


 ただ、ご飯が大盛りだった。見た目にそぐわず、結構食うんだな。


 まあいい。俺も、黙って食べ始める。


「ごちそうさまでした。ふー」


 先に、谷津崎先生の方が食べ終わる。空いた食器を手に、立ち上がる彼女。返却口へ向かう。


 と、思ったら、またこっちへ帰ってきた。


「もぐもぐ……どうしたんですか?」

「ああ、いえ。少し話せたらな、と思いまして」


 話? なんだろう?


 やがて、俺も食い終わる。味は、思いの外と言うと失礼だが、水準以上の味だった。


 それはいいとして、返却口で食器を返し、席に戻る。


「で、なんなんですか?」

「ええ。ちょっと重めの話、していいですか?」

「と、言いますと?」


 軽く促したら、谷津崎先生は、穏やかながらも真面目な面持ちで言った。


「東郷先生は、復讐のために、ここへ赴任してきたんですよね?」

「……っ……」


 いきなり、そのものズバリを言われ、図らずも少し狼狽えた。


 この先生は敵ではない、とは分かってはいるが、どうしても、緊張感が走る。


 と言うか、こっちの目的まで筒抜けとはな。組織の情報収集力は、かなりのものらしい。


「……その通りです。殺された恋人の仇を討ち、組織をぶっ潰すために来ました。あの、まさか真犯人とか、ボスが誰か知ってるんですか?」


 期待を込めて聞いたんだが、谷津崎先生は、少し申し訳なさそうな顔になった。


「すみません、そこまでは知らないんですよ。ボスも、普段からして謎ですし。構成員の中でも、正体を知っているのは、幹部クラスだけです。いずれにせよ、確実なことは……私自身、組織にはもううんざりしてるんです。だから、脱退しようかと思ってます」

「そんなこと、可能なんですか?」

「厳密に言えば、できません。ただ、これ以上、組織の言いなりになるのは……はっきり言って、疲れました」

「それは、どうしてですか?」


 言葉通り、明確に「うんざり」を顔に表して、谷津崎先生が言ったので、聞いた。


 すると彼女は、軽いため息と共に答えてくれた。


「私も、ちゃんと保健室の先生として、思春期の生徒達に寄り添いたいんですよ。なのに、無理矢理組織に入らされて、そっち系の事務作業とかやらされてるんです。それが忙しいったら。これじゃ、本末転倒ですよ」


 この人、真面目なんだな。なんだか、印象がいい。続けられた。


「ですから、今後は、東郷先生に協力できるところがあれば、やりたいと思います」


 あえてなのか、「あはは」と軽く笑う声。嘘を言っていないのは、目を見れば分かる。


 ただ、彼女の意志、そして協力の申し出はいいとして、裏切り者を、組織が許すとは思えない。


「それじゃあ、谷津崎先生の身に、危険が及ぶんじゃ? 申し訳ないんですけど、あなたを守って差し上げるところまで、俺も手が回らないと思うんですが」


 心配で聞いてみたら、谷津崎先生は、予想外に不敵な笑みを浮かべた。


「大丈夫ですよ。こう見えて、私も、護身術の心得がありますし」

「それって?」

「ナイショ、です♪」


 指を唇に立てて、「しー」のポーズ。なんだか、ものすごく可愛かった。


 それで話が終わるかと思ったんだが、ふいに「あ、そうだ」という言葉が続いた。


「どうしたんですか? 谷津崎先生?」

「あー、それ。できればやめてもらえませんか?」

「はい?」

「ですから、可能でしたら、私を名字で呼ばないでいただきたいんですよ」


 困った顔。よく分からない。


「それぐらい構いませんけど、どうしてですか?」


 促すと、苦笑いで返された。


「いやあ、実は私、自分の名前なのは分かってるんですけど、名字が嫌いでして……」

「自分の名前なのに?」

「ええ。『やつざき』って、『八つに裂く』とも読めるじゃないですか? 『八つ裂き光輪』みたいに」

「ウルトラマンですね?」

「通じたー!! 特撮系もお好きですか!?」

「そ、それなりに」


 さりげにつっこんだら、また喜ばれた。この人の感動ポイントって?


「おっと、話を戻しますね。この名字、我ながら物騒だなー、って言うか、ぶっちゃけ嫌なんですよ。なので、個人的には、早いところお嫁に行って、改姓したいんですよね。糸色倫いとしきりんみたいに」

「ジャンプじゃなくてマガジンですけど、『さよなら絶望先生』ですか」

「通じたー!!」

「え、えーっと?」


 なんだこのやりとり? いや、喜んでくれる分には構わないが。


「じゃ、じゃあ、今後は『三穂先生』と呼んだほうがいいんですか?」

「あ、はいー。他の生徒達同様、そうして頂ければ助かりますー。ところで、東郷先生?」

「何ですか?」


 普通に応じたら、急に三穂先生が、くわっと顔を見開いた。


「そそられたぞ、ストライダムー!!」

「範馬勇次郎ですか! 『刃牙』シリーズの!!」

「通じたー!! は、いいとして、ひとつ、私と愛を育みませんか? 親御さんがサブカル方面に明るいなら、結婚の際に話が通じやすいですし」

「……は?」


 軽い冗談のノリだが、目が笑ってない。おい、ちょっと待て。


「あ、いえ、その、えっと? そんな『お茶しませんか?』みたいなノリで言われても?」


 戸惑うことしきりだったんだが、やっぱり彼女は真面目だった。


「私、強い男がタイプでしてね。早くお嫁に行きたいのはそうなんですけど、なかなか『この人だ!』って思える人がいなくて」


 再度の困った顔。事情は分かるが、どっちにしても唐突だ。


「俺の強さは、まだ証明してないはずですが?」

「くすっ、ご自身が、ウドの大木だとでも? 雰囲気で十分察せられますよ♪」

「は、はあ、そんなものですか」


 返しあぐねていると、彼女は軽く息を吐いた。


「まっ、まさかカップ麺じゃあるまいし、そんなにインスタントに愛が成立しないのは分かってます。ただ、私に『その気』があることだけ、覚えておいて頂ければ。っと、結構話しちゃいましたね。そろそろ戻ります?」


 ふと腕時計を見た三穂先生が、思い出したように言う。


 俺も自分の時計を見た。確かに、もう昼休みも終わりそうだ。


「戻りましょうか、そうしましょう、そうしましょう」


 かくして、二人で食堂を出た。


 いきなり告白めいたことを言われて、少なからず動揺していたんだが、それは伝える必要がない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る