第11話 搦め手の勝利!

 そして、いつもの間合いを取りつつ、滝さんと向き合う。


「ウチの制服の、このスカーフ。手段は問えへんから、センセがこれを奪えたら勝ち、いうことにしたるわ」


 セーラー服の襟の、えんじ色のスカーフをつまんでひらひらさせ、勝利条件を提示してくる滝さん。なんとか殴らずに済めばいいんだが。


「センセも構えぇな。行くで?」


 互いに構える。得意技は使えない。と言うか、手が出せない以上、サンドバッグに近い。


「《陽光輪ようこうりん》!」


 やおら滝さんが、左の手刀で空を薙いだ。


 すると、直径一メートルほどのオレンジ色の光の輪が縦に生まれ、それがこっちに飛んでくる。


 なんだこりゃ!? とっさに腕をクロスし、ガードする。


「あちっ!」


 その光の輪は、俺の腕に当たると弾けて消えたが、スーツの腕の部分が焼け焦げたように裂け、後には火傷のような痛みが走っていた。


「ふふん、どない? ビビったやろ? ウチの得意技や」


 この娘、並じゃないな。《氣》を操る武術があることは、伝承レベルの知識としては知ってはいたが、まさかそれが実在して、しかも、こんな身近に、その使い手がいたとは。


「《陽光輪・かん》!」


 今度は右の手刀で空が切られる。同じような光の輪が生まれるが、飛ぶ速さが遅い。


 それを盾に、彼女が悠然と歩いて間合いを詰めてくる。


 俺が左右に移動しても同じだ。光の輪は従うように浮遊し、彼女を守る。


 仕方なく後退を続けるうちに、背中が校舎の壁にぶち当たった。もう後がない。


 彼女が盾にしていた光の輪は、側の壁に当たって消えた。


 は、いいんだが、かなりピンチだ。


「さあ、もう逃げ場はあらへんで? この辺やったら、ウチの腕のリーチでも届くわなあ?」


 ド正面に滝さんの顔。当然俺の射程内でもあるが、やはり女は殴れない。


「ふううっ」


 彼女の呼気。その右の拳が、ぼうっとオレンジ色に光る。


 「《陽光拳ようこうけん》!」


 顔面目がけて正拳突きが来る!


 とっさの判断で、首をねじってかわした。すぐ横から、ばごり、と鈍い音がした。


 視線をやると、滝さんの拳が、校舎の壁にヒビを作ってめり込んでいた。


 嘘だろ、おい!? 女の子の拳だぞ!? 校舎の壁はコンクリだぞ!? そいつをたやすく砕く威力だと!?


「運がよかったなあ、センセ? しゃあけど、次があるやろか?」


 そう言いつつ、滝さんが、ぼごりと壁から拳を引き抜く。


 ヤバい。こんな威力の拳、身体に食らったらどうなるんだ?


「反撃せんかいな? ウチは見た目ほどヤワちゃうで?」

「い、いや、あの、だな」


 滝さんが挑発してくるが、自分の弱点を素直に言えるはずもない。彼女が口を少し尖らせる。


「なんや、ちょいガッカリやな。まさかセンセ、女どつかれへんのか?」

「う、うぐっ」


 バレた。言葉に詰まることが、イコール肯定だ。滝さんも驚くが、ニヤリと笑った。


「うわ、分かりやすっ! 図星かいな? ほなええよ、ウチはウチで、遠慮のうセンセをKOさせてもらうさかい」

「く、くうっ」


 圧倒的不利だった。至近距離。破壊力。次はかわせる自信がない。


「まあ、温情で《氣》の力を半分ほどにして、ドテッ腹に一発見舞うだけで、カンベンしといたるわ。二、三日はメシが食えんようになるかも知れんけどな? ふうう……」


 すぐには放てないらしい。しかし、恐らく、今まで受けたどんなボディブローより強烈なはずだ。


 どうする? 考えた末、閃いた。もうこれしかない。


「《陽光……》」


 滝さんが構え、拳を放とうとした、その刹那!


「うりゃあっ!」

「へ? うきゃあっ!?」


 これだけの至近距離だ。腕を伸ばせば、滝さんの身体に触れられる。


 両の手で、わっしと彼女の胸を掴んだ。


 その胸は瑞々しい張りがあった。手にすっぽり収まり、推定はCカップ。ついでに形はお椀型。容赦なく揉みしだく。


「ちょ、ま、な、何すんねんな!? ひゃ、ああんっ!」


 可愛い声が出る。さらに揉む。俺も結構な快感だ。


「は、離さんかい、な、やめえ、や、あ、んぅっ! ん、ああっ!」


 本格的に悶え始める滝さんだった。さっきまでの絶体絶命感はパタッと収まり、隙だらけになる。


「やめっ、言うて、んんんっ、あ、離さんか、い、あ、ふあああんっ!」

「獲ったっ!」


 滝さんがくなくな悶えている隙に、しゅるりと彼女の制服のスカーフを奪った。


「ああっ!?」

「俺の勝ちだな」


 見せつけるように、高々と戦利品を掲げる。


「ちょ、待ちいな! 卑怯やで!」


 抗議してくる滝さん。だが条件は満たしたはずだ。


「手段はどうでもいいって言ったのは、君じゃなかったかな?」

「せ、せ、せやけど!」


 彼女はまだ何か言おうとしていたが、にんまりと返してやった。


「おいおい、まさか、自分で決めたルールを破るつもりか?」

「アホ! 誰がそないなこと言うか!」


 ムキになる滝さんだった。まあ、あんな手で負ければ素直になれないのも分かるが。


「んじゃ、潔く負けを認めたらどうだ?」


 滝さんが、ぎりりと歯ぎしりしながら言う。


「ぐぬぬうっ! ウチなあ、何が嫌いか言われたら、エロい奴がめっちゃ嫌いやねん! ああもうっ!」


 ヤケのように喚かれ、俺の手にあるスカーフがひったくられる。


「いつか覚えとれよ! このエロ教師!」


 半泣きの目で、きっ! と睨むと、彼女はダッシュで去って行った。


「敵になったら、マジで怖え娘だな……」


 彼女が破壊した校舎の壁を見つつ、背筋に冷たい物を感じていた。


 しかし、助かった。


 今回はちょっとした火傷のような軽症で済んだが、もし、彼女との手合わせでもっと深刻なダメージを受けていたなら、放課後に稲垣の奴と勝負できないところだった。運がよかったぜ。

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