第2話 魔王様はポンコツ系?

 なにが起きてるの!?私はただ寝て起きただけなのに!?

 状況が整理できず困惑混乱混迷。理解不能の四字熟語が脳を駆け巡る。


 とりあえず、人間の腕くらい太いこの角は何?

 混乱した私は邪魔に感じて、叩き折って取り除こうと腕を振るう!


 ぐきっ!


 痛~~~!!!

 明らかに手からしてはいけない感触を感じ悶え苦しむ。

 なんでこんなバカなことをしてしまったんだと考えていると、頭に声が鳴り響く。


{なんじゃ?我はまだ寝ているというのに一体どこのどいつじゃ…。我の眠りを妨げると…って痛~~~!!!手が!手が!}


 どうやらそいつも同じく痛いらしい。

 私は人が苦しんでるのを見るのは好きだけど、自分も苦しむのはそれとこれとは話が別だ。


 そうすると、頭の声が続けて声を発した。


{ヒール!あれ?なんでじゃ!?体が動かん!?}


 痛みを我慢しながら、声の主がこちらに話かけてきた。


{おい!貴様!なぜ我の体に憑依しているのじゃ!?早くそこをどけ!}


 え?そんなこと言われてもこっちも何がなんだか分からないんですけど…


{はあ!?とぼけるな!愚かにもこの我、魔王サルティヌス・ルド・ゼブライルを乗っ取ろうとしたのじゃろう!?こうなったら、強引に引き剝がすまで!あれ…?おかしい?ぐぬぬぬ…剥がれん!?}


 ずっと頭の中で騒がしい人が、ふんぬ~とか言いながら頑張ってるけど、あの人自分のこと魔王とか言ってたか?


 そこで私のオタク脳が瞬時に適応を開始する。

 今まで読んだラノベや漫画を思い返し、先程放った言葉「魔王」や「ヒール」から推理すると…


 魔王様の異世界転移か?

 そう考えた私は、なんか疲れて変な呼吸をしてる自称魔王に質問してみた。


「もしかして、魔王さんは異世界で何か起きてこっちに来ちゃったんですか?」


{こひゅ~~こひゅ~~。あ、ああ!思い出したぞ!はぁはぁ。我は、いや、我らは勇者と戦って、それで…}


 すると、突然脳に勇者と魔王の戦闘の光景が映し出される。

 どうやら魔王さんやその配下は人間に住処や家族を奪われて復讐することを決意した集団らしい。


 だけど勇者を倒す後一歩のところで、人間の味方である女神によって魔王軍は全員地球に飛ばされたようだ。

 

 え?結構やばくない?ああ、でも私みたいに体を動かす主導権が人間にあるなら安心か。


{クソっ!あの女神さえいなければ…}


 魔王は歯を食いしばる音が聞こえそうなほど、悔しがっている。

 正直異世界のこととはいえ、同じ人間が魔王やその配下にした仕打ちは目を覆いたくなるものばかりで、申し訳ない気持ちが広がった。


 私がクズなのは認めるが、これを見て笑えるほど腐ってはいないつもりだ。

 そんなことを考えていると、角にぶつけた手の痛みが再発してきた。


{痛っ、ちょっほんまに待って。めっちゃ痛い。}


 さっきまで見ていた、勇者と激しい戦闘を繰り広げていた凛々しい魔王様が、手の痛みに悶絶してらっしゃる。語尾も崩壊してるし。

 なんだか現実を叩きつけられた気分だ。


{おい、貴様。ちょっとでいいから我に体返してくれないかのう?ヒールさせて欲しいのじゃが…}


 さっきまでの威勢もどこえやらだが、体を返すってどうやるんだろう?

 私も結構痛いし、ヒールって多分痛みとか治せるんだよね?

 一回試してみるか。


―――キン―――


 耳鳴りのような音が鳴ったと同時に視点が切り替わる。

 どうやら、上手くいったらしい。


「おお!やっと戻ったのじゃ!よし、ヒール!」


 そうすると、怪我のないもう一方の腕から暖かな緑色の光が放たれる。

 直後、手の赤みが消え失せ、元の色味に回帰した。

 痛みも治まり、どうやら治ったらしい。


「ぬははははは!これで完全復活じゃ!究極の魔王再臨じゃ!手始めに、試し打ちでもしようかのう!」


 そう言うや否や、手に拳大の火球を作り出し…

 ちょっ、何して…!


「ファイヤーボール!」


 直後私の家の窓に向かって緋色の弾丸が放たれる!


 ぼごーん!!!!


