第2話 潜入!

 やがて、帰宅。


 家の前で深呼吸してからドアをくぐり、シャワーを浴びる。


 終わって初めて朝飯を食う。


 と言っても料理は苦手だ。


 だから、ケースで買い置きのサバ缶三つを開けて頬張り、生卵五つをジョッキの中に割ってそれを丸呑みして、後は牛乳でシェイクしたプロテインと、それとは別に牛乳を一リットル飲んで、以上。


 壁の時計を見る。午前七時。いい時間だ。


 スーツに着替え、バシッとネクタイも締めて、鏡を見る。


 ……身体は仕上がっているものの、我ながら、かなり頬がこけてるな。


 そりゃそうだ。身体をいじめ抜くためには、時間が必要だった。


 その捻出には、どうしても睡眠を犠牲にせざるを得ない。


 ただ、そこまで病的な見た目でもないはず。他人がどう見るかは、まるで分からんが。


「っし!」


 あえて前向きに気合いを入れ、家を出た。


 自宅から歩くこと、約十五分。結構な規模の学校に着いた。


 ここが、私立竜胆りんどう学園高等部。


 俺の、教師としての新しい仕事場だ。


 邪悪な笑みで、口元が吊り上がる。


 ここだ。ここに来たかったんだ。こここそが、探していた場所だからだ。


 日本全国どこであろうと引っ越すつもりだったが、まさか、行動圏内にあって、以前から名前も知っていた学校がそうだったとはな。面白い偶然もあったもんだ。まさしく、灯台下暗しだぜ。


 俺は、大学を出てすぐには教員免許を取らず、どこの採用試験も受けなかった。


 それは、「真犯人」のことを調べるためだ。


 真虎の死は、どこをどう考えても納得ができない物だった。


 真相を探りたくとも、検死結果は、開示の請求ができない。


 正攻法でダメなら、裏口だ。いちいち、お行儀のいいことなんかやっていられない。


 決意した俺は、独学でハッキングの技術を身につけた。


 人間、死ぬ気でやりゃあ、なんでもできる。


 一通りを覚えた後、その技術を駆使して、真虎の検死結果を秘密裏に入手できた。


 すると、死因は、外からの頭部強打による、脳挫傷だった。


 首を吊って、どうやって頭を致命的に打つんだ? 素人目にも、事件性がある。


 にもかかわらず、この検死結果は、当時の警察の発表と相違があった。


 あからさまに不自然だった。しかし、ハッキリした。


 真虎は自殺したんじゃない。


 何者かに殺された後、偽装のために木に吊るされたんだと。


 つまりは、陰謀って事だ。


 その、「誰の陰謀か?」って話も、予想以上の時間が必要だったが、調べた結果、分かった。


 浮かび上がってきたのは、ある強大な組織。憎きその名を、「ジャスティス・ティーチャーズ・ユニオン」、略して「JTU」と言う。


 日本全国津々浦々の学校に構成員を紛れ込ませ、教育現場を意図的かつ徹底的に荒廃させ、教師の処遇改善を盾に、マスコミを通してお涙頂戴の芝居を打ったりしてやがる。


 奴らの真の目的は、長期的な視点での、国民の弱体化だ。


 満足に教育を受けさせず、言わばバカを量産する。


 もっと言えば、正常な判断能力を奪う。


 バカだらけになれば、一部の利権を持った政治家と、JTUが、日本を牛耳れるって算段だ。


 JTUは、政治家のみならず、国家権力とも癒着している。


 警察が検死結果を葬り去ったのも、JTUと「仲良しさん」なら、分かる話だ。


 そんな有様である以上、真相を通報しても、無駄だろう。


 第一、真虎の検死結果を入手したのが、そもそも秘密裏、要は違法な手段で、だ。


 そっちのカドで、俺がお縄になっちゃ、話にならない。


 ならば、道は一つ。


 復讐だ。


 純粋な怒りが、身体に満ち満ちていた。


 やってやる。真虎、お前を殺した奴を探し出して、ぶちのめしてやる!


 身を焦がさんほどの怒りを感じながら、誓った。


 どんな手だって使ってやる!


 お前の仇は、必ず討つ!!


 しかし、組織、JTUのことが分かったのはいいとして、じゃあ、どこを拠点にしているのか? が、次なる謎だった。


 場所もさることながら、小中高のどのレベルにいるのかが分からない限り、うかつに教員免許は取れない。


 例えば、高校の免許を取ったのに、犯人が中学校にいた場合、潜入できない。


 逆に、教育の現場にいないって話だったなら、そもそも免許は取らない。


 ただ、これについては幸い、調査の途上で、組織の本丸が「どこかの高校だ」という事が判明したため、その時点で高校の教員免許を取った。


 そして、さらなる調査の結果、ここだと分かったんだ。


 JTUの活動方針は端的。


 「意に沿わぬ者は消す」。


 国家掌握を狙っているところといい、立派な悪の組織だ。


 いや、違うな。


 奴らがジャスティス……正義を名乗るなら、こっちこそが徹底的な悪になってやる。


 組織による陰謀が判明し、復讐の決意を固め、そのために先述の通り、徹底的に身体を鍛え直した結果、五年が経っていた。


 何度もくじけそうになったが、ただひたすらに、地獄の業火にも等しい復讐心を糧に、取り組んだ。


 俺の同志であり、最愛の恋人だった乃木坂真虎を、自殺に偽装して殺害した真犯人。


 ここにいれば、そいつについて真相に近づけるのは間違いない。


 この竜胆学園に勤務する教師連中は、やはり本丸だけあるのか、全員がJTUの構成員。


 つまり、自分以外は全て敵だって事になる。


 だが、それがどうした? 俺が赴任した目的は、この組織を叩き潰すためだ。


 灼熱の復讐心が燃えたぎる。楽しみだ。全力で引っかき回してやる。


 恐らく、俺の目的も筒抜けのはず。


 向こうから仕掛けてくるかもしれないが、かかってきやがれ。


 この拳で返り討ちにしてやるさ。


 含み笑いをしつつ、敷地内に入った。


 それから、ある程度の緊迫感を持ちつつ職員室へ向かい、朝の職員会議に出席した。


 敵に囲まれているという実感のせいか、他の教員達の顔は全く覚えていない。


 新任だが、二年C組の担任を任されることは、三月の時点で分かっている。


 普通なら、指導のためにベテラン教員がつくはずになっているんだが、それはないらしい。


 なるほど、敵に優しくする道理はないということだろう。


 だが、そっちの方が好都合だ。


 ちなみに、俺の担当は古文だ。これでも。


 計画があった。「徹底的に悪目立ちすること」。


 なぜか? 目立つことで、組織の連中はもとより、ボスにアピールしたい。


 あえて「狙ってください」と煽ることで、ボスの神経を逆撫でするわけだ。


 まずは、最近の世間的にも推測はつくが、恐らく学級崩壊しているであろう、担当のクラスだな。


 どういう手を取るか? は、既に考えてある。そのための、秘密兵器もある。


 そして、始業の予鈴が鳴った。

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