第14話 ヴァージニティー
公園の脇の道から横断歩道を渡り、今度はマンションの脇を通る。もう巴の家は目と鼻の先だ。マンションの正面付近が視界に入り、ふとそこに男女の姿があるのに気付く。ここにもカップル! しかも——。
(わあ。いけないものを見てしまった)
制服姿の女子と陽キャ風の男子は抱き合い、両腕を身体に絡め合い、濃厚なキスを交わしていた。
(——あ。やば)
ガン見してたら気付かれたか。女の子と目が合った。あれ?
「巴ちゃーん!」
なんかギャルが手を振ってる。名前も呼んでるし——って。
「え!
知り合いだった。家が近所で小・中学校が同じだったから、昔はよく遊んでいた。
五木碧。ちなみにこのマンションに住んでいる。
「久しぶりだねー。元気してた?」
「元気だけど、金髪になってるね!」
「えへへー。どう? 似合うー?」
もう少しおとなしい子だったと思うけど、正統派ギャルに進化していた。明るく染まった肩までの髪には若干ゆるふわパーマもあてられているらしく、黒縁だった眼鏡のフレームもお洒落な赤系統に変わっている。
「めっっっっちゃ似合ってる!! かわいい!!」
素敵なイメチェンで興奮しちゃう。
「おっ。大好評。巴ちゃんが言うなら間違いないねー」
碧はニコニコしている。その薄桃色の唇を見て、さっきまでこの唇が……とか考えてしまい、なんだか恥ずかしくなった。
「へえ、知り合いなんだ。こんばんは三船さん」
そこで碧のお相手に話しかけられ、ようやくこちらも知人だと思い知る。ていうか、現在のクラスメイトだった。
「
「え、今気付いたの?」
笑われてしまった。だって、私服だったし。雰囲気違ったし。学校では真面目が服を着ているようなイメージなのに、今はかなりくだけた——言葉を選ばず言ってしまうと、チャラい格好をしている。
「マジか。八神くんと碧ちゃんが付き合ってたなんて……。あ、邪魔してゴメンね。私に構わず、どうぞ続けて?」
キスの続きを促してみた。
「やだなー、そんな見せるもんじゃないよー」
碧は困ったように笑う。さすがにダメか。なかなか見られるもんじゃないから言ってみたけど、冗談の割合も大きかった。
「そうなの? 俺は全然いいけど」
言って、八神は碧の顎に手を添える。
「もー、ダメだよー」
碧は顔を背けながらも、まんざらでもない表情をしている。うう、自分で言っておいてなんだけど、早くもお腹いっぱいになってきた……。巴は早速後悔を始める。
「いいじゃん。いつもしてるんだから」
碧の唇が、ついに八神のそれに捕まった。
(おおー。激しい……)
なんだかんだ巴は見てしまう。舌まで絡み合い、碧が艶かしい吐息を漏らす。
「ん……くふっ……」
濃密な恋人の時間が展開されている。なんだかいけないものを見ている気分になってきた。巴は直視できなくなり、その場から逃げ出そうとする。
「ご、ごちそうさまでした〜。じゃあまたね〜」
「なんちゃって」
ぱっと八神が碧から離れた。
「!?」
「赤くなっちゃって、三船さんかわいー」
「いや、あなたの彼女さんも赤くなってますけど!?」
さては私の反応を見て楽しんでいたな……。優等生ボーイだとばかり思っていたけど、こんなヤツだったとは。不覚……!
「ちょっとー、
碧がプンスカしている。カオルちゃん。そうか。彼の名前は八神香だった。
「大丈夫。タイプじゃないから」
聞こえてますが……! こっちもタイプじゃないわ! 心の中でしか反論できない悲しい巴だった。
「あとチュウしすぎー」
「まあまあ、減るもんじゃないし」
碧をなだめる八神。しかしキミは聞き捨てならないことを言った。巴は髪をかき上げる。ちなみに篠原涼子を意識している。
「それが違うのよね……」優しく諭すような巴の声に。
「え?」戸惑いを見せる八神。
巴はチラッと碧をみて、あたかも決め台詞を言うかのように言葉を発した。
「減っちゃうのよ。ヴァージニティーがね……!」
決まった……! 満足げな巴。対して八神はポカンとしており、碧は爆笑している。
「それー! まだ言ってんのー!?」
「や、久々に思い出したから言ってみた」
中学の頃、仲間内で一時期流行っていたやつ。ブラジャーが透けていたり、スカートの後ろがめくれていたりすると「あー、ヴァージニティー減っちゃったわー」とか言っていた。
「よく分からんが、楽しそうで何より」
八神はにこやかに笑んで、近くに停めてあった原付バイクに跨った。
「俺もう帰るから。碧ちゃんまたね。三船さんも……あれ? どうしたの?」
——黒い、原付バイク。
「う、ううん。なんでもない。またねー」
ドクン。笑顔が少しぎこちなくなる。ドクンドクン。心臓が早鐘を打つ。ドクンドクンドクン。なんで。まさか。いや偶然でしょ。
(——あ。靴が)
八神の靴が土でかなり汚れている。そんな。うそ——。
(だって、あれが八神くんだとしたら、一緒にいたのは碧ちゃんで——え?)
巴の頭は混乱していた。八神の原付は走り去り、その姿はすでにない。
「私も帰るねー。バイバーイ」
「あ! 碧ちゃん! 待って!」
マンションの中に向かおうとする碧を反射的に呼び止める。
「ん? なにー?」
「えーと。碧ちゃんたち、今日、公園行った?」
「は?」
「あ、ほら、そこの公園。やっぱ付き合ってると夜の公園とか行くのかなーって」
碧の表情は——正面玄関からの照明が届かず、陰になっていて分からない。
「えー、行くわけないじゃん。何にもないでしょ? 公園なんて」
巴のよく知る飄々とした口調で——彼女は言った。
「——そっか。そうだよね」
「昔はよく行ったよねー。あ、また今度どっかで遊ぶ? 巴ちゃんもカレシ連れてきなよー」
「彼氏——。そうね、聞いとくね」
そうしてー、と口にして、碧はオートロックを解除する。
「じゃあねー」
最後に手を振り、自動ドアの向こう側へと消えていった。
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