第9話 懇談会①

 明智が言う通り、それぞれの手前には皿があった。朝食のために軽めなようだが、しかし、豪勢だった。炊き込みご飯、お吸い物、さばの塩焼き、刺身の盛り合わせ……他にもいくつか小鉢があって、さながら料亭の一食である。


「どうか、なされましたか?」


 アルヴァトの顔色を窺っていた明智はその動揺にいち早く気が付くと、不安げに声をかけた。だが、それに「なんでもない」と言って、入り口付近の席に座った。

 ともに食卓を囲うのは、30人ほどの人間だった。男女にかたよりはないものの、総じて年老いた者が多く、若者はほんの僅か。一見すると、共通点はないのだが、普段は揃ってリーダーシップを発揮しているに違いない。凡人ではまず見受けられない強い意志が、各々の目には宿っていた。もちろん、人間らしく不安や興味、関心も見られた。

 

 全員が椅子に座ったのを確認すると、明智はせき払いをしてから話し出す。


「アルヴァト様には、もうひとつ、感謝しなければならないことがあります。あなたが我が探索者協会の一員、坂本八千代を助けてくださったこと。誠にありがとうございます」

「ああ、それこそ気にするな。僕も助けられたからな」

「ありがたいお言葉です」とアルヴァトに微笑み、全体に顔を向ける。そして、本題に入った。「では、みなさま、お待たせしました。どうぞ、料理をお楽しみください。質問の際は、事前に決めた段取りに沿ってお願いします」



 つまり、懇談会の開始である――。



 緊張が漂う穏やかとは言い難い空間にて、揃って食事を口に運ぶ。そんな中、奥のがたいに優れた壮年の男は、その手に対して小さく見えるマイクを取ると、極めて低い音を発した。元々順番が決まっていたのだろう。動きによどみは一切なかった。

 彼は睨むような目付きをして、口調重々しく、やけに高圧的な態度で名乗る。


わし服部はっとり。〝不死鳥〟というクラン……迷宮を探索する集団の長をしている。この場に従い、早速質問をさせてもらう」

「ちょ、服部さん、あまり威圧的には……」

「魔王には、あんたの力も関係ないんやぞ!」

「貴殿は『迷宮のような場所を知らない』と言ったが、嘘はないか?」

 

 焦る両隣の制止は意味をなさず、服部は言い切った。

 アルヴァトは慣れているのか自在に箸を操り、ゆっくりと食べていく。嘆息や感想もなく、黙して皿上から料理をなくす姿には、楽しんでいる様子などまるで窺えない。はたから見れば、片付けでもしているように無感情である。答える時もまた、どこかうつろだった。


「ないな。そも、嘘を吐く理由がない」

「なら、迷宮にいる魔物は? まさか、知らないわけではなかろうな?」

「むろん、知ってはいる。が、細かなところが記憶と一致しない」

「ほう、と言うと?」

「姿が異なる。もっと言うと、強くなっているな」


 すると、どよめきが上がった。異世界人ならではの情報に、人々の関心を引いたのだ。服部も机に乗り出して、更に求める。


「具体的には?」

「例を挙げて分かるとも思えないが……ああ、そうだ」


 アルヴァトはなにかを思い付いたらしい。目から光をなくしつつ、さっさと刺身をいちまい飲み込むと、円卓の開けた中心に手を伸ばした。「待て、何をする気だ!」との声は間に合わず、濃密な白い魔力が放たれ、渦巻く。当然、護衛としている者たちは武器を抜き、彼女を取り囲もうとするが、〝それ〟が出来上がるのは一足早かった――。



 魔力が収まって現れたのは、子供ほどの背丈の像であった。短い手足をした魔物であり、腹が突き出ていて、裂けたような口からは鋭い牙が覗いている。目にはいかにもな悪辣あくらつさがあるものの、腰巻きからは最低限の知恵ちえが見られた。その異様な姿は、さながら餓鬼がき。単なる色のない半透明の彫像なのだが、服部たちにとって、一目でそれだと分かる正確さだった。


「な、ゴブリン⁉」

「いえ、あれは本物ではありません……彫像です」

「い、いやはや、中々驚かせてくれるではありませんか」

「アルヴァト様、次にこのようなことをする際は、事前の説明をお願いします。心臓に悪いので……」明智は言った。


 多くの人が冷や汗をかく中、眼鏡めがねをかけた白衣の老婆が切り出す。


「おや、どうやら細部が違うようです」そう言うと、頭を指さした。「ほら、角がない」

「む、確かに」服部が同調する。

「耳も尖っておらず、丸いですね。人間に近い形状です」


 間に入って、アルヴァトが明かした。

 

「人間に似てるのは当然だ。君たちの言う異世界の人類、その祖先そせんだからな」

「なんだと? つまり……」


 服部が言葉を詰まらせれば、アルヴァトは続けて、あからさまに顔をゆがめて話す。



「ああ、僕の祖先だ。種の名は〝セウォル〟」



 それは地球人にとって、衝撃の回答であった。とは言え、最も重要なのは、初遭遇の異世界人の祖先が今まで散々殺してきた魔物だ、ということではない。ある意味では、文明レベルの指標とも捉えられる答え方をアルヴァトがしたからだった。

 白衣の老婆と、同じく白衣を着た栗毛くりげの年若い女がともに叫んだ。


「「そちらにも進化論があったのですか⁉」」

「いや、ない」だが、アルヴァトはすぐさま否定した。「マリアオルトにも驚かれたが、僕が妄想したことでしかない。と言っても、あらゆる面で酷似しているため、間違いないだろう」

「あらゆる面でって、魔王様とは似ても似付きませんが……」


 栗毛の女はアルヴァトの美麗さと、セウォルの醜悪しゅうあくさを見比べる。


「君たちも、さるとやらにそっくりなわけではないのだろう? それと同じことだ。さて、話を戻すが、これに角が生えた魔物を〝ゴブリン〟と呼んでいるのだな?」

「その通りだ。名付けの際は、こちらの伝承に出てくる精霊の名を採用した」


 その問いに服部が返すと、アルヴァトは言葉を重ねた。


「伝承において、セウォルと似ているのか? マリアオルトもゴブリンと呼んでいた」

「酷似していると言っていいだろう。もっとも、近代に出回った創作物からのイメージが強いがな」

「ゲーム、漫画、小説、アニメと言ったか。他に似ている魔物は?」

「どこまで教えられているのだ……。スライムやゾンビは分かるか?」


 呆れながらの質問に、アルヴァトは頷いた。


「どちらもこちらの世界では、大した脅威にならなかった魔物だ」


 それを聞いて、服部は溜め息を吐き、物憂ものうれいげに語る。


「地球において、あれらは特段危険だ。まるで創作物に影響されたように、な」



 彼の瞳は、かつて恐ろしい事件があったことを暗に示していた。また、誰もが知る出来事のようで、一斉に恐怖の感情が垣間見えた。

 迷宮の正体をアルヴァトは知らない。地球になにがあったのかさえ、全く。しかし、確かなのは――マリアオルトの同族が、故郷の産物が災いして辛い境遇きょうぐうにあるということ。ならば、取るべき行動は決まっている。


「よし、

『……は?』


 唐突なアルヴァトの一言に、全員が唖然とせざるを得なかった。

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