第6話 意外な再会!

 とりあえず、犠牲になった布引君を保健室に連れて行くことにしよう。その道すがら、彼と少し話す。


「君は初めから、俺の話を聞いてくれてたよな。布引君、でよかったかな?」

「あ、はい。布引草助っていいます」

「布引君、安心しろ。君の無念は、俺が代わりに晴らしてやるからな」

「で、でも、先生。いいんですか? 二階堂君、かなり強いですよ? それに、教師が教え子に暴力なんて……」


 不安げな布引君だったが、そんな事は関係ない。


「君は何の心配もしなくていいんだよ。必ずいい報せを聞かせてやる」


 程なくして着いた、保健室。扉には、小さなホワイトボードがかけられており、少し間抜けだが、『いますよ』と、心持ち丸い文字で書かれている。


 そう言えば、養護教諭の顔を知らないな。


 敵である可能性は高いが、だからってまさか、ケガをしている生徒をほったらかしにはしないだろう。


 引き戸を開けて、中に入る。


「失礼します、ケガ人です」

「はぁーい」


 どことなく気の抜けた感じの、しかし優しそうな声。お互いの顔を見て、揃って一瞬固まった。


「「あっ?」」


 驚きの声もハモる。


 眼前の白衣の女性は、見たところ、俺と同年代。


 丸っこい輪郭のせいであどけなく見えるが、目鼻口とも、結構お行儀のいい顔のパーツ。丸縁の眼鏡をかけているせいで、いっそう柔和な印象を与えている。


 髪は、背中ぐらいまであるのを、大きくてごくゆるい、一本の三つ編みでまとめている。「穏やか」が、服を着ているような印象だ。


 だが、重要なのはそこじゃない。この女性、毎朝のランニング中に、決まってすれ違う人だ。まさか、同じ学校の教諭だったとは。


「えっと、私も言いたいことはあるんですけど、まずは布引君の治療ですね。あーあ、二階堂君にも困ったもんです。まずは消毒ね。布引君、ちょっとしみますよ?」

「はい……いててっ」


 手慣れた様子で、治療に当たる手。殴られたところにガーゼが貼られていく。


「よし、終わったわよ」

「ありがとうございます。すみません、いつも……」

「気にしない、気にしない!」


 明るく言う声。布引君が、一礼する。


「それじゃ、失礼します」

「はぁーい」


 彼が出ていき、養護教諭と二人になる。彼女が、ふう、と軽く息を吐く。


「いやあ、驚きましたよ。職員会議の時は、正直、あんまり顔を見てなかったもので。すみませんね?」

「いえ、それは俺も同じです。ものすごい偶然ですね」

「ですねー。あ、改めて自己紹介しておきます。私、谷津崎三穂やつざきみほと申します。山と谷の『谷』に、津々浦々の『津』、ウィスキーの『山崎』の『崎』で、『谷津崎』。『みほ』は、『美しい稲穂』ではなくて、『三つの稲穂』です」


 指を三本立て、やけに「三つの稲穂」を強調された。


「俺は、東郷龍一郎と言います。二年C組の担任を任されました。しかし、『三つの稲穂』を強調されるのには、何か意味があるんですか?」


 何気なく谷津崎先生に聞くと、そのおっとりした丸い眼差しが、意味ありげに細まる。


 眼鏡が光った。縁を中指でくいっと上げる。


「ふふり、よくぞ聞いて下さいました。この『三』には、ちゃんと意味があるんですよ。私の父が付けてくれた名前なんですけどね? 『三つの穂』! それはすなわち! 『努力、友情、勝利』!!」

「少年ジャンプですか!?」

「通じたー!!」

「……は?」


 つっこむと、やけに嬉しそうな反応をされた。わけが分からず、ぽかんとしてしまう。


「いや、普通の人だったら、この三つのキーワードを聞いて、すぐに『ジャンプだ!』とは思いませんよ? 率直に嬉しいです! マンガがお好きですか?」

「え、ええ、まあ……嗜む程度には。父親が、サブカル系に明るくて」

「なるほどなるほど。なんにせよ、通じる相手がいるのは嬉しいことです。あ、そうそう。東郷先生?」

「はい?」

「私は、敵じゃないですから、ご安心を」

「……ッ……!」


 間の抜けたやりとりをしていて、忘れていた。


 そうだ、この先生も、組織の構成員である以上、敵の可能性があったんだ。


 しかし、そうではない、だと? 顔が強張るのを見てか、谷津崎先生が苦笑い気味に言う。


「警戒する気持ちは分かりますけど、本当ですよ。仮に私が敵なら、毎朝のランニングですれ違った時に、とっくに仕掛けてますって」

「そ、それもそうですね」


 谷津崎先生からは、微塵の敵意も感じない。むしろ、顔は笑っているが、目が真剣だ。これを疑えるほど、拗ねてはいない。


「ふー……分かりました。しかし、その言い方からすると、組織にはやはり、俺の情報がとっくに知れ渡っていると考えていいですか?」

「そうですね、その通りです。気を付けてくださいね……と言いたいところですが、ずいぶん鍛えていらっしゃるご様子で?」

「ええ、それなりに」


 軽く流すと、谷津崎先生が、神妙な面持ちをした。


「簡単にやられそうには見えませんが、とにかく、私の前ではさておき、気は緩めない方がいいですよ。『邪魔者は消す』のが、組織のモットーですし」

「知ってます。ありがとうございます。おっと、すみません、俺、昼飯がまだなんで、これで失礼します」


 ふと目に入った壁の時計を見ると、そろそろ昼休みが終わる。手に持ったままのパンと牛乳を見せると、谷津崎先生も、どこかばつの悪そうな顔をした。


「いえいえ、こちらこそ、引き止めちゃったみたいで申し訳ないです。ではまたー」

「はい、では」


 軽く一礼して、保健室を出た。職員室に戻りながら、多少行儀は悪いが、歩きつつ食いそびれていたパンを牛乳で流し込んだ。


 思わぬ寄り道を挟んだが、栄えある生徒側の犠牲者が決まった。


 実は俺は、かつていじめられっ子だった。だから、いじめっ子という存在に対する恨みは、人一倍強い。


 今の立場的にも、そういう「やんちゃ」な奴には、制裁を与えておくべきだろう。


 この行動もまた、直接的ではないにせよ、組織に対する悪目立ちにもなるはずだ。


 それより重要なことは、「二階堂修羅を」ぶちのめすことが、外堀を埋める事に繋がる。


「クックック、巡り合わせに感謝、だな」


 邪悪な期待を抱きつつ、その時を待った。

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