第3話 学級崩壊!
職員室を出て、肩で風を切りつつ廊下を歩き、目的の教室へ向かった。
「おはよう! ホームルームを始めるぞ」
本鈴と共に、威勢よく教室に入る。
やはり室内は、無秩序の権化だった。
教師が入ってきたにも関わらず、好き放題に大声で歓談してるわ、スマホでゲームに夢中だわ。
一番後ろの見るからに不良です、と言った風貌のガキなんざ、堂々とタバコを吸ってやがった。
まさしく学級崩壊。
そんな中、二人だけ、真面目に座ってこちらを見つめている生徒がいた。
一人は、教室の右後方あたりの席にいる女子だった。
長い髪をポニーテールでまとめ、ちょいと吊り目がちだが、面立ちの整った凜々しげな雰囲気をにじませている。
身体もかなり引き締まってるように見えるから、何かスポーツでもやっているんだろうか。
もう一人は、小柄でいかにも気が弱そうな、だが性根の優しさが嫌でも滲み出ている男子だった。
俺が教育実習に行った別の高校じゃ、おもてなしのつもりだったのか、みんな真面目そうなフリだったが、こっちがリアルな今らしい。
ふん、どれもこれも、全て織り込み済みだ。
あえて何も注意はせず、まずは黒板に名前を書く。
「
これが俺の名前だ。そして、にこやかに前を向いて切り出す。
「えー、みんなはじめまして。今日から君たちのクラスを担当することになった、東郷龍一郎と言う。よろしくな」
しかし、教室内の無秩序は全く変わらない。
おもむろにポケットから秘密兵器を取り出し、こっそりと磁石で教壇の横にくっつけた。
それは、小型のカメラだ。
「あー、まあ新任教師だが、お手柔らかに。ちなみに俺の担当は古文だ。自惚れるつもりはないが、ひと味違う授業をしてみせるよ。じゃあ、まずは出席を取ろうか」
出席簿を読み上げても、返事をしたのはやはり二人だった。
他のガキ共は、俺がいくら喋ろうが聞く耳を持たず騒ぎ続ける。いいぞ、もっとだ。
やがてひとしきり台本通りを話し終え、チャイムが鳴った。小型カメラも、撮影を終了する。
そして、満面の笑みで少し大きめに言ってやった。
「うん! みんな実にいい根性だね。君たちの傍若無人っぷりは、全部撮影させてもらったよ。後で先生がYouTubeにアップしておくから、お楽しみに。それじゃ!」
その宣言をした瞬間、ピタッと教室の空気が固まった。違うタイプのどよめきが起きる。
「ちょ……!」
誰かが呼び止めた様子だったが、構わず教室を出た。
その後の職員室。真っ先に、さっき録画した教室の風景を、仕事用のノートパソコンでYouTubeにアップロードしてやった。
タイトルは、
『実録! これが現在の荒廃した教育現場だ! R学園ホームルーム!』
あたりにしてみる。
一通り終わってから、ちょうど一時間目が同じ二年C組の古文の授業だったため、もう一度教室へ向かった。
「やあ、あらためて、よろしく。さっきのホームルームの光景は、約束通りYouTubeにアップしたよ。よかったな、君たちはこれで、全世界にその無様さを公開できたことになったぞ、喜べ」
予想通り、非難囂々の文句が飛んできた。
やれ「卑怯だ」だの、「人権侵害だ」だの「横暴だ」だのエトセトラ。
すう、と大きく息を吸う。
「黙れガキ共!!」
教室全体を震わせるほどの大音量で、文字通り一喝してやった。
すると、水を打ったように教室が一瞬で静かになる。
そして、全員に向けて睨みを利かせつつ切り出した。
「物事にはな、必ず『因果』ってモンがあるんだよ。つまり、原因と結果だ。もしテメエ等が、俺の話をハナから真面目に聞いてりゃ、盗撮なんぞしねえ。いいか? まず悪いのは俺じゃねえ。テメエ等だ。反論は受け付けるぜ?」
挑発気味に言ってやると、一人の男子生徒が立ち上がった。
取り立てて特徴がない割には、さっきのホームルーム中大声でくっちゃべってた奴だ。
「ぼ、僕達の人権はどうなるんですか!?」
