第13話 三船巴の省察
これでよかったんだろうか。最低限のことはしたという自負はあるが、本当に最低限という感じ。最初こそ怖さがあったが、同じ学校の生徒で、しかも中学も同じだったから、巴は見過ごすことができなかった。
(名前は確か——小野くん)
一度も同じクラスになったことはなく、なんとかギリギリ顔と名前が一致する程度の同窓生。
声をかけるにあたり、巴に逡巡があったのも事実。生まれて初めて渡る危ない橋。昔から危ないことはするなと言われてきたし、するつもりもなかった。でも、だけど。知っている人が——本当にただ知っているだけだけど——倒れているのを無視するのは気まずくて。
そして、冷静な打算もあった。どんな人かまでは知らない相手だけど、さすがに危害を加えられる可能性はないのではないかと。楽観ではなく、そんなことになったら黙っていない男子が何人かいるはずなんだからと。……いるよね?
たぶん、だから、きっと。——私は平気だろうと。泣いているその人に、巴は手を差し伸べた。
それは比喩であり、実際は距離をとっていたけれど。それがその時点での精いっぱい。巴なりの精いっぱいだった。
それなのに。なんか不完全燃焼になっちゃったなあ。話しかけた意味あったのかな……と巴は思う。もっとヤバいことになってたら(死にかけてるとか)意味あったと思うけど、そっちのほうがイヤだから、結果的にはよかったと思っておく。
ただ、あのケガ。ぼこぼこにされた跡にしか見えなかった。ケンカというより、一方的に痛めつけられたような——。もちろん印象でしかないから、本当のところは分からないが。あいつが悪いことをしたのかもしれないし。パンツ見せてとか言うようなヤツだし。
でも、顔から——たぶん口のあたりから、けっこう血が出ていた。制服も土まみれで。どんな事情があるにせよ、あそこまでのことになるだろうか。
そう考えると、やっぱりヤンキーに絡まれたとか、そういう不穏なアクシデントがあったのだろうか。もしそうなら家の近所だし怖い。
言うまでもなく、彼も相当怖かったことと思う。巴に対する態度は気に入らなかったが、なんだか手負いの犬が必死に吠えているようで、かわいそうな気持ちが上回った。
だって、彼は——。そう、泣いていたんだ。ひとりぼっちで。誰にも知られず。巴にしか気付かれず。それに気付いてしまった巴には、だから責任があったように思う。それで、後悔したくなくて踏み込んだのに、結局後悔している。なんとも自分らしい。救急車とか呼んだほうがよかったかな。まさかあのまま死んじゃってるとかないよね……。いや、自力で座ってたし心配しすぎか。パンツ見せてとか言うくらいだし(根に持ってる)。
……ていうか。歩きながら考えていた巴の足がピタリと止まる。
(あいつ、ブスとか言ってなかった!?)
衝撃的な単語を思い出してしまった。そんなこと言われたの人生初だ。こうも直球だと意外とショック。幼稚ではあるが鋭利な言葉のナイフが時間差で胸へと突き刺さる。
少女マンガとかだったら逆に気になっちゃったりするのかもだけど、現実にはカチンときただけだった。
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