第27話 Kiss!Kiss!Kiss!
1分待ってと言われた場合、たいていは2〜3分以上は待つことになる。下手したらもっと。皇がおとなしく待機していると、思いの外早く部屋の中から声がかかった。
「はーい。終わったよー」
おそらく応急処置が済んだのだろう。しかしこの巴の言葉は「部屋の中に入ってきていいよ」と同じ意味なのだろうか。皇は恐る恐る扉に近づき、ドアノブを握る。
「あのー、先輩……」
「お待たせ皇くん!」
その瞬間、扉が部屋の内側方向へと開かれ、ドアノブを掴んでいた皇は前方に腕を引っ張られる体勢となり、バランスを崩した。
「わっ」
扉が開いたことに加え、思わずよろけてしまったことで驚く皇。
「おっと」
巴は自分に向かって顔から突っ込んできた皇を反射的に抱きとめた。細身ではあるが長身の皇はやはり重い。その体重をいくらか預かることになったわけだが、皇も踏みとどまっていたためなんとか支えきれた。
「助かったね少年」
巴は抱擁したまま優しく囁く。一方の皇はというと、耳のすぐそばで澄んだ声が聞こえ、その吐息に耳朶をくすぐられてひとたまりもない。
「——すみません!」
慌てて身体を離す皇。顔が赤い。
「や、謝ることじゃない——よ?」
言いながら、巴の身体は皇に引き寄せられた。自分から離れたくせに、再びぎゅっと強く抱きしめてくる。
「えーと、皇くん? もしや襲っちゃおうと思ってる?」
「……そこまでは。でも、ずっとこうしてたい」
「ずっとはちょっとなー」
そう言って、巴は皇の顔を見上げる。至近距離で皇と目が合った。
「先輩……。好きです」
「知ってる」
巴は笑って、皇の髪を撫でる。
「あっ。私もよ〜って言わないとダメだった?」
自分で言って恥ずかしくなり、巴は皇の胸に顔を隠した。皇の鼓動が早い。おそらく、自分も。
「さて、いちゃつくのはこの辺にして——」
巴が離れようとすると、皇は巴の両肩を掴んで言った。
「先輩……。キスしたくなっちゃった」
何者かに心を奪われた目をしている。いや、私か。かわいそうに。私の魅力に堕ちてしまったのね……なんて巴は自己陶酔してみるが、そんな場合じゃあない。
「むぅ、えろいなあ。ていうか、それ女の子が言ったほうが可愛くない?」
「じゃあ先輩が言ってください」
「——ぃよし!」
巴は気合を入れ、唇を舐めて湿らせた。無意識にやってしまったのだが、それを見ていた皇は正気ではいられない。
(えろいのは先輩のほうです……!)
「じゃあいくね。キスしたく——あっ。ダメだこれ。ちゅーされちゃうじゃん!」
「お願いします!」
「だめでーす!」
「まあ、そうですよね……」
露骨に肩を落とす皇。
「そんながっかりしないで。そういうのはもっと仲良くなってから、ね?」
まだお試しで付き合ったばかりなんだし。励ます巴の目には、しゅんとなった皇がいつもより小さく見えた。
「嫌われてはないってことですか?」
「あのねえ。嫌いな人に抱きつかれたら全力で拒否るから」
そう笑顔で伝えると、ぱあっと皇の顔が明るくなる。
「単純か。じゃあそろそろ解放してね」
巴は自分の両肩を掴んで離さない皇の両腕を目で示す。
「え? わ、すみません!!」
晴れて自由の身となった巴はベッドに腰掛けようとして、やっぱり床のクッションの上に腰を下ろす。ベッドは背もたれとして使うことにした。自分の真横にも別のクッションを置き、その上を手でポンポンとたたく。
「ほら、こっちおいで」
皇は巴に促されるまま室内を進み、改めてその内装に目を馳せる。女の子の部屋に足を踏み入れたのは過去に数えるほどしかなく、そのいずれもが従妹の部屋だった。つまり2例目であり、当然耐性はない。従妹の部屋はファンシーな小物でごちゃごちゃしており情報量が膨大だったが、それに比べると巴の部屋は小綺麗でさっぱりとしていた。まあ、クローゼットからなんかちょっと服がはみ出ている気もするけれど。
巴は俗に言う体育座りをしていた。皇も自然とそれに倣う。巴が用意してくれたクッションに腰を預けると、彼女の肩が自分の腕に当たった。さっきなんて抱きしめていたのに、わずかな接触でも不思議と緊張感が高まる。生唾を飲み込む音が聞こえてしまわないか不安になる。
そして巴はというと、どこか遠くを見ていた。まるで壁の向こうの外界、そのまた先の景色でも見えているかのように。皇も視線を同じくしてみるが、もちろん透視などできるはずもなく、壁に貼られたK-POPグループのポスターを無意味に鑑賞するほかなかった。
(さて、どこから話そうか)
巴は隣に皇が着座したのを一瞥し、腹を括った。もう起きたことは全部話そうと思っている。変に遠慮や駆け引きはしたくない。仮にも付き合っているのだし、本人に頼ってほしいと言われた以上、ごめんだけど覚悟してもらおう——。巴は前を向いたまま、おもむろに口を開いた。
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