第6話 結成!魔王軍サークル
学構内に入った私は魔王と体を入れ替え、講義を受けていた。
前で教授が話す内容をノートに書く、いつも通りの授業だが、案の定邪魔が入ってくる。
{おもしろくないのじゃ~~~!!!前の人間が言っとることは何なのじゃ!ずっと座ったままなど”石化”と変わらないのじゃ!}
{うるさい。静かにして。}
{ぐ、ぐぬぬ…}
魔王のせいで授業もあまり集中できない。
普段から真面目に受けているわけではないが、これでは普通に受けることもままならない。
授業中の魔王対策も考えなければいけなさそうだ。
本当に割に合わない…
角が生えてからというもの、何かと面倒なことが増えた。
採算を合わせるためにも、次にもらう魔法の候補を考えておくとしよう。
仮にも魔王だし、使える魔法は多いでしょ。
△▼△▼△▼
講義が終わり、食堂に行くか家に帰るか悩んでいると、言い争う声が聞こえてきた。
「だいたいね!灯ちゃんと幼馴染か知らないけど、私は大学の間ずっと灯ちゃんといるんだから、今の暫定1位は私よ!何年前からの付き合いだろうと、私たちの関係の方が深いんです!」
「だから、あかりとは誰ですか!?私は今の魔王様の話をしています!それに、私と魔王様の300年の足跡を馬鹿にしないでいただきたい!」
「何よ、300年って!?やっぱり適当言ってるんでしょ!
あ!灯ちゃ~ん!!!大丈夫!?私がいない間にこの男になにかされてない!?」
隠れてやり過ごそうと考えていたのに、見つかってしまった。
千春、前はここまでひどくなかったんだけど、エル…なんとかトに会ってから、さらにひどくなった気がする。
「僕はあなたと同じ場所にずっといたでしょ。なんでそう、すぐ悪者みたいに扱うんですか。 おっと、魔王様お久しぶりでございます。」
「え?うん。久しぶり。」
余所余所しい私の態度に?マークを浮かべる魔王の臣下。
どう話すのが、正解なの!?
魔王が出てきても、注目されるし何より…
{我はもう疲れたのじゃ。こやつらの前では顔は出しとうない。}
そうだよね~。
まあ、”インフェルノ”とか打てるやつをポンポン外に出すのも問題だし。
上手く臣下さんが納得できる説明を考えなくちゃ。
「そういえば魔王様。先の”殺すな”は、どういった意図だったのでしょう? 私の考えが及ばず申し訳ないのですが、訳をお聞かせ願えますか。」
確かにそれは私も気になる。契約では、”魔王”が人間を殺してはいけないというだけだった。
{魔王。そこんとこどうなのよ?}
{…貴様との契約のせいもあるが、なにより、我らの復讐対象は向こうの世界の人間じゃ。この世界の人間は何もしておらん。故に、我ら魔王軍の矛先はこの世界に向けてはならないのじゃ。}
ちょっと魔王のことを見直した。
今まで私の家を燃やした、いけ好かないガキ大将のように考えていたけど、ちゃん とした信念に基づいて行動しているようだ。
少しだけ、この魔王が王たる所以がわかった気がする。
{そっか。ごめんね。私、あんたのこと少しだけ勘違いしてたみたい。}
{ふん…。だが人間が嫌いなのは変わらん。弱くて、群れて、周囲に流され、善悪の価値観すら簡単に逆転するやつらの、どこを好きになればよいのじゃ。}
何も言えなかった。
きっと、私が何を言ったところで意味はなかったのだろう。
それでも、この時の魔王の言葉はどこか遠くを見ているようで、少女のように儚く、寄り添いたいと、初めて思った。
こんなに近くにいるのに、私たちはとても遠い。
私は”殺すな”の訳を、魔王の言葉通りに伝えた。
語尾が「のじゃ」はやっぱり恥ずかしいけど…
千春がまた会話に置いてけぼりで歯噛みしていたのはスルーしよう。
説明を聞いて、臣下さんは初めは驚きこそしたものの、すんなり受け入れてくれた。
魔王様に絶対服従マン過ぎて逆に怖いくらいだ。
「このエルギノイスト・フォレカスト。魔王様の命に従い、不殺の契りをここに刻みましょう。」
え~と、エルギノイストさんで合ってるよね?