「はっ、笑わせんな。聞き分けのねえガキと悪人に、人権なんぞねえんだよ! おう、『権利』の対義語は知ってるか?」
「えっ? あ、あの」
途端に口ごもる生徒。
これは大人にも当てはまるが、声高に「権利」を主張する奴ほど、その対義語、つまりそれを果たしてこそ初めて「権利」が発生することを知らない。
思いっきり見下した目で、そいつに返す。
「けっ、話にならねえな。『義務』だよ。口からクソ垂れる前に、まずは生徒として最低限の義務を守ってみせろよ、あん? 確か貴様、さっきの時間はご歓談に夢中でいらっしゃったようですが?」
鼻で笑いつつ、ド正面から目を見て言ってやる。
するとそいつは、それ以上反論できないようだった。
崩れるように座ったのを見て、続ける。
「本来は授業の時間だが、それは後回しだ。まずは俺の話を聞いてもらおう」
脅し目的で、バンッ! と教壇を叩く。
一番後ろの不良君は、まだ悠然とタバコを吸ってやがったが、まあいい。
「まずは、だ。イロハのイから教えてやる。ここは学校だ。遊びの場じゃねえ。まさか、学校イコール、ダチと遊ぶだけの場だなんて思ってる奴はいねえよな?」
再度、ギロリと睨みをきかせる。反論はない。
「一つテメエ等全員に聞いてみるが、学校に来るのが嫌だって奴はいるか? 別に怒らねえから、いたら手を挙げてみろ」
問うてみると、数人がおずおずと手を挙げた。
そいつらに向かってスパッと言ってやる。
「じゃあ退学しろよ。今すぐ。よく考えてみろ。高校は義務教育じゃねえんだぞ? 世の中、中卒でも働けるんだぞ? やる気がねえんなら、邪魔だ。さっさと散れよオラ」
しっしっと手を払いつつ言うと、手を挙げた連中が、揃って困惑の表情を浮かべる。
再度一喝する。
「そこが甘ったれてるんだよ、テメエ等!」
全員がビクッとした。畳みかける。
「じゃあ今度はもう一つ聞いてみようか? この中に、親が憎い奴はいるか?」
また数人が、恐る恐る手を挙げた。次はこうだ。
「嫌か? なら家出してみろよ。着の身着のまま、無一文でな。できるか?」
「で、できません」
手を挙げた一人が、ボソッと言った。吠えた。
「だからテメエ等は甘ちゃんだってんだよ! 学校が嫌だから辞める根性もねえ、家が嫌でも出ていく反骨心すらねえ。そのくせ、親のスネだけはかじる。世間じゃそれを、何て言うか知ってるか?」
「はい」
すると、例のポニーテールな凜々しい子、滝さんが手を挙げた。
「よし、君。言ってみろ」
「駄々っ子、ですやろ?」
関西弁で答える彼女。まさしく、言いたいことだった。
「その通りだ。二重丸モノだな。君は、滝さん、だったよな?」
「はい。滝忍、言います。よろしゅう」
にっ、と不敵に微笑む滝さんだった。根は真面目そうだな。印象はかなりいい。
その彼女が、座るかと思ったら逆に聞いてきた。
「ところで、センセ? センセの言い分は分かりますけど、ほなら、センセは反抗期の頃に家出とかは?」
「ああ、あるとも」
ちょうど、自分の体験談を聞かせたかったところだ。受けて続ける。
「俺も中坊の頃、親と大げんかしてな。ある日家出したんだよ。さっき言った通り、着の身着のまま、無一文でな」
もう十年以上前の話だが、昨日のことのように思い出せる。
「どないなりましたん?」
「クソ寒い冬の夜だった。家は出たものの、行くアテなんてねえ。フラフラ無目的にさまよってるうちに、あっという間に寒さにやられてな。そのまま行き倒れだ」
「死にましたん?」
「バカヤロ。あの時死んでたら、今俺がここに立ってるかよ。凍死寸前だったのを、偶然通りがかった優しい人に介抱されてな。その人と一緒に家に帰って、親に土下座して許してもらったんだ」
「へえ……」
感心した様子の滝さんだった。スッと静かに座る。再び、全体に目を向ける。
「繰り返しになるが、俺が言いたいのは、だ。惰性、あるいはクソみてえな世間体だけでここに通ってるなら、スパッと辞めろ。時間の無駄だ。それとだ、親に反抗する前に、自分が誰に養われてるか? をもういっぺん考えてみろ」
