第6話 三船先輩のいいところ

「も、もしもし……」

「すみません!」

 開口一番、謝られた。

「え? いや、謝りたいのはこっちなんだけど……?」

「急に好きとか言われても、困りますよね。急いでるみたいだったし、失敗しました」

 律義な皇だった。

「あはは、ちょっとバイトの時間がね……」

「バイトかー。大丈夫でした?」

「まあ、最終的にはね」

「よかった。三船先輩は何の……」

 言いかけて、皇は黙する。

「んー?」

「いえ、やっぱり脱線はよくないなと。で、先輩」

 ずいっと。電話越しに一歩前に出られたような錯覚。

「正直にお願いします。僕のこと、どう思ってます?」

 切れ味鋭く、一直線に踏み込んできた。

「うーん、なんて言ったらいいのか……」

 対して、歯切れの悪い巴。

「いい子だとは思ってる、かな……」

「いい子、か……」

「あのね皇くん。私、皇くんが思ってるような女の子じゃないよ? たぶんすぐフラれちゃう」

 巴は自嘲気味に笑った。

「そんな……そんなことない!」

「……皇くん?」

 思いの外、強い調子で否定されてしまった。でも、優しい声。

「あ、すみません。でも、疑ってるようですね。僕が本気じゃないんじゃないかって」

「ち——」

 違うの、と言おうとして、そうかもしれないと気付く。皇からしてみたら、疑われている。巴は自衛のために、皇の気持ちを無意識下で過小評価している。


「三船先輩。僕は本気です」

 真っ直ぐな皇。愚直にして清廉。良くも悪くも巴の暗部が照らし出されていく。

「へえ。どのくらい?」

 いけない。意地悪になってる。相手を困らせるだけの設問。どこかで狼狽を期待している。どこまで卑怯なのよ、と巴は自分に嫌気が差す。

「……先輩が思ってるより、ずっと」

 正解のない質問にも真摯に返してくる。やっぱりいい子だ。

「ごめん。嫌な聞き方して。皇くんの気持ちは伝わったよ。ありがと」

「ほんとに伝わったのかなあ」

 今度は疑われてしまった。しょうがないか。今までを思えば当たり前といえそう。


「皇くんのことはもちろん嫌いじゃないし、付き合いたくない理由があるわけでもないの」

「え。それじゃあ……」

「ただ、私は上辺だけだから」

「……? それって……。もしかして先輩、自分は見た目だけとか思ってます?」

 ご明察……! 巴はルックスにしか自信がない。その自信も外部評価から与えられたものだけど。

「先輩は見た目だけじゃないですよ。そりゃ顔も仕草も声も可愛いですけど、それだけじゃないです」

「……ほめすぎでしょ笑」

「あ。また信じてないですね!?」

「皇くんを信じてないわけじゃなくて、自分がね……」

 物憂げな吐息。可愛いとか美人とか、それはもうみんなが言うから受け入れている。でも、それだけ。私にはそれしかない。それ以外の価値はない。そう巴は思ってしまう。それだけ可愛けりゃいいじゃん、と人は言う。でも巴は嫌だった。可愛い以外の存在価値。それは無い物ねだりで、欲張りで。じゃあ他に何か認められるための努力をしているのかと聞かれたら、たいしてしていない。だめじゃん。だめだめだー。巴は小声で独り言のように呟く。

「本当に見た目だけなの、私は……」

 言ってから気付く。自分で言ってしまった。巴は慌ててフォローする。

「まあ自分で言うなって話だけどね!」

「いえ、先輩が可愛いのは事実ですから。だけど、それだけじゃない。僕、先輩のいいところ知ってますよ。見た目以外で笑」

 なんか笑ってる。やっぱり自分で言ったのはまずかったかな。巴は恥ずかしさの渦中に放り込まれた。

「先輩は忘れてるかもしれないけど……。僕との会話トーク履歴残ってますか?

 まあいいや、スクショ取ってあるんで今送ります。ちょっとそれ見てください」

 皇に促されてスマホを耳から離し、画面に視線を向ける。過去の会話トークのスクリーンショットと思われる画像が届いていた。


「これ……」

 画像を拡大し、自分が皇に以前送ったメッセージだと分かる。記憶が舞い戻った。

「おお、そいえばこんなこともあったね」

 皇にとって初めての地区大会の日。学年代表の1人に見事選ばれていた皇だったが、開始時刻の勘違いで遅刻し、不戦敗となってしまった。コンディションは万全だったのに。試合に出たくても出られない仲間もいたのに。皇は自分への苛立ちと申し訳なさで誰とも目を合わせられず、気落ちしたまま会場を後にした。その後——。


「思い出しました? あの日、大会が終わった後に先輩がくれたLINE。記念に保存したんです」

 何の記念なのやら……と思いながら巴は内容を読み返す。

『どんまい。今日は泣いていい。落ち込んでもいい。でもこれだけは忘れないで。寝坊は誰にでもある!』

「寝坊じゃねーーー! って思って、これ見て笑っちゃって。泣いていいとか言っときながら笑わせにくるのエグかったです」

「それはほんとごめん。寝坊と思ったんだもん」

「……でも、三船先輩だけでした。泣いていいって言ってくれたの」

「え……?」

「みんな元気出してとかは言ってくれるんですけどね。泣いてもいいんだって思ったら、なんか安心しちゃって。確かこの時、笑いながら泣いてるヤバい奴でした」

「皇くん……」

 そうだ。泣きたい時には泣けばいい。辛いことがあったら泣けばいいんだ。

「私、いいこと言うね!」

「ほら、先輩のいいところあったでしょ。いいこと言うところ」

 皇が笑って言う。

「……うん、まあ。この時だけかもしれないけどね」

 巴もつられて笑う。


「でも実際、元気出ました。それで思ったんですよね。ああ、先輩のこと好きだって」

 そっか。この時に。そうなんだ……。

「はい。先輩のいいところ教えてあげたんだし、これで僕と付き合ってくれますね?」

 んん……?

「え、まって。どういう理論? ごめんお姉さんちょっとよく分かんないな……」

「僕とは付き合えないってことですか?」

「いや、そういうわけじゃ……」

 煮え切らない巴。ここぞとばかりに皇は決めにいく。

「先輩、好きな人いるってわけでもないんですよね?」

「それはそうだけど……」

「それなら、僕のこと嫌いじゃないなら、お試しで付き合ってくださいよー。お願いしますよー」

「何でそんなに必死なの!?」

「先輩のこと好きだからですよ。じゃあ、お試しってことでいいですね?」

「強引だなあ……」

「いいですね!?!?!?」

 一歩も引き下がらない。こんなキャラだっけ?

「はあ……。もう、しょうがないなあ」

 巴の方が折れた瞬間だった。

「え!? おお!? マジですか!? 言ってみるもんだなあ! やったー!!!!」

 めちゃくちゃ喜ばれてしまった。

「一生大事にします!」

「重い!」

「でもやっぱ直接会ってOKもらいたかったなー。そしたら勢いで抱きしめちゃったりする予定だったんだけど。あー! 先輩に会いたくなってきた。でももう夜かー!」

「皇くん……。キャラ変わってるけど……?」

「はっ! 失礼しました。でもこればかりは仕方ないですよ! 三船先輩と付き合えるんですから!」

 声が弾んでいる。こんなに喜んでくれるなら付き合うのもいいか、という気分になる。お試しだし。

「えーと、お試し……だよね?」

 テンション爆上がりのところ水を指すようで悪い気もしたが、逆に心配になってつい確認してしまう巴だった。

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