第28話 アンバランスな恋をして
どれほどの時間が流れただろう。無言の時が有無を言わさず訪れて、それはものすごく長い間居座っていたような気もするし、実際は数秒だったのかもしれない。
「——昨日ね」
澄んだ声が静謐に幕を下ろす。巴の声は本当に女の子らしい声だなあと皇は思う。可憐な声で紡がれる言葉はしかし、淡々としていて感情を極力抑えつけたような声音に支配されていた。
巴の横顔をちらりと盗み見る。彼女はどこか儚げな表情で、昨夜を振り返っていった。
◇
何か足りないものがあるわけではない。足りないものがないからこそ、思考停止がまかり通る世界。まさにパーフェクト・ワールド。そんな予定調和に憧れはないけれど、否定する気もない。ただ、今は。何も考えずに済む世界があるのなら、それに甘えて溺れていたい——。
巴の頭の中で、また疑念が鎌首をもたげている。小野や八神、碧のことを皇に余さず話したばかりで、考えたくなくても考えてしまう。
皇はいい感じに相槌を打ちながら静かに耳を傾けてくれていたが、一通り聞き終えると優しさに満ちた顔をして、
「先輩、優しいですね」
とだけ口にした。
「え?」
第一感それ? 巴は思わず皇の顔を見る。
「やっとこっち向いてくれた」
皇は無邪気に笑う。
「先輩。友達を疑いたくないって気持ちよく分かります。そんな先輩が好きです」
「皇くん……」
また告白されてしまった。ていうか心情ばれてる。
「でも一番言いたいのは、あまり危ないことはしないでください」
言って、皇は巴の手を握る。
「う……」巴は俯く。「公園でのことだよね?」
「先輩にもし何かあったら、僕は相手を絶対に許さない。自分が何をするか分かりません」
冗談を言っている雰囲気ではない。巴は顔を上げた。
「えっこわ。そうなの?」
「そうです。怖くないです。それが彼氏というものです」
「たいへんなカレシ観をお持ちなんだね……。皇くん、けっこう武闘派?」
「そのために筋トレをしてるくらいです」
「そのためだったんだ!」
「そりゃそうですよ。大切な先輩を守るためじゃなかったら、あんな地道なトレーニングやってられませんよ」
なんか、思っていた以上にすごいやつだった。そんなに私のこと好きなのか。うれしくはあるのだが、巴は少し気圧されてしまった。愛情のパワーバランスが圧倒的に一方的で、ワンサイドゲームになっている。私もいつか、こんなに強く彼を愛せる日が来るのだろうか? 巴はあまり自信がない。
いやでも、皇の考えは愛の強さだけに由来しているとも限らないか。理想のカレシ像があるとか、単に責任感が強いだけかも……。
揺れ動く巴の瞳に何を思ったのか、皇の柔らかい声が建設的な意見を出してきた。
「不確定要素があるから人は疑ったり迷ったりする。それなら、白黒はっきりさせればいいんですよ」
考えているだけでは何も始まらない。行動が必要だ。皇はそう言っている。
「僕に考えがあります。任せてください」
頼もしく宣言されたが、一体何をするつもりなのか心配でもある。皇の真っ直ぐな瞳とは対照的に、巴の心中は複雑だった。
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