第5話 知らない人が自分に向かって走ってきたら怖いよね
家から出て数分後
「~~~!!!」
大学の正門まで歩いたところで、男性が叫ぶ声がした。
「ねえ、何か聞こえない?灯ちゃんの家の近くって物騒なのかな。やっぱり私と同棲するしかないのかも…」
「こっちにも、負けずとも劣らない不審者がいる気がするんだけど。私の家近辺はヤバいやつの湧き場所じゃないからね。」
そんな具合に軽口をたたいていると、叫び声が徐々に近づいてくる。
「~~~!!!~~~ま~~~!!!」
「こっちに来てる!?灯ちゃんには指一本触れさせない!」
「いやいや、早とちりすぎだよ。私、誰かに何かした覚えないし。」
しかし、やはり声が近づいてきている。
すると、その声は叫び声ではなく、誰かを呼んでいる声だと分かった。
「まお~うさま~~~!!!}
「なんて言ってるんだろ?ま、おう、さま?誰かな?けどよかった~。灯ちゃんが狙いじゃないのね。」
その言葉を聞き、背筋が凍りつく。
間違いなく私が狙いだ。
私は背後で大学のキャンパスに興味津々の魔王を問い詰める。
{ちょっと!?あんたを呼んでる人がこっちに来てるんだけど!?なんか悪いことしたなら、今のうちに言って!一緒にごめんなさいするから。}
{なんで我がやらかした前提なんじゃ!?第一、貴様に主導権を握られてるんじゃから、我は何もできん!無実じゃ!}
むう…確かにそうだ。
結局誰か分からないでいると、声の主が全力疾走でこちらに姿を見せる。
「魔王様~~~~~!!!!!!探しましたよ!」
端正な顔立ちをした男性が、こっちに向かって走ってくる。
だが、よく見ると、額には3つ目の眼球が埋め込まれており、明らかに人間ではない風貌をしていた。
恐らく魔王の部下なのだろう。
どうやら魔物入りの人間には、魔物の特徴が見えるらしい。
「出たわね不審者!やっぱり灯ちゃんを狙ってたのね!?卑怯者!絶対に許さないんだから!」
そう千春は言い放つと、鞄からお得意のスタンガンを取り出し、その男性に押し付けた!
「えい!」
バチバチバチ!
スタンガンの電流が流れ、走って来た男性の動きがビクビクと痙攣を始めた。
ちょっとちょっと、なにやってんの!
すぐさま静止しようとしたが、何食わぬ顔で男性は話かけてくる。
「まおおおうううささままま。こここんんなななとところろろででなななににををを?」
バグった機械のような喋り方になったが、何とか千春にやめさせる。
千春は後ろで「壊れちゃったかな?今まで問題なかったのに…」と、問題でしか ない発言をしているが、一旦スルーしよう。
魔王にこの人のことを聞くのが先だ。
{ねえ魔王、この人は誰?}
{こやつはエルギノイストじゃな。偉大な魔王である我の優秀な臣下じゃ!」
はいはいイダイナイダイナ。
とにかくこの人は魔王の部下で、魔王を探して会いに来たようだ。
すると、そのエルのイラスト?さんが涙を流し始めた。
「ああ、ようやく魔王様の尊顔を拝見することができましたっ。僕は感激です!」
「へ?ああ、うん。お疲れ。」
この人完全に私のことを魔王だと思ってる。
実際、後ろに控えてるんだけどさ。
てか、エルなんとかさんの主導権を持ってる人は何してるんだ。
さっきの大声、近所迷惑だし今の私みたいに、人間に切り替わって止めてくれないかなぁ。
「あの、元の人間の方はいらっしゃらないんですか?少し話がしたいなぁって思うんですけど。」
「元の人間?ああ、この世界に来るときに同化しかけた人間のことですか。そいつなら、私の魂との格差で消滅しました。失礼ですが、魔王様、あなた様も人間と同化してはいないですよね?」
「え、ええと…」
マジか…。私たちと同じように、人間が主導権を握っているんじゃないのか。
じゃあ、あのファイヤーボールみたいなのを、人間に打つやつが現れてしまう。
そう私が危惧していると、魔王が慌てた様子で頼んできた。
{灯、聞いておるじゃろうな!今すぐ変わるのじゃ!この魔王サルティヌス・ルド・ゼブライルが臣下より劣っているなど、プライドが許さないのじゃ!}
理由はともかく、ここで変わるのは確かにアリだ。
温厚そうだが、相手は魔王の部下。
こちらが魔王を乗っ取っていると知れば、何をしてくるか分からない。
けど、ただでは入れ替わらない。
私のずる賢さをなめてもらっちゃ困る。
ちょっといい魔法をもらえるように、あまり乗り気じゃない感じで魔王の提案に乗ろう。
{報酬の魔法は?いいやつなら考えてあげる。}
{ぐ、ぐぬぬ。それじゃあ"インフェルノ"はどうじゃ!}
{いらんわ!}
思わず却下してしまった。
{なぜじゃ!?この魔法は威力と範囲に優れた、火属性の上級魔法で…}
{いや、大体分かるよ!その上でいらないのよ。けど、ここ日本だからそんなもんあっても使わないの。なんかこう…あったら便利だな~みたいなのないの?}
{難しいのう。むむむ、なら"ライト"はどうじゃ?近くのものを照らす魔法なんじゃが。}
”ライト”ね。災害時とかには結構役立ちそうだし、いいかも。
