第8.5話 配信者ゲルゼナード

暗い部屋にいた。

初めは、あの忌々しい女神に転移させられたのだと考えたが、少し様子が違うらしい。

なぜなら、目の前にいる小娘が淡く消えようとしていたから。

その一抹の命を輝かせ、小娘は儂に語りかける。


「あなたは何?」


「ふむ…。」


そこで儂は、余りある龍の知能を使い現状を整理する。

女神が何をしたか知らんが、今起きているこの状況は同化であろう。

昔、名前も忘れたが、儂に敗れた男の魔法と同じ現象であった。

しばらく思案し、ゲルゼナードは口を開く。


「儂の名はゲルゼナード。龍の始祖にあたる者である。して、小娘。君は今の状況を理解しているのであるか?」


「え?どうだろ?なんか夢の中にいる感じかな。だって考えてみてよ。龍っていうファンタジーの生き物と私が話してるんだよ。どう考えても夢でしょ。」


「やはり状況を理解出来ていないようであるな。君はこのまま儂の魂との格差でいずれ消滅する。人の子が抗えるものではない。」


やはりというか、儂を小娘に同化させた女神は人間の味方などではない。

やつは世界に「死」や「魔法」といったルールを加えるだけの存在。

それは時に人類に災厄や破滅をもたらし、ときに豊穣や恵みを与える。

すると、ピンク髪の女は焦りを見せ始めた。


「え!?待って待って待って。私死ぬってこと!?きゃ!?なにこの体!?薄くなってる!?」


ようやく女は自身が死の淵へ歩みを進めているのだと気付く。


「どうしよ!?どうしよ!?私こんなところで死にたくない!まだやらなきゃいけないことがあるのに!」


「ふむ…。すまんが、これは発動すれば止めることは不可能である。無論、発動者でない儂が止めるなど、もってのほかである。」


「つ……、ぅ……」


すると、現状に耐えかねた女は涙を流し始めた。


「やだぁ…。こんなところで終わりたくない…。」


同化中は何もできない。

気まぐれにゲルゼナードは女に声をかける。


「小娘よ。君が消える未来は変わらないのである。これからは、君の代わりに儂が生きることとなる。して、儂の暇つぶしとして聞かせてみるのである。君のやらねばならんことはなんであるかな?」


「うぅ…暇つぶしって……ひどい…。………私、私ね。」


女は言葉を掴むように、そして手放さないよう、ひとつひとつ紡いで形にしていく


「私は有名配信者になって、世界中に友達を作って…お金を稼いで、それで、それで!こんな生きにくい世の中で自由に生きてやるんだって…!そう思ってた!」


「………。」


ゲルゼナードは口を挟まなかった。

“配信者”がなんなのか分からないのもあるが、彼女の叫びが、かつての友の願いに似ていたからだ。


「私ね…。睡眠障害なんだって。昔お医者さんに聞いたら、治るって言われて。でも、朝起きれなくて…。結局、20歳の今でも変わんなかった。こんな調子だからさ…、学校なんかまともに行けなかった。」


「ふむ…。よく分からないのであるが、朝起きれないとダメなのであるか?儂は好きな時に寝て、好きな時に食うのが日課であるが、不自由ないのである。」


他所から見ると、嫌味ともとれる発言をゲルゼナードは女にぶつける。


「アハハ…。私もそれならよかったのにな…。でも、人間はダメなんだ。朝起きて学校に行って、恋愛とか友達とか、青春を謳歌するのが普通。普通から外れた人間は、よっぽど運と才能に恵まれないかぎり、あとは転げ落ちるだけ。」


「助けを差し伸べる者はいないのであるか?」


「両親は理解してくれて、私を夜間中学校ってところに連れて行ってくれたんだ。おかげで中卒にはなれた。けど両親も、そのあとに居候させてくれた親戚も死んじゃって、今はこんなところで独り暮らし。」