せっかく覚えたけど、また忘れそうだし、あだ名をつけとこう。
それと同時に、「のじゃ」言葉で話さなくても良いようにしておこう。
「我が臣下エルギノイストよ。少し耳を貸し…貸すのじゃ。」
そうして、少し千春と距離を取り、魔王にこれから話す内容を容認してもらってから、ひそひそ声で話をする。
「我は、先程言ったように人間は殺さぬと決めた。しかし、これはただ復讐相手が違うからというだけではない…のじゃ。もっと大きな理由がある。」
「なんと、魔王様は更に先を見据えていたという訳ですか!?」
「…そうじゃ。我ら魔王軍は、元の世界で世界征服を果たすという使命がある。すなわち、この世界から元の世界に帰る方法を模索せねばならない。」
「なるほど。つまり、帰る方法を探すために、この世界で情報収集が欠かせない。見たところこの世界では人間が大部分を占めているようですし、どんな存在がいるかもわからない。だから、人間と友好的な関係を築いて安全に帰る方法を探るということですか。」
驚いた。こんなにすぐ私の言いたいことを汲んでくれるとは。
エルギノイストって本当に優秀なのかもしれない。
そしてここからが本題だ。
「ああ。そのために私は一人称も語尾も変更し、我々は魔族であることを隠していく。私の名前はこの体の持ち主である”灯”のままでいく。エルギノイストも、その名前だと怪しまれるから、これからは”エル”と名乗ってね。」
「承知いたしました。改めましてこの”エル”、魔王様と共にいることをお許しください。」
「うん。いいよ。」
どうやら、分かってくれたみたいだ。
これで気兼ねなくエルとお喋りができる。
スタートダッシュだけでどっと疲れた。
「ねえ!?灯ちゃん?私だけ仲間外れ嫌なんですけど。」
いけないいけない。
千春にも説明しとかなくちゃ。
「千春。紹介するね。この人はエルさん。私の…昔の友人で、久しぶりに会えたんだ。」
「ふ~ん。で、それで?このエルって人、灯ちゃんとはどういう関係なの?」
「え?どうって言われても…」
困惑する私を前に、千春はため息をついて続ける。
「だ・か・ら、恋人とかじゃないよね?ってこと!」
何を言っているんだか。
エルがイケメンだから、顔に騙されて悪い男に捕まったのではないかと、心配しているのかもしれない。
「灯様がよろしいのでしたら、僕は構わないのですが。」
「話がこじれるから喋るな。」
「これはすみません。」
恍惚とした表情でそう言われても、この人魔王様信者なだけだしな…。
「というかその”様”呼びは直せないの?」
「こればかりは譲れません。僕のポリシーだと思ってもらえれば幸いです。」
ま、無理に直して私の「のじゃ」みたいに違和感が出るよりかはマシか。
すると、意外と有能なエルは私に提案してきた。
「灯様の不殺の契りを伝える前に、この世界で暴れる奴がいてもおかしくありません。そこで、当分の目標を僕のような臣下と合流することにしましょう。」
「なにかやるの?灯ちゃんがやるなら私も混ぜて~。てか、混ざる。」
この件に関係のない千春がなぜか一番乗り気だ。
すると、魔王が全力で私に催促してくる。
{人間!我が臣下と会えるようにするのじゃ!貴様だって、我がこのまま残るのは嫌じゃろ!?臣下に会えば、我らは帰還方法が分かるやもしれん。}
確かに、闇雲に帰還方法を探すよりも効率は良さそうだ。
本音としては、怖そうだし、あまり魔王の臣下に会いたくないんだけどね。
けど、魔王を元の世界に帰すためにも、全力でエルの提案に乗っかるとしよう。
「いいよ。千春もやろう。私たちだけだと不安だし。」
「そうそう。やっぱり、灯ちゃんには私がいないとね~。エルとかいうやつには無理無理。」
横で怒りの炎が発火したエルは、ピクピクと頬を強張らせて耐えていた。
「それにしても、サークルには入らないって言ってた灯ちゃんが、目標を持って何かに取り組むなんて…うう…私嬉しい。」
「お母さんじゃないんだからやめてよ。恥ずかしい。」
「フフッ。そしたら、この活動のサークル名はどうする?」
何それ。別に決めなくていいと思うけど。
すると、魔王がここぞとばかりに割り込んできた。
{名前なぞ決まっておる!”スーパーアルティメット魔王軍”に決まりじゃ!}
{不採用で}
{なんでじゃ~~~!!!}
けど、魔王軍を集めるんだから、それぐらいシンプルでいいよね。
「じゃあ、魔王軍サークル…はどう?」
「灯ちゃんが決めたなら、私はそれでいいよ。」
「癪ですが、僕も同意見です。」
めちゃくちゃダサいと思うけど、みんながいいなら、これでいっか。
名前なんてただの飾り。
「じゃあ、決まり。これからどうするの?」
「まずは、一番危険度の高い者から接触しましょう。もう被害が出ているかもしれませんが。」
う…。そりゃそうだ。
魔王の臣下を止めに行くんだから、危険なところに行くに決まってる。
けど殴り合いは嫌だし、最悪魔王に入れ替わってもらおう。
「それで、最初は誰にする?」
「四大龍の内、唯一の生き残りである冰牢龍ゲルゼナードがいいでしょう。彼は人間への復讐心こそ強くありませんが、気まぐれで国を滅ぼしかねません。手遅れになる前に行きましょう。」
龍?国を、滅ぼす?
助けて。私、今日死ぬかもしれない。
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