{乗った}
ーーーキンーーー
昨日ぶりに魔王と体を入れ替える。
すると開口一番、周りに人がいるにも関わらず、でかい声で話を始めた。
「ふ、フハハハハハ!!!もちろん乗っ取っておるのじゃ!エルギノイスト、我をそこらの雑魚と同じにするでないぞ!」
{へー魔王様って雑魚なんですね~。メモメモ。}
{くっ!人間!ふざけるのも大概にするのじゃ!}
脳内で煽っていると、目の前の臣下の方が顔面蒼白で私(魔王)に謝る。
「申し訳ありません!魔王様!私ごときに出来たことを、あなた様が出来ないはずがありません。」
グサッと、心に針が刺さる感覚を覚えた。
臣下さんの何気ない一言が、魔王を傷つけたらしい。
そんなことを知る由もないもない部下は、近くの電柱で何度も頭を打ち付け、「私は何という無礼を!」とか言ってる。
周りからも完全にヤバい人扱いだ。けど、急に大声を上げた魔王こと私も大同小異。
スマホで撮影されてるし、拡散されないかな。怖くなってきた。
そんな私の気も知らないで、魔王は大声で話を続ける。
マジで黙っててほしい。
「よいよい、エルギノイストよ!お前は我の臣下なのじゃ!いざという時のため、自分の体を労わるのじゃ。そうでなくては、我の側は務まらんからのう。」
その言葉を聞いた彼は、自傷行為をやめ、滝のような涙を流していた。
「あ、ああっ!!なんとありがたきお言葉っ!承知いたしました。魔王様"1番"の臣下であるこの私奴、エルギノイスト・フォレカストがあなた様と行動させていただきます!」
最後はこちらを向き、片膝立ちでそう宣言してくる。
{ねえ、魔王。大丈夫なの?一緒に行動させて。突然"1番"とか名乗るし、間違いなくヤバい人だよ。}
{何を言うておるのじゃ!エルギノイストは確かに言動が変な時もあるが、優秀なやつじゃ。}
{ええ…まあ、あんたがそれならいいんだけどさ。}
脳内会議でこの臣下さんの同行を認めたところで、静かにしていたもう1人のヤバいやつが動きを開始した。
「さっきから、黙って聞いていたら、何?灯ちゃん、いつの間にこんな男と仲良くなったの?口調もこの人の前だと、いつもと違うし、何!?そういうプレイ!?灯ちゃん説明して!?」
完全に目がキまってるやべえ女に迫られ、たじろぎする魔王。
それを見かねた部下のアイなんとかスが止めに入る。
覚えにくいんだけど、名前何とかならない?
「あなた!僕と魔王様の感動の再会を、雷魔法で邪魔した人間ですよね!?それも腹立たしいですが、なぜ魔王様と人間が一緒に行動しているのですか!?魔王様っ!私奴にも説明してください!この女は何なのですか!?」
なぜか両者の矛先が魔王で合致し、同時に肩を掴まれ揺らされる魔王もとい私。
どうしてこうなった
昨日から、大変なことが起きすぎてる気がする。"石化"と"ライト"じゃ割に合わない。
私は2人の対応を魔王に全投げし、1限目の遅刻が確定していることに軽く落胆しながら、キャンパス内の時計を眺めていた。
すると、3人の青い人たちが厳しい顔つきで私たちの方に迫って来た。
「あのね。私たちここの警備員なんだけど、君たち朝から騒ぎすぎだよ。お酒飲んでる?」
すみません。これでも素面なんです。すみません。
心の中で申し訳ない気持ちを述べるが、騒いでいる不審者にそんな感情はないのだ。
「黙ってください!今、私と、草食系の皮を被った獣のどちらを選ぶのか決めてるんです!」
「なんですか、その言い方!そういうあなたは魔王様のなんなんですか!?魔王様も、長年連れ添った僕を選ぶに決まっています!」
「はあ!?幼馴染ってことなの?灯ちゃん!?ちょっと、私こんな人知らないよ!?」
目の前でギャアギャア騒いでいる2人を見て、警備員の方々は2人の腕を拘束し、話を聞こうとする。
「他の方の迷惑になりますので、静かにしてもらえますか。してもらえないのであれば、少しお時間いただくことになりますが。」
そんな警告には一切耳を貸さず、二人は抵抗する。
千春はジタバタ暴れるだけだが、魔王臣下の抵抗は魔法だ。
このままじゃ、警備員の方がまずい!
「邪魔するな人間。ウィド・シー…」
「殺すな」
魔の手がかかる直前、魔王の言葉によってその腕は動きを止めた。
私が止めようとする前に、まさか魔王が止めてくれるとは。
危うく、死者を出してしまうところだった。
そうして、2人は複数のカメラに囲まれながら、抵抗虚しく連れていかれた。
野次馬は次第に散らばり、私たちは2人に迫られていた被害者ということで解放され、大学内を彷徨っている。
{のう、人間。}
{どうしたの?魔王。}
{我疲れたから、そろそろ変わってくれんかのう。}
勇者でさえここまで魔王を追い詰めたことがあったのだろうか。
{まだ30分経ってないから、交代できないよ。}
確かな疲労感と共に、私たちは大学の構内へと歩みを進めるのであった。
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