第7話 彼氏彼女の事情

「お試し……だよね?」

 鈴の鳴るような声に、皇は少しだけ現実に引き戻される。そうだった。自分で言っておいて都合よく忘れかけていた。

「それなんですが、急に明日とかやっぱやめた! っていうのはナシですよ? まあ僕が嫌われちゃったら仕方ないけど。最低1週間はお願いします」

「りょーかい。さすがに私も鬼じゃないから、3日は保証しましょう」

「みじかっ!」

 皇の耳に押し当てられたスマホから、ふふっという巴の笑い声が聞こえてくる。可愛い。すごい可愛い。絶対メチャクチャ可愛い笑顔してる今!

「先輩、ビデオ通話しましょう!」

「えっ。それはダメよ。お風呂上がりだし、すっぴんだし」

「えー」

「えーじゃないの」

「僕は気にしませんよ」

「私が気にするの」

「どうせそんな化粧してないですよね先輩」

「う。し、してるわよ! ナチュラルメイクなんだから!」

「ぁゃιぃ」

「小声! 聞こえてる! だいたいノーメイクのJKなんているわけないでしょ。いい加減にしないと怒るよ?」

「もう怒ってそう。いいですけど」

 怒った顔も見たいとか思ってしまう。

「とにかく! もう結構話したし、また明日とかにしましょ」

「明日会えます!? 放課後デートしましょう!」

 お試し期間が終わるまでに本物の彼氏と認めてもらわなくては……という気持ちもあるが、お試しとはいえせっかく付き合えたのだ。皇は早く会いたかった。


    ◇


 デートか、と巴は思った。正直ちょっと照れくさいけど、男子と複数人で遊ぶことなんてちょいちょいあるし、とくに身構えるようなことじゃない……よね。

「ま、まあ……。いいけど……」

 バイトもないし。お金もないけど。

「じゃあ決まりですね! 何時頃学校終わります? 迎えに行きますよ!」

「それがねー、テスト返しが終わったからなんと! 午前授業なのです!」

 ドヤァ。

「私といっぱい遊ぶ時間があって嬉しかろう」

「はい! 楽しみです!」

 素直か。電話の向こうで純粋な瞳をキラキラ輝かせているんでしょうね。先輩には分かってしまう。

「あれ? 皇くんは? 学校」

「僕はもう春休みみたいなもんです。向こうが秋入学なんで高校行ってたんですけど、また4月からこっちの高校に入り直します」

「そうなの!? なんか大変そう」

「入試が簡単で助かりました」

 それは頭がよいからでは……。巴は授業があまり好きではない。朝は眠いし、午後も眠い。

「先輩ってレイコーで合ってますよね?」

「合ってるよー。よくご存知ね」

 レイコー。関西に伝わるというアイスコーヒーの俗称ではない。都立令和高校。一応進学校なのだが、本当に一応という感じで、それなりの高校。制服はよくあるブレザー。巴は特別可愛いとは思っていないが、朱里の制服姿は可愛いと思う。つまりは本人の問題か……という結論が出ている。

「友達情報で……。先輩がどこの高校行くかはみんな気にしてて、よく話題になってたんです。だから多分みんな知ってます」

「そ、そうなんだ……」

「ソーナンス!(声真似)」

 に、似てる……。意外な特技。じゃなくて。

「じゃ、高校の場所も知ってるってことでいいのかな?」

「はい。令高なら分かります」

「OK。じゃあ12時半頃ね。お昼一緒に食べよう」

「先輩とご飯行けるなんて夢みたいだなー。夢の国って感じ」

「それディズニーランドじゃん」

 なんかお腹すいた。ご飯の話してたから? いえいえ、夜ご飯を食べてなかったのです。でも結構いい時間になっちゃったし、どうしようかな。悩める巴は、ある一つの決断を下した。

「決めた。お茶漬けにしよ」

「お茶漬け? お昼お茶漬けがいいんですか!?」

「あ、違うの。こっちの話。皇くん、そろそろ電話切るねー。オヤスミ☆」

「気のせいか星が流れたような……。分かりました。おやすみなさい先輩。いい夢を! 夢の国を!」

「だからそれディズニーランドじゃん」

 行きたいのか。私は行きたい。ジミニー・クリケットに会いたい。そんなことを考えながら、巴は自室から階下へ向かう。


 気がかりがあるとすれば。バイトの日はご飯いらないと言ってあるから、炊飯器の中身がどんな具合か分からないということだ。

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