第12話 宿敵との初戦!
そうこうしているうちに、放課後の時が来た。
屋上に向かう。稲垣が立っていた。
慎重に間合いを計りつつ、対峙する。
切り出したのは、奴からだった。
「さて、東郷先生。君にはまず、賛辞を送ろう」
「どういうことだ?」
「ふっ、決まってるさ。我らが組織、JTUに歯向かうなど、大した蛮勇だってことだよ」
パチパチと、大げさに拍手してみせる稲垣だった。こっちも、にいっと口元が吊り上がる。
「ありがとよ、そっちから来てくれてよ。俺を消したいんだろ?」
「その通り。邪魔者は排除せよ、と、我らがトップの命でね。君には軽く、地獄を見てもらうことにするよ。ナンバー2の地位にある僕に葬られることを、光栄に思うことだね」
圧倒的な余裕の稲垣。完璧にナメてやがる。
「はっ! そう言われて、素直にボコられる奴がどこにいるってんだ。おう、一つ聞くが、二〇一X年五月十六日、乃木坂真虎を殺したのは貴様か?」
「いいや、僕ではないね。知ってはいるが、教えると思うかい?」
「なら、実力でゲロ吐かせるか! しぃっ!」
先手必勝だ。大きく踏み出し、得意技の左ジャブを見舞う。
顔面を捉えた感覚はあった。
「ふふっ、効かないね。蚊に刺された程度だよ」
しかし、奴はダウンするどころか、涼しげなツラで余裕をこいてやがった。
少なからず戦慄する。俺のバズーカが効かないだと? かなりのタフネスさだが、ならもう一発だ。
「しゅっ!」
二撃目のジャブ。再度顔面を捉えた。
「ふっ、捕まえたよ」
まだ平然としていることにも驚くが、稲垣の奴は俺が腕を引っ込めるコンマ何秒かの隙に、俺の拳を手でキャッチしてみせた。
なんて反射神経だ!? 常人離れしてるぞ!?
「こっちにおいで? そおらっ!」
「うおわっ!?」
捕られた腕をぐうんっと引っ張られる。細身のクセして、すげえパワーだ。
嫌でも稲垣の射程内に入らされたかと思うと、ひらりと奴が空を舞い、俺の腕に絡んでくる。
「そらっ!」
「くうっ!」
次の瞬間、稲垣による腕ひしぎ十字固めの体制になっていた。
「まずは一本、この腕をへし折ってあげようね。ふふふっ、痛いよぉ?」
だが、奴のねちこい性格に救われた。
もったいぶって恐怖を煽ってるつもりだろうが、まだ技が極まってない。この数瞬の隙を逃すか!
「そうは行くかよ!」
まだ緩んでいる方の、稲垣の足を掴んだ。そいつを自分の足で挟み、ガッチリロックする。
こうなりゃ、後は楽勝で脱出可能だ。抜け出して体勢を整える。
「ふうん? なかなかやるね?」
「お褒めにあずかり光栄ですよ」
数瞬、睨み合う。ぴくり、と奴の右足が動いた。
「ふっ!」
「おっと!」
横蹴りを腕でガード成功だ。かなり重くて、腕が痺れる。やりやがるな。
すかさず、もう一発、軽めの左ジャブを奴の顔面に放った。
「な?」
効かないことは分かってる。ただの目くらましだ。半呼吸分の隙ができればいい。
一瞬の油断を突いて、身をかがめたダッキングで懐に潜り込み、右のボディブローを稲垣に見舞ってやった。
「げはあっ!」
ゲロを吐く稲垣。腹を抱えて、その場にうずくまる。
「ふんっ!」
「うおわっ!?」
連撃を加えてやろうとすると、いきなり足払いを食らわされ、体勢を崩して、尻餅をついてしまった。上から声がする。
「ぐ、うう、許さん、許さんぞ東郷!」
「あ? 許さなきゃどうするんだよ?」
「美しくない。このような勝負は美しくない! 僕の美学に反する!」
稲垣の奴は何を考えてやがるのか、身体をくの字に曲げ、口からゲロを滴らせつつも、どこからか出した手鏡でメイク直しをしていやがった。
「テメエの美学なんざ知るか。おら、構えろ。メタクソにボコってやっからよ」
体勢を立て直し、軽く挑発してみせる。
「認めん!」
だが、稲垣の手が閃いたかと思うと、突然あたりが煙に包まれた。
視界が遮られると同時に、催涙作用もあるのか、涙と共にたまらず咳き込む。
風が煙を払った頃には、そこに稲垣の姿はなかった。逃げやがったか。
当面のターゲットが決まったな。敵はあいつだけじゃないだろうが、分かりやすさじゃダントツだ。
しかし、確かにあいつは強いのかも知れないが、性格に大いに難ありだな。
自信があるのは結構だが、図に乗ってりゃ足下をすくわれるのなんざ、誰だって分かる話だ。
まあいい。今日の所はもう戻ろう。気持ちを引き締め直し、きびすを返した。
その日は、職員室に戻って、残りの事務仕事を片付けてから、普通に帰宅した。
翌日が、赴任から三日目だった。
俺の噂は修羅を半殺しにした件を含めて、とうに学校中に広まり、生徒達もおとなしくなった。
ただ、個人的には敵地にいる以上、気は抜けない。谷津崎先生にも言われた通りだ。
さりとて、四六時中警戒アンテナを張りっぱなしってのも結構疲れる。
確かに「ぶっ潰す」ために赴任してきたわけだが、見境なく、手当たり次第に暴れてちゃ、こっちがお縄になる。
それらにどう折り合いを付けるか探りながら、時間が過ぎる。
教室の移動中、廊下で稲垣の奴とすれ違った。
奴はモテるのか、女生徒……ざっと見た限り、五人……を取り巻きにして黄色い声を上げさせていた。鼻につく光景だ。
「ふっ」
視線が合う。昨日の初戦じゃ逃げやがったくせに、その自信はどっから湧いて出てるのか、奴は、悠然と肩で風を切って、俺とすれ違う。
瞬間、しゃっ! と見えないほどの速さで奴の手が動き、俺のズボンのポケットに差し込まれた。
「けっ」
とりあえず一瞥だけして、距離が離れる。
奴の姿が視界から消えたのを確認してから、さっき、何かがねじ込まれたポケットを探った。中に入っていたのは、ご丁寧に三つ折りにされた便せんだった。
開くと、そこにはこう書かれていた。
『東郷龍一郎へ告ぐ。昨日の初戦では無様を見せたが、貴様の戦闘スタイルは見切った。我らには、相応の戦闘員がいる。安寧を貪るいとまなど、ないと思え』
警告のつもりだろうが、だからどうしたって話だ。
むしろ、ご丁寧に教えてもらって助かるぜ。ぐしゃりと便せんを握りつぶし、ゴミ箱に捨ててやる。
この程度でビビると思われてるんだったら、ナメられてるにも程がある。スルー上等だな。
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