第9話 揺さぶり!
悪い方へ感心している俺なんぞには構わず、京香がまくし立てる。
「正式に警察へ被害届を出した上で、告訴させていただきますわ! そして、社会的にも抹殺されたいようですわね? アタクシの夫が誰か、ご存じかしら?」
「いいえ、寡聞にして存じ上げませんが?」
これも本当は知っている。
と言うか、「だからこそ」なんだが、やはりあえてすっとぼけた。京香が高らかに笑いながら言い放つ。
「おーほっほっほ! 知らずば教えてしんぜましょう! アタクシの夫は、数多の大臣を歴任し、今は、文部科学大臣の
これ以上なく天狗になってやがる京香だった。
その高慢ちきな鼻っ柱、へし折らずにはいられない。
それにしても、こともあろうに現職の文部科学大臣の息子が、あんなミニチンピラだとはな。世も末だ。
「夫の力を持ってすれば、アナタ如き末端の木っ端教師ぐらい、朝飯前で首が飛ばせますわ! おーほっほっほ!」
みなぎらん程の京香の自信だった。
だが、どこまで行っても、とっくに織り込み済みだ。
とりあえず、大げさに肩をすくめてみせる。
「おお、そいつは恐ろしいですなあ。怖い怖い」
「なんですの、その余裕は? カンに障りますわね!」
不満そうな京香。どうやら、自分の絶対的な自信に対して、望み通りの反応をしなかったのが気に入らないらしい。そんなもん知るか。おどけつつ言った。
「いやあ、だって俺、こういう物を持ってますし」
「何を持っているですって?」
訝しむ京香に、二枚の写真と、書類を懐から出してみせた。
「さて、これはなんでしょうか?」
「何……ひぃっ!?」
ピキッと京香が固まる。
突きつけた写真は、この女が、二階堂大臣以外の男と仲よさげに腕を組んで、ラブホテルから出てくるところを、その前の防犯カメラが写した物だ。
「もう一枚は、こういう絵面ですが?」
「んまっ!?」
青くなった顔が、今度は赤くなる。忙しい女だ。
次に見せたのは、大臣の方が、京香以外の女とベタベタしながら、ラブホテルから出てくる、同じく防犯カメラの写真だ。
「でもって、さらにこういうのはどうです?」
トドメに、数枚のプリントアウトした書類を見せる。
それは、二階堂大臣の所属政党へ国から支給されたカネ、つまり政党交付金の不自然な流れの証拠だ。
秘書がやったことにはなっているが、資金管理団体の収支報告書に、広告費や印刷費等、多数の架空請求がある。
恐らく、白紙の領収書でも使ったんだろう。
そして、その浮いたカネが発生する都度、ほぼまるごとが、団体の口座から引き出されていた。
勘定科目は「その他経費」としかなく、一切の具体性がない上に、その他で済ませるには、あまりに額が大きい。
しかるべき所が調べれば、間違いなく、二階堂大臣による着服だと分かるはずだ。
「ひ、あ、あ……」
やはり、この明細についても、やましいところがあるんだろう。滝のような冷や汗を掻いている京香。にんまりと言ってやった。
「現役閣僚、しかも教育の長たる文部科学大臣夫婦揃ってのW不倫に、政党交付金、つまりは俺達の血税の私物化及び不正利用、端的に言えば横領。いやー、各マスコミが、喉から手が出る程欲しがっているスクープでしょうなあ」
京香は何も言えないようだった。そこへ畳みかける。
「さあて? 俺みたいな末端の木っ端教師の首を飛ばすのと、この不祥事を全部バラされて全てを失うのと、どちらが重いでしょうかねえ? 少しでも考える頭を持っていれば、明々白々だとは思いますが?」
「お、お許し下さいっ! それだけは、それだけはどうかっ!」
やおら京香が崩れ落ち、土下座をした。額を床に擦りつけるほど深く。
ここまでやりゃあ、二階堂大臣にも効くだろう。
この時点で一応は俺の勝ちだが、この女、ムカつくな。「虎の威を借ることしかできない、姑息な雌狐」でしかないだろう、今までの生き様が透けて見える。
しかし、場所も場所だ。可能な限り穏便に済ませよう。
「あなたの息子さんは、自業自得で報いを受けただけです。異論はございますか?」
「い、いいえっ! 全てはアタクシの監督不行き届きにございますっ!」
土下座姿勢のまま、ゼンマイ仕掛けの人形みたいに首を横に振る京香。やっと分かったらしい。
「では、警察への被害届も出せますか? あるいは、告訴できますか?」
「ででで、できませんっ! わ、悪いのはアタクシの息子ですのでっ!」
「あなたを生かすも殺すも俺次第。この点については?」
「し、従いますっ! 東郷先生には忠誠を誓いますっ!」
今、「俺の靴を舐めろ」と言ったら即座にやりそうな勢いで、京香が言う。
だが、いくら俺とて、こんなクズ女に忠誠を誓われても困る。
「はん、いりませんよ、そんな薄っぺらい忠誠心なんざ」
「で、ではどうすれば?」
困った顔を上げてみせる京香を睨み付けて、言い放った。
「これ以上、俺を怒らせないで下さい。あなたを見ていると正直ムカつきます。さすが浮気にとどまらず、夫の口利きで息子を裏口入学させるわ、交付金をネコババしてホストクラブ通いをしているわ、好き放題やっているだけはありますなあ?」
「いひいっ!? そ、そこまで知って!?」
あえて見える証拠は持ってこなかったが、プラスアルファで判明した二つの事実を突きつけられ、顔面蒼白になる京香。
ダメ押しに、脅し文句を加えておいた。
「俺はその気になれば、あなたがその日何回トイレに立ったかまでも、知ることができますよ。この意味が分かりますか?」
「はいっ! はいっ! はいいっ!」
極寒の地にいるかのように、京香はガチガチと歯の根を震わせる。折れたな。
「お分かりになりましたら、お引き取り下さい」
「は、は、はいっ! ししし、失礼致しましたっ!」
バネのように跳ね起きると、まさしく脱兎の如く、京香は職員室を出て行った。
よし、片付くものは片付いた。
その日の夜、具体的には生徒達のクローズドなSNSを見つけた後だが、俺は、このスクープを匿名でマスコミ各社にタレこんでやった。
超特大のスキャンダルだ。想像するまでもなく、とんでもない騒ぎになるだろう。
バッチリした証拠が揃っている分、逃げ場はない。
二階堂大臣の辞任と議員辞職は、確実だろうな。
全てを失うであろう修羅も、もう学校には来られないはず。
もっとも、修羅の退学予測については、どうでもいいんだが。
ちなみに、なぜ俺が、ここまでヒール、つまり悪役なことをやったかには、きちんとした理由がある。
二階堂大臣は、JTUとの繋がりがある。
直接の幹部などではないようだが、癒着していることには変わりがない。
外堀を埋める意味での、制裁だった。
もっとも、仮に組織との繋がりがなかった、あるいは、いじめっ子が修羅じゃなかった場合でも、人間誰しも、弱みの一つや二つはある。
そこを「やんわりと」揺さぶる作戦だったわけだが、上手い具合にケリが付いたもんだ。
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