第10話 最近のCGはすごいから
「それじゃあ、まずゲルゼナードのチャンネルを見せて。」
配信者ゲルゼナード育成計画の一歩目は、現状を知ることから始まった。
「チャンネル?あぁ、前の持ち主から少し記憶も同時に預かったのである。え~と、チャンネルを開く方法は…」
ゲルゼナードは記憶を頼りに進めていく。
思っていたより初期レベルが低い状態で始まってるけど大丈夫かな?
「ゲルゼナード。一応聞くけど、あんたこの2日間何してたの?」
「ん?ああ、昨日は配信のやり方が分からなかったから、記憶を頼りにゲームとやらをしていたのである。灯よ。この世界はすごいのである!儂よりも強いものがそこら中にいるのであるな!」
駄目だこいつ…早く何とかしないと…。
このまま私たちが来なければどうするつもりだったのやら。
ダメニート路線に乗り換えるつもりだったのか?
△▼△▼△▼
―――数十分後―――
私はゲルゼナードに配信の基礎について色々教えていた。
ちなみにエルと千春は買い物に出かけている。
ここでは役に立てないと判断したエルが、せめてもの思いで手料理を振る舞おうとしたのだ。
そのための買い出しに、現代を知らないエルだけでは不安だ。
よって、千春も付き添うことになった。
千春は嫌そうだったが、エルが素直にお願いしたため、渋渋行く気になったらしい。
あの二人、そのうち仲良くなってそうだな。
いや、ないか。
そんなこんなでゲルゼナードの現状がおおよそつかめた。
前の持ち主のチャンネルは
・チャンネル登録者138人
・基本毎日ゲーム配信
・同接は数十人
といった具合で、お世辞にも売れているとは言えない。
見た目が可愛いので固定ファンはいるが、照明がないため、もったいないことに肝心の顔映りが悪い。
さらに性格上の問題か、他の配信者に比べて口数が少ない。
ゲームも上手くはないし、顔以外で何か個性があるわけでもない。
個性が足りないのは薄々感じてなのか、ピンク髪なのも個性をつけるためのようだ。
これじゃあ、上手くいかないのは当然か。
現状、配信界隈は新参者が売れるのは厳しい。
昔からやってる人たちが強すぎるからだ。
なにか他と違う個性があればな~。
「なんであるかな?灯よ。じろじろと儂を見て。ああ、君らが言うには、この話し方は目立ちすぎるからやめた方が良いのであるかな?」
個性が…
「しっかし、儂が冰牢龍ゲルゼナードであると隠さねばいけないとは。難儀であるな。せめて氷の能力くらいは出してもいいと思うのである。」
あれば…
「配信は世界中に自分の姿が映ると聞いておる。そうなると、配信中も隠すのはかなりシンドイのである。灯よ、なにか解決策はないの…」
「それだあああ!!!」
「うわぁ!急にどうしたのである!遂に気でも狂ったのであるか?いや、君は元から狂ってる側であるな。」
{なんじゃと!?ゲルゼナー…}
「それだよ!それ!ゲルゼナード。さっきあんたに言ったこと全部忘れていいよ。口調も出自も能力も、全部丸ごと公開しちゃいなさい!」
「む?良いのであるか?たしかに儂はその方がありがたいのであるが…」
今や配信は多種多様だ。
Vtuberに多いが、人外設定で配信する人も少なくない。
視聴者ももちろん嘘だと気づいてその設定に乗ったりしている。
「大丈夫。私の推しのハズ君もヴァンパイア設定でやってるよ。
彼は普段子供っぽいところがあるんだけど、時々やる歌枠とかライブは大人の男性って感じの少し渋い声で歌ってくれるのよね~。それがギャップ萌えっていうか。唯一無二っていうか。この世に生まれてくれてありがとうっていうか!本当にかっこよくて、この前私の想い(スパチャ)が届いたときなんか、私の悩みに真摯に向き合ってくれて、その時のうつむく表情とか鎖骨とかが愛おしすぎて、悩みなんか全部吹っ飛んじゃって…(高速詠唱)」
「???とにかく隠さなくて良いのであるか?」
こほん、少々取り乱してしまった。
けど、ゲルゼナードもその路線でいけば、可愛い子が設定を貫こうとしている個性に見える。
本当に龍がいるなんて誰も思わないだろうしね。
それに、ゲルゼナードが自分の正体を隠し通せる気もしない。
「いいよ。けど、流石に氷の能力は出さない方がいいかも。ただそれも、配信はともかく動画で能力を使うなら、みんなCGだと思って疑うことはまずないよ。」
こんな時代だ。
氷を出すなんて映像編集でいくらでもできる。
逆にゲルゼナードの氷を、高レベルのCGだと思わせれば私たちの勝ち。
「むむむ?つまり、配信で氷の能力を出さないだけで良いのであるか?」
「そういうこと。理解が早くて助かる。」
なかなか配信から見てくれる人はいない。
まずは短い動画を作って、ゲルゼナードのチャンネルに興味を持ってもらわないと。
ピンポーン
「あ、エルと千春が帰って来た。」
その後はエルの手料理で遅めの昼ご飯となった。
少しエルにガスコンロの使い方を教えるだけで、おいしいカツ丼が食卓に並んだ。
