第14話 勝利の美酒

「いただきます。」

「いただきま~す。」

「いただかせてもらいます。」


 そうして私たちは食卓に用意された品々を口に放り込み、エルの料理を堪能する。

 やっぱり美味しい。

 家に呼んで正解だった。


 そう思いながら食べ進めていると、料理人のエルがスプーンを止めて口を開く。


「今回は残念でしたね。ゲルゼナードに不殺を約束することはできましたが、帰還方法を見つけることはできませんでした。協力もしてもらえないようですし、前途多難ですね。」


 ゲルゼナード配信計画に夢中で完全に忘れていたが、私たちの本来の目的は帰還方法を探すことだ。

 その視点だと、今回の私たちは失敗と見て良いだろう。


 でも、


「その割にはエル、なんだか嬉しそうじゃん。」


「…友の無事を確認できたのです。たしかに嬉しいことですね。」


 そう言って、エルは味噌汁をすすった。

 その表情が優しく微笑んでいるように見えたのは、気のせいじゃないだろう。


「しかし、ゲルゼナードのことは心配です。灯様の援助があるとはいえ、彼が稼げるとは到底思えません。」


「たしかに。ゲルちゃんあんな感じだしね~。」


 う~ん。たしかに不安だ。

 ゲルゼナードに少しばかり常識を教えたが、それでも十分ではないし、配信で致命的なミスをしかねない。


 不安になった私は、それらを払拭するべくスマホでゲルゼナードの配信を検索する。


「え~と、ゲ、ル、ゼ、ナー、…」


「灯ちゃん、ごはん中にスマホは行儀悪いわよ。」


 ごめん、千春。

 行儀が悪いのは承知だが、ゲルゼナードの状況が気になるから、今は検索させてほしい。


 検索し終えると、TOPにゲルゼナードの配信が掲載される。

 え~と、同接は…


「658人!?え、なんで!?多すぎじゃない!?」


「どうしたの?灯ちゃん?」


 慌てて二人にもスマホ画面を見せる。

 その小さな板には、可愛らしいピンク髪の少女が視聴者とお喋りを楽しんでいた。


「ハーハッハッハッ!儂の動きに君のような人間がついてこれるわけないのである!分かったら早くアイテムを寄こすのである!な!?ま、待つのである!そこでウルトは禁止である!ぐあ~~~!!!」


:死んでて草

:ほんとこの龍、フラグ建築が上手いな

:初見です。氷出してみてください。

:今のお相手さん上手いな


 こんな調子のコメントが次から次へと流れていく。

 前の同接はせいぜい数十人だったはずだ。

 一体全体何が起きて…

 そう考えていると、あるコメントに目が留まる。


:炎の人はいないんですか?


 そうだ、確かに動画を作って視聴者を呼ぼうとして…。

 まさか、あの動画が…!


 大慌てで、動画「炎vs氷」を確認する。


「はは…。視聴回数…33万回。」


 見事にバズっていた。

 これには流石に笑みがこぼれる。


 文字通り全員が死にかけて作った動画だった。

 それが評価されれば、誰だって嬉しい。

 そんな私を見てか、エルが優しく語りかけてくる。


「灯様、おめでとうございます。」


 なにを言ってるんだ。

 エルだって、そして千春だって頑張ってくれた。

 恥ずかしくてこんなこと、口にはできないけれど。


「なにはともあれ、ゲルちゃんの配信は上手くいったってことでいいの?日本で一番?」


 千春がそんな具合で無邪気に聞いてくる。


「アハハ…。上手くいきはしたけど、日本一は流石にじゃないかな。日本一はやっぱりこの人だよ。」


 そう言い、私はVtuberの神世(かみよ)文(ふみ)加(か)のチャンネルを表示する。

 同接18万人…。相変わらず…いや、今日はいつもより多い気がする。


「この人が日本一?え~と、“ゲームの件に関して謝罪と訂正”。?ゲームをやってる方なの?」


「というより、ゲームを作っている方だね。Vtuberしながらカジュアルなゲームを作ってるんだけど、この人が作るゲームはどれもすごい人気なの。そしたら最近、新作を出すって大々的に告知していたんだけど…。」


 タイトルと黒いサムネから見るに、なにかあって制作が難航しているんだろう。

 私もこの人のゲームのファンだが、気長に待つとしよう。


「とにかく、その方は存じ上げませんが、ゲルゼナードは上手くいっていると考えてよろしいのですか?」


「うん。怖いくらいに上手くいってるよ。」


「そっか~。じゃあ、私たちはゲルちゃんの成功を祝って乾杯しよう。て言っても、灯ちゃんはまだ飲めないけど。」


 そう言うや否や、千春はエルに買い出しを頼んでいた缶ビールを取り出した。


「最近飲めるようになったばかりなのに、もうハマってるじゃん。」


 そうして私たちは、それぞれのグラス、もとい缶を手に取る。


「それじゃあ、ゲルちゃんの成功を祝って、かんぱ~い!」


 カラン


 私たちは喜びを噛みしめ、勝利の美酒を味わった。

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