 すさまじい衝撃と熱で窓ガラスがドロドロに溶け、周りに引火し始めていた。


「?空に打とうとしたんじゃがな?前に壁なんてあったかのう?まあよいか。」


{ちょいちょいちょい!何してんの!早く消して早く!}


「なんじゃ?うるさいのう、人間。貴様、我に命令とは、死ぬ覚悟はできておるようじゃな。」


 火球で窓ガラスを穿ち、とてつもない殺気を放った魔王の言葉に私は委縮しそうになる。

 だが、家の修繕費にかかる金を計算し、推し活での散財により軽い私の財布は破産確定。

 魔王の殺害予告に、もはややけくそ気味に答えた。


{はあ!?勝手に人の家で魔法ぶっ放して、挙句の果てには殺すとか、やってること強盗殺人じゃん!魔王様ともあろうお方がそれはどうかと思うんですけど!?あと、殺したければどうぞご自由に!その代わりあんたも死にますけどね!}


「むう…。ゴート―殺人とかが何か分からぬが、バカにされてることだけは分かるぞ。ただ、貴様を殺すには我が自害するしかないのも事実。仕方あるまい、ここは我の寛大な心で見逃してやろう。」


 こいつ…。ちょっと自分が強いからって調子に乗りやがって…。

 待てよ?もう一回体を入れ替えて私が魔法で部屋を直せばいいのでは?


 そうと決まれば…



―――キン―――



 視点が普段通りに巻き戻る。


{な、また動かせん!なぜ体の主導権が貴様にあるのじゃ!?}


 よし、成功だ!早く鎮火しないと!ええと、水だと…


「いけ!ウォーターボール!」


 し~ん


 水が射出されるわけでもなく、そこには恥ずかしいポーズを決めた悪魔がいるだけだった。


「なら!ええと、リペア!」


 結果は同じ。何も起きない。


{貴様、何をしておるのじゃ。気でも狂ったか?}


「見て分からないかな!?直そうとしてるんだよ!誰かさんが壊した部屋をね!」


 普段私は初対面の人にがつがつ言うタイプではないけど、今回ばかりは結構思ったことを話していると、後になって思った。

 昔ネットでイキっていた経験が活きたのかもしれない。


{ああ、お前さんは魔法が使えないんじゃな。滑稽滑稽。我に変わらないと魔法が使えないとは可哀想な童じゃのう。まあ、もう一度切り替わったとて、我は貴様の手伝いなどせぬが。}


 明確にこの魔王にキレたのはここからだろう。

 今までは、人間による仕打ちの惨状や、文化と種族が違うから仕方ないかもと少し考えられたけど、流石に自分の後始末を付けないのは腹が立った。


「うるさい!あんたの境遇に勝手なことは言えないけど、今あんたと私は同じ体を共有しているんだから、手伝いなさいよ!あんたが困っていた時は、何が出来るか分かんないけど私も手伝うし!」


{…ふん。勝手にほざくがいいのじゃ。どうせ人間は裏切る。そのような上辺だけの言葉で我を動かせると愚考することすらおこがましいのじゃ。}


 そうこう言い合っていると、アパートの隣の部屋にまで燃え広がり始めた。


 本格的にまずい!


 ああ、もう!話し合いで協力なんて、はなから無理なんだ!

 こうなったら、最終手段をやるしかない!


「ああ、そうだね!綺麗事並べずはっきり言わせてもらいますけど!

主導権を握っているの私なんだよ!その気になればあなたの体であんなことや、こんなことだってできるんだよ!」


{ちょっ!我の体で何をする気じゃ!分かったから!部屋壊して悪かったのじゃ!元通りにするから許して!}


 その後、魔王様でも流石にそれは困るのか、慌てた様子で部屋の現状回復を行い、日常を取り戻した。

 怠惰な私は火災報知器の電池切れを放置していたため、大きい音が鳴らず、爆発音も平日の朝10時ということもあって、意外と騒ぎにならずに済んだ。


 そして、私たちは同じ体を使う関係上、互いに3つのルールを決めた。


1.魔王サルティヌスが表で活動する際、平川灯に魔法を一つ教えなければならない

その際、活動時間は最低30分である


2.魔王サルティヌスは平川灯の許可なく魔法を使ってはならない


3.人を殺してはならない


 あくまで体の主導権は私にあるため、かなり私に有利なルールを決めることが出来た。

 3つ目の「人を殺してはならない」は絶対に結ばないと、異世界のように大虐殺が起こりかねない。

 30分の間にこの魔王なら何万人も殺せるだろうし。



{人間よ。絶対に30分は守るんじゃぞ!}


「はいはい、分かった分かった。その代わり、あんたも魔法教えてね。けど、教えてもらったらすぐ使えるって本当なの?」


{任せるのじゃ!貴様と我は不本意にも魂が混じり合っとる。じゃから、我がちょいと後押しするだけで使えるはずじゃ!}


 今のところ悪魔っ娘になっていいことがないし、出来れば魔法を覚えて便利に生きたいな。

 まあ、この魔王と24時間関わらなきゃいけない訳だけど…


 考えただけで頭が痛くなってきた。

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