第5話 イジメ現場!
その中庭だが、それなりの広さの芝生と、数対のベンチが据え付けられており、あえて桜の樹を多く植えていることで、環境としてはなかなかだった。
何より、桜が好きな身には、嬉しい環境だ。弁当派の生徒達や、俺同様にパンを買って食ってる連中が割といる。
座れる場所を探して少しうろつくと、見逃せない光景が飛び込んできた。
「あ、あの、二階堂君。これ……」
「ぁあ? ンだよこれはぁ? オレはカツサンドを買ってこいつっただろうが! どう見てもクリームパンだろうが! ざけんな!」
「そ、それが売り切れで」
「知るか! 使えねえ奴には、罰が必要だなあ? うらあっ!」
「うわあっ!」
不良生徒というか、いかにもケツの穴が小さそうな粋がりのミニチンピラが、おどおどしている少年へ、好き放題に殴る蹴るの暴力を振るっていた。
被害者の少年に対して居丈高かつ横暴極まりない態度でいやがるそいつは、俺のクラスで終始タバコを吸っていた、分かりやすい不良君だった。
金色に染めて、ゴキブリの羽みたいにガチガチにムースで固めたオールバックの髪。額の両脇には鋭角な剃り込みが入っている。
面構えはよく言えば強面だが、オツムの足り無さ具合がにじみ出ている程度には悪い。
なにより、自分以外の全てを見下したような目つきが気に食わん。
そして、理不尽にもそいつに暴力を振るわれている少年は、ハナから俺の話を真面目に聞いていた、あのいかにも気弱そうな生徒だった。名前は、布引君だったはず。
どっからどう見ても、イジメの現場だ。となると、まずは証拠の保全だな。スマホを取り出し、動画モードで撮影を開始する。
「今日のオレは機嫌が悪いんだよ。クソ生意気な先公が担任になったおかげでよぉ! オラ、立てよ草助!」
「ひ、ひいっ!」
不良君の奴は、ぶっ飛ばされた布引君を無理矢理引きずり起こし、その顔面をいいようにボコっていた。彼の頬は腫れ、鼻血が垂れている。それでも容赦はなかった。
「くそっ、くそっ、クソがあっ! 全部あの先公のせいだ! ムカつくったらありゃしねえ!」
不良君の、身勝手な暴力は続く。
当然、コイツの言う「あの先公」ってのは、俺の事だろう。相当苛立っているようだ。
犠牲になっている布引君には悪いが、もう少し撮影を続ける。そして、もう十分だろうと思えたところで録画をやめ、おもむろに二人に近づいた。
「呼んだかな? 不良君よ」
「ぁあ? テメエは!」
血走った目で俺を睨んでくる不良君。悪いが、怖くもなんともない。
まずは一応、諭すように言ってみる。
「少し見ていたが、暴力はよくないな。君は、何の権利があってこの子をいいようにしてるんだ?」
その言葉に、不良君は思いっきりふんぞり返った。
「権利ぃ? ンなもん、大アリに決まってるぜ! コイツはオレの奴隷なんだよ! 奴隷が主人に従うのは当たり前だろ? 使えねえ奴隷にオシオキするのも、呼吸レベルで当然だろうが?」
あまりの言い分に、さすがの俺も苦笑いせざるを得ない。奴隷だと? 貴様は貴族か?
そして、今の時代はいつだ? 馬鹿げすぎていて、つっこむ気力も湧かない。
しかしなるほど、確かにこの不良君は、ケンカの腕に覚えがあるのかも知れない。
だが、それイコール他人を傷つけていい理由になんぞならん。コイツのワガママに蹂躙された布引君の心身を思うと、痛ましくて仕方ない。
「ご立派なヘリクツだ。そういえば、名前を聞いてなかったな、不良君?」
俺が問うと、不良君は自信たっぷりに、まさしくふんぞり返るように答えた。
「オレの名前か?
修羅、か。なかなか勇ましい名前だ。だが、箱庭の中で粋がってるようじゃ「まだ」を百個付けても足りないな。
「先公なんざお呼びじゃねえんだよ。散った散った!」
うっとうしげに手を払う修羅。口元を吊り上げて返してやる。
「待てよ。それは、お前の中だけの話だろ? 乱入させてもらうぜ?」
「ぁあ? どういうこった?」
「今日の放課後、体育館裏まで来い」
俺は、くいっと親指を逸らせて、背後を指した。修羅が睨んでくる。
「ンだよ、まさか、オレ様にケンカ売ってんのか?」
「そうだが、買ってくれんか?」
「ケハハハハッ! 予想外に面白え先公だな? まさかオレも、正面切ってケンカ売ってくる奴がいるとは思わなかったぜ! ゲラゲラゲラ!」
腹を抱えて笑う修羅。相当自信があるようだ。もっとも、俺の目にはひたすらに滑稽だが。
ひとしきり笑い転げた修羅が、思いっきり見下した目で答えた。
「いいぜ、買ってやんよ、そのケンカ。予言してやる。テメエはオレ様に土下座して詫びることになるだろうよ!」
人を指さしつつの、呆れるぐらいに根拠のない自信だった。そりゃあもう失笑レベルで。井の中の蛙のお手本だ。
第一、修羅は自分と俺との体格差を分かってるのか?
ざっと見た限りの推測だが、身長差は二十センチ以上、ウェイトなら三十キロ以上は差があるだろう。当然、俺の方が上だぞ?
俺を、デカいだけで腕っぷしのないウドの大木か、自分の意のままになるサンドバックに見ているとしか思えない。コイツの目はまさしくフシアナらしいな。
まったくもって面白い話だ。あまりのおめでたさに拍手したくなる。自然と込み上がってくる笑みとともに、言った。
「よし、決まりだな。約束は破るなよ?」
「っせえ。オレ様はやるっつったらやるんだよ。そのスカしたツラ、メチャクチャにしてやっからな」
「おう、こっちも楽しみにしてるよ」
よし、話はまとまった。なぜか足取り軽げに、修羅は去っていった。
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