反論は全くなかった。そりゃそうだ。こっちは真理を説いてるんだからな。
「次に、なぜ勉強するのか? をおさらいしてみようか。俺の考えとしては、知識を詰め込むだけのお勉強なんぞ、ほぼ無意味だと断言する」
どうして、こんなことをわざわざ教えるか? それは、「正しい教育」をせんとする一環だ。
ここでも、あえて組織の方針に思いっきり背くことで、悪目立ちする作戦だったりする。
さておき、この持論には、少し教室がざわめいた。少し柔らかめの話をしてやるか。
「この中で、大学へ進学するつもりの奴はどれぐらいいる?」
その問いには、九割方の奴らが手を挙げた。さっきの滝さんは手を挙げていない。手を下ろさせてから続ける。
「大学全入時代、と言われて久しいな。俺は別に、お前等がどこの大学へ進もうが、一切関知しない。だが、だ。一つ面白いエピソードを教えてやろう。そこのお前」
「は、はい?」
無作為に、適当な男子を指す。そいつが戸惑いがちに立ち上がる。
「お前、マンガ読むか?」
「読みますけど、い、いけませんか?」
いかにもオドオドとした風の返事に、少し笑って返してやる。
「んなこた言っちゃいねえよ。お前、『マンガの神様』こと、手塚治虫先生は知ってるか?」
「こ、古典名作としては、一応」
OKだな。手塚作品も結構古い。
手塚先生は、俺の親世代がガキの頃に亡くなったって話だから、リアルタイムで楽しめたのは、それより上の年齢ということになる。
今の十代が知ってるかだけが少々気がかりだったんだが、話は通じそうだ。
「よし、座れ。数多くの名作と伝説を持つ手塚先生だが、俺が一番好きな逸話がある。どっかの東大の医学部の学生が、手塚先生のマンガである『ブラック・ジャック』を読んで『嘘を書くな』って抗議の手紙を送ったそうだ。じゃあ今度はそこのお前」
もし分からん奴がいたら、「フィクションにツッコミを入れる野暮な東大生がいた」という認識で構わない。とにかく、また適当な生徒を指す。
「あ、はいっ」
弾かれるように立ち上がったところに、聞いてみる。
「お前もマンガぐらい読むと思うが、全てのマンガが真実だと思うか?」
「ま、まさか。そんなこと、あるわけないじゃないですか」
「ノンフィクションの実録マンガ、ってジャンルもあるぞ?」
「そ、それにしたって、多少の脚色ぐらいあることは知ってます」
とんでもない、と言った風のそいつ。フィクションと現実の分別ぐらいは付いてるようだ。うむ、とうなずいてみせる。
「だよなあ? そのトンチキな東大生への、手塚先生のコメントもこうだった。『東大生ともあろうものが、マンガに嘘があることすら分からないのか』ってな」
「あ、あの、つまりどういうことでしょうか?」
「もういいから、座って聞け。要は、だ。いかに『知識』だけを詰め込んでも、それでたとえ東大に合格したとしてもだ。頭でっかちで杓子定規な『お利口さん』は、クソにも劣るって事さ。ま、これに関しちゃ、俺自身も知り合いに東大卒の奴がいるから、あんまり悪くは言えんがな」
なぜ俺が、この手塚先生と東大生の逸話を知っているか? というと、親父の影響だ。
俺の親父は無類のマンガやアニメの、いわゆるサブカル好きなんだ。
普通の家庭なら、子どもに古典文学の全集や図鑑のセットを読ませるところなんだが、親父は『手塚治虫全集』及び、手塚先生の伝記本や関連書籍をくれた。
だから、俺はそれらを読んで育ったってわけだ。
ガキの頃、家族で、兵庫県宝塚市にある『手塚治虫記念館』に連れて行ってもらったこともある。
なお、その蔵書は、今でも実家で大切に保管している。ちなみに、大人になった今でも、マンガは結構読む。
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