第16話 新たなる刺客!

 三穂先生と、並んで歩く。


 しかし、横にいるとよく分かるな。彼女はかなり小柄だから、俺との身長差が相当ある。


 それがいいとか悪いって話じゃないんだが、同じ事を思っていたのか、感心気味の声が聞こえた。


「改めて実感したんですけど、東郷先生、かなり背が高いですね。何センチですか?」

「192センチです」

「おお、私と50センチ近い差が! ウェイトは?」

「今のところは、109キロですね」

「うっわあ、鍛えてますねえ? 格闘技は、なんの心得が?」

「はい、ボクシングを少し」

「ふむふむ。ボクシングでそのウェイトというと……えーっと、ヘビー級ですね?」

「そうなりますね。と言うか、詳しいですね?」

「え、ええ、まあ」


 それなりにまったりしつつ、二人で歩いていたんだが……


「センセら!! 横に跳びぃ!!」

「「ッ!?」」


 鋭い声に、反射的に揃ってその場を飛び退く。


「《仰光拳ぎょうこうけん》!!」


 そんな声がしたかと思うと、一人の女子が、にわかには信じられない程の跳躍力を見せ、光る拳を天に突き上げた。


 その一撃が、落ちてきた植木鉢を砕く。あたりに、土が舞った。


「っしゃ!!」


 すたっと着地したのは、滝さんだった。


 もし、俺と三穂先生が飛び退かなければ、どちらかに当たっていた軌道。


 どうやら、助けられたらしい。


「あ、ありがとよ、滝さん」

「気にせんといてください。ウチは、当然のことをしただけですし」


 滝さんと、目が合った。


「……フン」


 ものすごく、そっけなかった。あの手合わせのことは、やっぱり根に持っているらしい。


 とは言え、彼女に不要に媚びるつもりなんかはないが。


「ほな、ウチはこれで」


 ツンとしたまま、滝さんはスタスタと去っていった。


 その時!


「滝さん! 横へ跳べ!!」

「はっ!?」


 上空から、二つ目の植木鉢が落ちてきた! 滝さんさえ飛び退けば!


「しっ!!」


 一瞬だった。俺の左ジャブが、植木鉢を砕く。また、土が舞った。


「あー、びっくりした……。お、おおきに」


 きちんと頭を下げる、滝さんだった。気に入らない相手であれ、礼はできる性格みたいだ。ちょっと安心した。


「ほ、ほな、ウチはこれで」


 再度軽く頭を下げ、滝さんが改めて去って行く。三発目は……なさそうだな。


「あの……技は……」


 滝さんを助けたことよりも、なぜか、三穂先生がぼう然としていた。


「常人離れしてますよね。実は俺、滝さんに手合わせを挑まれたことがあるんですけど、《氣》を操る武術が本当に実在したなんて、驚きました」

「そ、そそ、そうですね。確かに、常人離れ、ですよね。あははー」


 どこか変な反応だった。特に気にせず、再度歩き出した。


 そして、中庭を通り過ぎんとしていた時、視界の一角に、知った奴を見かけた。


 あの中性的な容姿は、一発で分かる。稲垣のヤロウだ。


 だが、なんだ? コンビニのものではない弁当を食ってるように見えるぞ?


 どうにも、あのヤロウと弁当、というのが結びつかない。


 近づいてみた。向こうも気づく。


「なんだ、君か」


 稲垣のつれない態度ぐらい、気にすることはない。


 膝の上を見て、さらに驚いた。色とりどりの弁当だった。男が作ったとは思えない。


「参考までに聞きますが、稲垣先生。その弁当は、誰が?」

「ふっ、決まってるさ。愛する妻の、お手製だ」


 妻!? ってことは、コイツ、既婚者なのか!?


「何をマヌケ面している? 僕が既婚者なのが、羨ましいのか? フフフッ、無様な話だ。まあ、君のように粗野な男には、いかなる女性もなびかないとは思うがね」


 左手薬指の結婚指輪を見せつけて、勝ち誇る稲垣だった。


 羨ましいんじゃない。こんなヤロウと結婚する女がいたのか? ということが驚きなんだ。


「お、お幸せに」


 皮肉にもなりゃしないが、そう言うのが精一杯だった。


 世の中、物好きな女がいるもんだ。そこで、三穂先生が、俺の服の腰あたりを掴み、くいくい、と引っ張った。


「結婚したら、お弁当を作ってあげるぐらい、簡単ですよ? 私、料理は得意ですし。昔から、男をものにするには、胃袋を掴めって言いますよね。それができる自信はあります!」

「は、はあ」


 裏打ちがある、と言わんばかりの彼女だった。


 確かに、俺は料理がからっきしだから、そこを補えるのは嬉しいかも知れないが、その一点のみをして、交際を決意するなんて、できっこない。


 何より、真虎に申し訳が立たない。


 校舎に入ったところで三穂先生と別れ、昼休みが終わった。


 職員室。午後の勤務が始まり、気を引き締め直す。


 ……と、敵意の籠もった視線を感じた。それを追う。


 まずいな、と思った。女だったからだ。向こうも俺に気づき、こちらへ来た。


「ご機嫌麗しゅう、東郷先生。私は里中さとなか。担当は英語よ」


 目の前の女教師は、すらりとしたモデル体型に、セミロングの髪と、やや過剰なまでに整った目鼻口をしていた。服装も、ファッション誌の表紙を飾れそうだ。


 十分美人にカテゴライズされる風貌だが、どこか微妙にタイプじゃない。


 無駄にツンツンした、それこそさっきの滝さんじゃないが、頭を下げることが辞書にないような人間は、男女問わず苦手だ。


 まして、敵ともなればなおさらだ。里中と名乗ったそいつは、俺が口を開く前に、尊大に言い放った。


「腕っ節には自信がおありのようですが、私が絶対に勝ちますわ。あなたを、合理的に排除して差し上げます」


 ビシッと指をさされた。「人に指をさすな」と教えられなかったんだろうか。


 しかし参った。コイツがどういう手立てで襲ってくるかが分からんのもそうだが、女だ。殴れない。


 ただ、弱みを見せればつけいられる。だから、それを隠して返した。


「あいにく、俺は往生際が悪いんですよ。それに、余裕ぶっこいてる奴の鼻を明かすのが、結構好きでしてね」

「ウフフッ、虚勢がミエミエでしてよ。まあ、せいぜい、背後に気を付けることですわね」


 既に勝ち誇った笑みを浮かべ、里中は自分の席に戻った。


 背後に気を付けろ、か。少し考えてみた。


 稲垣の警告を踏まえ、かつ、腕っ節に関係がなく、背後から……となると、飛び道具か?


 最も分かりやすいのは、銃撃系統だが……ここが日本である以上、銃は違法だ。


 だが待て。最初の襲撃を思い出せ。あの、長峰の奴。規制されているボウガンで仕掛けてきやがった。


 つまり、少なくとも組織の連中には、法の支配が及ばないと思った方がいいな。


 少し困った。飛び道具系統、しかも銃と仮定すると、ボウガンよりも射程は長い。


 ご丁寧に、俺のリーチ内まで入ってきて、引き金を引く奴なんざいないだろう。


 ぶちのめせば、さらなる真犯人のヒントが得られるかも知れないが、難敵だ。


 しかし、今から対処法を考えても仕方ない。


 とりあえず、奴が言った通り、背後には気を付けることにしよう。

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