第13話 こういう生活も悪くない

「ほら、食器はこうやって洗うの。見ててね。」


 エルとゲルゼナードは、千春が食器を洗う様を真似しながら同じく食器を片づけていく。

 ボロアパートでキッチンは狭いため、3人だと効率が落ちる気がするが、頑張っているので私からは何も言わない。


「それじゃあ編集して動画にしますか。」


 魔王とゲルゼナードの戦いが終わり、私たちはゲルゼナードの家に帰宅した。

 天井を直して残っていたごはんを食べきり、今は私だけで編集作業に取り掛かっている。


 て言っても、私も大したことはできないから、動画の余計なところをカットしたり字幕をつけるだけ。

 それにしても…


{あんたたちもう少し動画のこと考えてよね。時止めたりビュンビュン動き回ったり、カメラに全部入らないじゃない。}


{なんじゃ?我はゲルゼナードと戦えという貴様の要望に応えたのじゃ。これ以上望むとは強欲な奴じゃのう。}


 私はゲルゼナードと戦いたくなんてなかったんだけど…。

 まあ、いいや。さっさと動画を完成させないと。


 千春は頑張って撮ってくれたようで、魔王とゲルゼナードの動きを大体は追ってくれていた。

 その動画をもとに、編集を加えていく。


{魔王、この魔法はなに?}


{そいつは”アイシクル・ノヴァ”じゃな。}


 こんな具合で、魔法名を魔法の発動タイミングに合わせて字幕を付ける。

 こうして最初の煽り合いから、魔王とゲルゼナードが殴り合うところまで編集できた。

 そして問題は最後。


{これでみんな死にかけたんだから、次は絶対打たないでね}


{まあ、仕方ないのじゃ。3人同時に長時間“オド・ヒール”したのは、我も大変じゃったからのう。}


 魔王が放った最大火力“プロミネンス・ノヴァ”は、カメラでは真っ白な風景と爆音 が鳴り響くのみで、映像としては使い物にならない。

 仕方がないので、花びらが魔王の左腕を凍らせたところで、この動画は終わらせるとしよう。


 ちなみに私の左腕は完治している。

 この魔王は何でもありなのだ。


 よし、できた。

 後はサムネイルを作るだけだ。

 私は皿洗いを終え、千春に膝枕してもらっていたゲルゼナードを呼ぶ。


「ゲルゼナード。サムネ用の写真撮るよ。」


「よく分らぬが了解である。ちょうど退屈していたのでな。」


 ゲルゼナードを良さそうな壁際に立たせ、氷を出してもらう。

 そのあとは、本人の好きなポーズでたくさん写真を撮った。


 戦いのあとのゲルゼナードは、少しへこんでいるようだ。

 これで少しでも元気が出ればいいんだけど。


 そうして、ゲルゼナードの写真撮影を終える。

 よし、これを元にサムネイルを作ればだいじょう…


「じゃあ今度は灯ちゃんの番だね。」


 え?

 なんで私が?

 すると千春は頬を膨らませて主張する。


「もお~。あの動画には灯ちゃんもいたじゃない。サムネイルって動画のやつでしょ?本人がいないとダメじゃない。」


「僕も賛成です。やはり灯様のすばらしさを広めるためにも、ここはしゃしん?とやらを撮るべきです。」


 エルまでそう言ってくる。

 仕方ないなあ。

 内心、自分の可愛さを主張する絶好のタイミングだし、やぶさかではない。


「じゃあ、灯ちゃんはゲルちゃんに倣って炎を出して撮影しよっか。」


 そんなことを考えていると、千春が突然の提案をする。


「え!?いやいやいや。別にやらなくていいって。」


「いえ、魔王様の尊大さを知らしめるいい機会です。やはり魔法があった方がいいでしょう。」


 エルも便乗してくる。

 写真やサムネは教えてないのに、もうどういったものか理解しているようだ。


 ただ、どうしよ。私炎魔法なんて使えないんだけど…

 すると、魔王が救いの手を差し伸べた。


{人間。先程の戦いで入れ替わったとき、魔法を渡していなかったのじゃ。どうじゃ?炎属性の魔法を取るかのう?}


{忘れてた~、ナイス!じゃあ、“ファイヤーボール”お願い。}


 そうして3度目の魔法の受け渡しを終え、私は写真撮影を乗り越えた。



△▼△▼△▼



「投稿するよ。いい?」


「早くするのである。かれこれ10分はそうしてるのである。」


 だって緊張するじゃん。

 私ががっつり映ってるし、動画編集をちゃんとしたのなんて初めてだもん。

 みんなに見てもらうために作ったけど、いざ見られると思うとちょっと怖い。


「いやだって、だってさ~」


 そんな優柔不断さを発揮していると、横から突然マウスをクリックする音が聞こえてくる。


”動画が投稿されました。チャンネルのアナリティクスを確認してみましょう”