暗い部屋を見渡すと、辺りにゴミが散乱し、とても衛生的とは言えない空間が広がっていた。

どうやら彼女の過ごした空間が、精神世界とも呼べるこの場所を形作っているようだ。


「私ね、こんな体質だから、夜眠れないことが多くて…。そこで配信と、配信者って職業を知ったの。」


彼女は潤んだ眼を輝かせて、無垢な少女のように語りだした。


「配信者ってすごいの!どこに居ても人と繋がれて、好きな時に、好きな場所で仕事ができる。私みたいな障害を持ってても大丈夫なの!そして、私のように弱者であることが武器になる。」


「ほお…。」


ゲルゼナードはこの時、“配信者”という存在に興味が湧いた。

数々の戦闘を経験し、その暴力的な力で全てをねじ伏せてきた龍にとって、弱者であることが武器になる意味を知りたくなったからだ。


「だから、私は配信者でお金を稼いでいくんだ。て言っても、全然登録者いないんだけどね。そんなだから、今は夜勤のアルバイトをしながら生計を立ててるの。」


「小娘よ、一つ質問である。君は先程“弱者であることが武器になる”と言っていたが、その“配信者”というのは戦いであるのかね?」


女は最初、ゲルゼナードの言葉の真意が分からなかった。

が、自分なりに納得できる結論が出せたらしく、目の前の竜を真っすぐ見つめ、質問に答える。


「そう。戦いだよ。他の配信者との戦いだし、なにより自分との戦い。世の中のトレンドをいち早く察知して、顧客のニーズに応えて数字を稼ぐ、そういう戦い。」


女は眼前の龍に向かい合い、こう言い放つ。

ゲルゼナードは数秒、彼女の顔を観察し…


「ガハハハハッ!小娘っ!いい目であるな!戦いに臨む戦士の目である。ふむ、戦士には敬意を示すのが儂の流儀。ここは一つ、どうであるかな?君の夢を儂に託すというのは。」


「は?どういう風の吹き回し!?なんであなたが!?」


ゲルゼナードの発言の意図が分からず、女は困惑する。

しかし、上機嫌な龍はお構いなしに話を続ける。


「君のような戦士が消えてしまうのは心苦しいのである。そうなれば、託すしかなかろう。儂はたくさんの人間の戦士を見てきた。彼らは心は強くとも、体は脆い。寿命も短い。だが人間は、思いを後世に託すことで我らと渡り合えるほど強くなったのである。君はどうするのであるかな?」


何を言ってるんだろうこの龍は。

女は真っ先にそう思った。

これは私の夢だから、託すとかそんなことをしたところで意味はない。


この龍は根本的なところで人間のことを理解していないのだろう。

でも、なぜか惹かれる。


もう死ぬって体が分かっているからだろうか。

何か一つでも、世界に私という爪痕を残したいからだろうか。

文字通りこの龍なら、その大きな爪で世界をひっくり返せるのだろう。

見ると、体から光の粒が溢れ出し、自分の存在が希薄になっているのを感じる。


すると龍はたて続けに、どこかで聞いたことのあるセリフを述べた。


「それに、人は忘れられない限り生き続けるらしいのである。どうであるかな?永遠に近い儂の寿命の間、生きられる権利を与えてやるのである。」


「フフッ。」


思わず笑ってしまった。

やっぱりこの龍は、私たちのことを分かっていない。

でも…


「?なぜ笑うのであるかな?」


「なんでもない。ごめん龍さん、名前なんだっけ?」


「儂に2度名乗らせるとは、随分肝が据わっている小娘であるな。…ゲルゼナードである。」


すると、彼女はこぶしを前に突き出し、龍に当てる。


「そっか、ゲルゼナード。それじゃあ私の夢、あんたに預けたよ。」


そして、名も知らない彼女は泡となって消えていく。

だが、彼女が生きた軌跡を龍は覚えている。


「ああ、預かったのである。君の生き様、このゲルゼナードが託されたのである。」 

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