サクサクの衣から溢れる肉汁がたまらない。
家庭の味と、プロの技を両立させた一品に思わず舌鼓を打つ。
こんなの、エルが定食屋を始めたら並んじゃうよ。
ごはんを食べていると、エルが私たちの状況を聞いてくる。
「灯様に任せっきりで申し訳ないのですが、調子はいかがですか?正直ゲルゼナードが稼ぐなんて到底…」
「ハッハッハッ!エルよ。問題ないのである。何やら灯が解決策を見つけたようでな。良くわからないが大丈夫なのである。」
「ちょっとゲルちゃん!ごはん食べながら喋らない!ご飯粒飛んじゃうでしょ。」
ゲルゼナードは慌てて黙々と食べ始めた。
完全に躾けられてる…
「それならよかったです。それで、次は何をするのですか?私にできることでしたら何でもおっしゃってください。」
「そうだね~。できればゲルゼナードの氷の能力が映えるような動画撮りたいかな。」
「灯ちゃん。氷の能力って何?」
あ、忘れてた。
千春にはまだ言ってなかったんだっけ。
でも、このサークルに入ってる以上隠し通すのは無理だし、千春は私の唯一の友達だ。
出来るなら一緒に行動したい。
「千春。これから言うことは他言無用ね。約束できる?」
「ん?いいよ。灯ちゃんの願いなら私なんでも叶えちゃう。」
そこまで言い切るのか…。
まあ、千春は秘密を守る人なのは知ってる。
そして、私は千春に今までのことを全て話した。
「え?え~と?灯ちゃんが魔王で、エルとゲルちゃんが部下で、全員魔法が使えるの?」
「うん。そういうこと。」
「え~と、なんだか疲れちゃったから、とりあえずいいや。分かった。秘密にするね。」
この調子だと異世界からとか、帰還方法を探してるとか理解して無さそうだけど…まあいっか。
「それにしても、今まで説明していなかったのですか?それなのに灯様についていくとは、やはり隠し切れないオーラがそうさせるのでしょうね。」
「いや、それはないと思うのである。」
「とにかく、ゲルゼナードの配信がたくさんの人に見てもらえるように魔法で動画を作りたいの。なにかいい案ない?」
氷を出すといっても、多種多様だ。
部屋を寒くするだけなんて映えないし、何かいいアイデアは…
「それなら、灯ちゃんが出ればいいじゃない。ゲルちゃんと魔法勝負とかすればいいんじゃない?」
「え?いやいや!ゲルゼナードが私に!?」
死んじゃう死んじゃう。
なんならその程度で済むのか?
いや、魔王に変わってもらえば少なくとも生きることは…
「いやいや、ダメだよ。ゲルゼナードが手加減しても、周りに被害が出ちゃうよ。」
「それならご安心を。誰もいないところかつ、私が防御魔法で防げば、被害はなくなるかと。」
「ハーハッハッハッ!久しぶりにサルティヌ…灯と戦えるのか!これは楽しみであるな!」
え?マジでやる感じ?
日本滅びないか?これ?
{やってやるのじゃ!さっき頼りがいがないとか、気が狂ったとか言ったあの龍を、コテンパンにしてやるのじゃ!}
まだ根に持ってたのか…
「周りに誰もいないところってなると、海なのかな?魔法があるならビューンって、ゲルちゃんも灯ちゃんも海の上を飛んじゃえばいいじゃない。」
千春も止めてくれないし…
「よしっ!そうと決まれば、儂に捕まるのである!」
ゲルゼナードはその小さな手と体で全員を支えると、
「千春よ!舌を嚙むでないぞ!」
ドンッ!
私たちは勢いよく空へと射出される。
壊れた天井の破片が次々と落ちていく。
人間って空から見るとこんなに小さいんだ。
「て、そんなこと考えてる場合じゃな~い!!!ゲルゼナード!あんたなにしてくれちゃってんの!死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!落ちる!」
下を見ると、ぷらんとなった足の先に、先程までいた繁華街の全貌が映っていた。
そんな上空をゲルゼナードの片手だけで留まっているのだ。
常人が耐えられるものじゃない。
「どうしたのであるかな?灯よ。これから儂と戦うというのにその体たらく。戦士の風上にも置けないのである。」
「ちょっと!ゲルちゃん!まだご飯食べてる途中だったのに何してるの!?帰ったら洗い物はゲルちゃんがやりなさい!」
「はい…分かったのである。」
千春は私と同じ状況でゲルゼナードを叱っている。
千春ってもしかしなくてもヤバいやつなのか?
私の友達おかしいのばっかり。
「仕方ありません。ここまで来た以上、よさげな海を探して動画?を撮りましょう。」
「私が首にかけてるスマホで撮っていいの?」
「ハーハッハッハッ!この体が疼くのである!248年前の雪辱、ここで晴らしてやるのである!」
そう言うと、ゲルゼナードは微かに見える青い海目掛けて空を蹴り、私たちは風を切る。
ぎゃあああああああああ!!!!!!死ぬ死ぬ死ぬ!!!!
ちょっとは加減しなさいよ!!!
やっぱり今日死ぬかもと思った私なのだった。
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