第8話 モンスターペアレント!

 当然、あのままだと修羅は死ぬだろう。さすがに、殺人だけはできん。


 だから、正規の救急車を呼ぶのとは別のルートで、理由を一切聞かずに治療してくれる医者へ運ぶように手配をした。


 まあ、平たく言えば、明らかにヤバい筋の人間でも、黙って受け入れてくれる医者だ。


 存在的にはグレーだが、腕は確かなところだ。命は助かる。


 程なくしてやってきた救急車で、修羅が搬送されたのを確認してから、その場を去ろうとした。


「……誰か知らんが、覗き見は感心しないな?」


 さっきの一幕。一部始終を誰かに見られていた感覚があった。


 その視線を、まだ感じる。


 敵意はないようだが、単にそれを隠しているだけかも知れない。視線の方向へ向けて言うと、気配が消えた。


 気にはなるが、何も起きなかったことは、まあよしとしておこう。起きたらそれで、全力で対処するまでだ。


 しかし、今はそれよりも、この後の展開に備えた準備をすべきだろう。


 流れは分かりきっている。帰ったら、ハッキングを駆使して、「必要書類」を揃えておくことにするか。


 既に判明している事実がある。そこをさらに深掘りすれば、弱みがあるはず。


 やがて、その日の夜には、十分な必要書類=武器が揃った。


 しかも、その武器の破壊力と来たら、メガトン級だ。俺の目標も、一つ達成される。これでいい。


 そして、翌日。朝のホームルームの時間。当然だが、修羅の姿は教室にない。


 まずは出席を取る。初日の恫喝が効いたせいか、今日は、欠席している修羅を除いて、全員が返事をした。


 通り一遍の連絡事項等を述べた後、切り出した。


「あー、君たちに言っておきたいことがある。俺はイジメを断じて許さんタイプだ。今まで二階堂君が、散々好き放題に暴れ回っていたことを、知ってる奴もいると思う」


 そこで、布引君がおずおずと手を挙げた。


「あ、あの、先生。その二階堂君が欠席してるのは?」

「ああ、それか。俺が半殺しにしてやったからだよ。ざっと見積もっても、全治半年以上ってとこだろうな」


 さらっと言うと、ざあっと教室の空気がドン引きする。


 おもむろに、自分のスマホを取り出した。


「布引君に聞いて欲しくてね、奴から誓約を取り付けたよ」


 音量を最大にして、昨日の修羅の謝罪を再生する。


 無様そのものかつ、必死の声を聞き、教室内がどよめく。


 布引君は、目を丸くしていた。


「な? これでもう、君は理不尽な暴力に怯えることはなくなった。失った時間を取り戻せるぞ」

「は、はい」


 複雑そうな表情の布引君だったが、明らかに安堵しているのが分かった。


 そういう風に思ってもらえたなら、こっちも徹底的にやった甲斐がある。


 スマホをしまい、全員に向き直ってニヤリと笑ってみせた。


「だから最初に言っただろ? 世はなべて、因果応報なんだよ。おいたが過ぎるとどうなるか、分かったかな?」


 その言葉には、クラスの大半の奴らが、真っ青になって何度もうなずいた。


「まあいないとは思うが、もし同じ目に遭いたい奴がいたら、遠慮なくかかってこい。万倍にして返してやるよ。クククッ」


 もはや誰も、何らの言葉も発さなかった。上出来だな。


「ああ、それともう一つ。君たちも、クラス内同士なんかでネット上にクローズドなコミュニティを持っているかも知れない。俺の悪口を書くのは勝手だが、そこでのイジメも俺は許さん。SNSや匿名掲示板でも同じだ。ネット上に、秘密の場所なんぞないと思ったほうがいいぞ」


 それを聞いて、一人の男子が手を挙げた。


「そ、それって、どういう意味ですか?」


 その問いには、少し邪悪な笑みを作って返した。


「つまり、だ。俺はその気になれば、クローズドであろうがなんだろうが、君たちのコミュニティを見られる。プラス、たとえ匿名であれ、書いた人間の特定は簡単だってことだ。こう見えて俺は、ハッキングにも心得があってな」


 俺の答えを聞くや、クラス中に緊張が走った。


 恐らくこれでこいつらも、ネット上でも下手な行動はできないだろう。


 質問してきた男子も、額に冷や汗をにじませながら、おとなしく座った。いいホームルームだった。


 その日の夜の話だが、試しに探りを入れてみたところ、案の定と言うべきか、ここの生徒同士のクローズドな秘密のLINEグループを見つけることが出来た。


 なので、


「よう! 陰口の場を作ってるとは、ご苦労さんだな! 俺にも読ませてくれよ!」


 と、トークに投げてやったら、その次の日からグループそのものが消えた。


 職員室に戻ると、やはり完璧に予想通りの展開が待ち受けていた。


 自分の椅子に座ったかどうかってタイミングで、ものすごい勢いで職員室の引き戸が開いた。甲高い女の声。


「東郷龍一郎という先生はおいでかしら!」


 憤怒の形相で、職員室中に響けとばかりに怒鳴り散らす女。


 丁寧に立ち上がって、手を挙げてみせる。


「ここにいますが?」


 すると、音がしそうな程ドスドスとした足どりで、女が俺の所へ来る。


 見た目の年代は四十代前半程。ベージュを基調にした、一目で高級品と分かる衣服と装飾に身を包み、いかにも育ちの良さそうな雰囲気。


 黙ってりゃ、誰だって上流階級の貴婦人と思うはずだ。


 だが、今はその整った顔が怒りに歪みまくり、見てるこっちが眉をひそめたくなる。


「なんということをしてくれましたのっ!?」


 女が顔を真っ赤にし、殺意の籠もった目で睨んでくる。どうということはない。


「失礼ですが、どちら様で?」


 実は、コイツをとうに知っているが、あえてすっとぼける。


「アタクシは、二階堂京香にかいどうきょうか。修羅の母ですわ!」

「おお、そうでいらっしゃいましたか。それで? 俺に何の用ですか?」

「ふざけるのもいい加減になさいッ!」


 キンキンとした金切り声を上げる京香だった。親の仇のように言われる。


「よくもアタクシの修羅ちゃまを! これは立派な傷害事件、いいえ、殺人未遂ですわ! 違って!?」


 修羅「ちゃま」ってオイ。甘ったれのボンボン丸出しじゃねえか。


 思わず吹き出しそうになるが、堪えて平静を装う。


「ほほう、悪いのは俺だけですか? 一応、こういう証拠があるんですが?」


 まあ無駄だろうが、昨日録画したイジメの証拠動画を、スマホで京香に見せてやった。


「んまっ? アタクシの修羅ちゃまが、こんな卑怯で下劣なことをするはずがありませんわ! どうせ、スマホのアプリで作ったディープフェイク動画でしょう?」


 息子の悪行を信じたくない気持ちは、まあ分からんでもない。


 確かに、海外製のアプリを使えば、スマホ一つでもディープフェイク動画は作れる。


 だが、仮にそうしたところで、何のメリットがあるってんだ? そこまで頭が回らないほど、この女はバカなのか?


 なお、その、ディープフェイク動画を作るアプリ。


 モノがモノだけに、正規のアプリストアからはダウンロードできず、配布元を探すのも、インストールするのも、全部自己責任だ。


 要は、面倒くささの累乗なわけで、なおさらやる意味がない。


 いや、やろうと思えばできるが、意味がないのには変わらない。


 しかし、この女は、幸せだな。


 なにせ、俺がどういう手札を持っているか、全く知らないんだから。

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