画面上にシステムメッセージが出現し、私は現状を悟る。


「ちょっと!ゲルゼナード!何やってんの!」


「灯が遅いから背中を押してやったのである。と言っても、押したのはマウスとやらであるがな。ハーハッハッハッ!」


 そうして、初めての私たちの動画「炎vs氷」はインターネットの海に放り込まれた。

 後はもう、ゲルゼナードの配信に良い影響を与えることを祈るだけだ。


「どっちにしろ投稿しなきゃいけないし、押しちゃったのは別にいいよ。動画はできたし、それじゃあゲルゼナード。最後に配信のやり方とかルールとか教えてくから、覚悟しといてね。」


「…お手柔らかに頼むのである。」



 △▼△▼△▼



 一通り教えた後、私はとある課題にぶつかる。


「大体教えたけど…顔の映りが悪いのなんとかしなくちゃ。これじゃあ折角の顔が台無しになっちゃう。」


「儂の威厳は世界が知る必要があるゆえ、それは困るのである。灯よ、なにか解決方法はないのであるか?」


 理由はともかくなんとかしたい。

 大体配信者は配信用の照明を購入し解決しているが、そんな金は金欠の私たちには用意できない。


 う~ん。明かりがあればいいんだけどな~。

 どうしよう。やっぱり新しい”ライト”を買うしか…。

 あ、


{魔王、物に魔法の効果って乗せられる?}


{?可能じゃ。じゃが、なぜそんなことを聞くのじゃ?}


{まあ、見ててよ。}


 私は部屋にあった100均の三脚を取り出し、魔力を集中させてみる。

 そして、


「“ライト”!」


 唱えた直後、三脚は煌々と輝きだした。

 それをデスクに置くと、ゲルゼナードの顔を明るく照らす。

 少し光量が多く目に優しくないが、つなぎとしては十分な機能を果たしてくれそうだ。


{魔法って便利じゃん。}


{なるほどのう…。戦い以外ではこう使うことも出来るんじゃな。}



△▼△▼△▼



 こうして、私はゲルゼナードに諸々教えてアパートを後にする。

 ちなみに、元の体の持ち主には申し訳ないが、チャンネル名は「ゲルゼナードの遊び場」にした。

 チャンネル名と本人の名前が違うのはややこしいからね。


 私は、やるなら徹底的に過去のライブも非公開にするべきだとゲルゼナードに言ったが、ゲルゼナードに猛反対されてチャンネル名だけ変えることとなった。

 ゲルゼナードは、体の持ち主の生きた証を消すことが嫌らしい。


 そんなゲルゼナードなら、チャンネルを任せて問題ないと判断した。

 さっき少し教えたとはいえ、日本の常識が分からないのがネックではあるが、それは追々やっていこう。


「すっかり夜じゃん。」


 見ると空は黒く染まり、繁華街は人工的な光で埋め尽くされていた。


「今日は色々あったし、ご飯は外で食べない?あ、もちろん。エルは一人で食べてね。」


「なんで僕だけ除け者なんですか!?灯様と一緒に行動すると決めたのです。僕ももちろん同行しますよ。」


「だって、エル。あなたお金持ってないわよね?貧しいところから来たらしいけど、ここは平等にいきましょ。買い物の時は料理作ってくれるから私がお金出したけど、今回は奢らないから一文無しは来ないでもらえる?」


「そ、それは…」


 エルは私に助けを求めるような視線を向けた。

 エルが変なことをしても魔王がいるし、仕方ない。


「じゃあ、今日は私の家でエルのごはんを食べよう。エルがまた作ってくれるなら、私も嬉しいし。」


「灯様っ!!ありがとうございます!やはりこのエル、あなた様に一生ついて参ります!」


「ちょっと!一生ついて行くのは私なんだけど!?でも、灯ちゃんの家か…。エルの料理は、まあ…悪くない出来だったし、それでいいよ。灯ちゃんがこの獣に襲われかけたら、私が守るからね。」


「ちょっと!?僕の扱いひどくありません!?」


 今夜は賑やかになりそうだ。

 配信がないならゲルゼナードも誘いたかったが、今日は頑張ってもらうとしよう。

 今日一日を振り返り、私は確かな達成感を感じながら帰路に就いた。

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