第8話 冰牢龍ゲルゼナード

 ガタッ!ガタッ!ガン!ガン!


 扉が変形しそうなほど揺れ始め、急いで私たちは扉から離れる。

 瞬間、


 ボンッ!

 

 凄まじい勢いで扉が吹き飛び、部屋の主が姿を見せる。


 「なにゆえ、ここに来たのだ。儂の眠りを妨げる者は誰であろうと許さないのである。」


 その主は寝ていたらしく、その眠りを邪魔されたことに苛立ち、とてつもない威圧感を放って…放って?

 

 見ると、その姿は魔王とは違う真っすぐ生えた角をピンク髪に乗せ、太い尻尾を引きずる愛らしい少女だった。

 その少女がガラス玉のような大きな瞳でこちらを見上げる。


 「お主、まさかサルティヌスか。そちの青年がアイギュストスであるな。見た目は少し違うが、魂の波長が似ているのである。」


 「久しぶりですね、ゲルゼナード。見た目を言うなら、あなたがこんな愛らしい姿になっているとは思いませんでしたよ。」


 どうやら、ゲルゼナードは流石にこの姿が本体ではないらしい。

 というか、エルも魔王も本当は見た目が違うのか。

 確かに最初に魔王の記憶を見たとき、こんなに人間に近い見た目はしていなかったな。

 

 さらに千春のような普通の人には、エルの額の目やゲルゼナードの尻尾すら見えていないのだろう。


 {我らは本来、今のような人間に近い形はしておらんのじゃ。じゃが、この世界では忌々しいことに、元の体の持ち主に似るのじゃよ。}

 

 吐き捨てるように魔王が解説してくれた。

 悪魔っ娘の私が可愛いのは、元の私が可愛いからなのか。ちょっと照れる。

 自分の可愛さに鼻が高くなるが、それはさておきゲルゼナードを注視する。


 エルと話しているが、今のところ睡眠を妨害されたことに怒っていないようだ。

 とにかく、相手を苛立たせないように、行動しないと。

 すると、さっきまで扉が吹き飛んだことに驚いていた千春が、ゲルゼナードに近づく。


 「うん?君は誰であるかな。儂の記憶に君のような者はいないのであるが。」


 「え~と、あなたがゲルゼナードちゃん?とても、元気がいいのね…。」


 「ちゃん?ふむ、まあ良いのである。久しぶりにサルティヌスとエルギノイストに会えたからな。して、君は何用であるかな?」


 よかった~。

 千春にも友好的だし、少なくとも、国が滅びる心配はしなくてよさそうだ。


 「あのね、初対面の子にこんなこと言っちゃいけないんだろうけど…。」


 「言ってみるがよい。儂は今機嫌がよいのである。」


 「…じゃあ、言うね。ゲルゼナードちゃん、ちょっと臭い。」


 「「「は?」」」


 ちちち、千春?何を言ってるの???

 すると、ゲルゼナードの態度が明らかに変わり、周囲の温度が一段落ちる。


 「小娘。この儂のことを知らぬようだから、一つ忠告しておくのである。儂にとって、君を殺すことなど、息を吹きかけるよりも簡単なことなのである。分かったらさっさと…」


 「ああ、もう!ほら、お風呂入るよ。ゲルちゃん!その分だと、最近入っていないんでしょ。お母さんはいないの?なら、千春おねえちゃんが一緒に洗いっこしてあげる。」


 「ゲルちゃん!?だから、小娘。儂が誰か知らぬからそのような…」


 「はいはい、そうだね~。ほら、入った入った。」


 言われるがまま、ゲルゼナードは101号室に押し込まれていく。

 しばらくして、奥でシャワーが流れる音が微かに聞こえてきた。


 「あのゲルゼナードを従わせるとは…。僕は彼女を見くびっていたのかもしれません。思えば、彼女は灯様がお傍にいることを許した人間でしたね。流石灯様、慧眼でございます。」


 いや、ゲルゼナードを怒らせてピンチにしたのも千春なんだけどね。

 まあ、いいや。そういうことにしておこう。

 ひとまずこれで安心なのか?


 「いや、待って。千春とゲルゼナードを二人きりにしちゃまずいんじゃ!?いつ千春が殺されてもおかしくない!」


 「ああ、それなら安心してください。不殺の契りに関しては、説明いたしました。ゲルゼナードは“そんな些細なことか。生きにくくなるであろうが、それぐらいだったら構わないのである。”と、言っていました。」


 「え?でもさっき千春に、君を殺すのは簡単だって脅してなかった?」


 私の記憶が違わなければ、比喩なしで周りの空気が寒くなるほど怒っていたはずだ。

 それに立ち向かった千春って勇敢なのか無謀なのか。

 いや、ゲルゼナードの正体を知らないんだから無謀とはまた違うか。

 

 「ああ、あの脅しはゲルゼナードの選別ですよ。あの程度で怖気づく敵はそれまでです。ゲルゼナードは相手にもしません。それに、今回は少し特殊ですが、ゲルゼナードは基本不意打ちをするような男ではありません。安心してください。

 

 本当に人間への復讐心が薄いようだ。

 けど、魔王とほぼ互角みたいだし、強いことには変わらないんだろう。

 警戒は怠らないようにしないと。

 

 {魔王。もし、ゲルゼナードが暴れたときは実力が互角のあんたに頼んだよ。}


 {互角ではない!我の方が優勢じゃ!}


 魔王はなにと競ってるのやら。

 でも、ゲルゼナードが国を滅ぼせるなら、魔王もできるってことだよね?

 私で抑えられて本当に良かった。

 

 「これで不殺の契りは伝え終わりましたが、サークルに誘うことと、元の世界への帰還方法について尋ねることは出来ておりません。立ちっぱなしも何ですし、中に入りましょう。」

 

  すると、エルは扉を魔法で直し、土足のまま入って行く。


 「あ、ちょっとエル。土足はだめだよ。ここで靴を脱いで入らないと。」


 「そうなのですか?もうこの世界の文化を知っているなんて、流石です。」


 勝手に上がっちゃっていいのかとも思ったけど、エルがなんの躊躇いもなく進んでいくので、つられて入ってしまう。


ここは龍の家というか、正確にはゲルゼナードの体の持ち主の家だろうけど、覗かせてもらいます。すみません。

そうして、私たちは薄暗い部屋へと歩みを進めた。

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