第5話 乙女解剖
——で、結局。強風の影響で電車が遅れており、遅刻こそしたが怒られなかった。巴ちゃんの大勝利である! ——なんてセルフナレーションを流しながら、もしも日記を付けるなら今日は幸運だったと書こうとか思う。そんな習慣はないので、ただ思うだけなんだけど。
幸運。皇に告白されたことも幸運だったのだろうか——?
「分からない……」
アルバイト先から帰宅し、お風呂に直行。湯船に肩まで沈みながら気付く。
「ていうか皇くんからしたら、せっかく告白したのに相手はマッハでいなくなったのよね……」
うわー、失礼すぎるでしょ。せめてありがとうは言いたかった。自己嫌悪。巴は隠れるように口元まで湯に浸った。ぶくぶく。ため息は泡に変わる。
はー。これ、どうやって断ればいいんだろ。なんか気が重くなってきた。
もしかしたら、呆れられてるかもしれない。なんでこんなのに告白しちゃったんだろうって。そう思ったかも。本当に申し訳ない。
「でも、タイミングがね……」
いきなりだったし。やっぱり皇だったら許してくれそうな気もする。
「ま、どちらにせよ早めに謝って断らないとな……」また沈む。ぶくぶく。
——ん? 断る?
「ああーっ! そうだった!」
思わず顔を上げる。断らないという選択肢もあるんだった。朱里(と上村)が言っていた。彼氏を作れって。
今まで告白されても全て丁重に断り、OKして付き合うという発想が生まれなかったのは——そう。『別に好きじゃないから』。嫌いでもなかったけれど、好きではない人と付き合うというのは考えすらしなかった。
だって、それは——いいのだろうか。相手は好意を持ってくれていて、しかし自分は何とも思っていない。そんな状況。自分が苦しむこともあるだろうけど、それよりも。相手はそれで、いいのだろうか——?
ダメだ。私の頭では分からない。巴はサジを投げそうになる。でも大丈夫。私には頼れる師匠がいる——。長い入浴を終えた巴は髪を乾かしながら、LINEで朱里に泣きつく。即既読になり、即着信があった。優しい。
「朱里ちゃーん泣」
「そんな…………。………好き……だから…………じゃん」
「ごめん朱里ちゃん、ドライヤーの音でよく聞こえなかったんだけど、もしかして私に告白した?」
「なんでじゃー! ちゃんと聞けし!」
「そんなわけないか。じゃあゴメンだけど、もう一回言って?」
「しょーがないなー。えーとね。『そんな深く考えないの。相手は自分が好きな人と付き合えるんだから、ハッピーに決まってんじゃん』って言ったの」
軽く断言された。そうなのか……! 巴は素直に聞いておく。
「で、お相手は? ……え、中学の後輩? マジ? やるねえもえち!」
「なにがよ……なにもやってないよ……」
なんかニヤニヤしてそう。弟子には分かってしまう。
「んじゃ、早いとこOKして紹介してよね。よろー」
一方的に告げられて通話が切れる。
「ええ……。どうしよ」
巴はベッドに倒れ込んで考える。例えば。もし私に好きな人がいるのなら、それは断る正当な理由になるのだろう。大義名分というやつだ。しかし、あいにくそういうのはない。それなら。相手を悪く思っているわけでなく、相手が好意を向けてくれるのなら。
(え……。断る理由、ない……?)
今までは恋愛感情がないのに付き合うのは相手に失礼だと思っていた。だけど、朱里に言わせればそんなことないらしい。
(私は——)
未だ収拾の付いていない頭を整理すべく、巴は顔を枕に押し付ける。思考を数秒、無に帰す。そうしてから、改めてその断片を拾い集めていく。
皇はいい後輩だった。そして私を好きだという。断る理由を探す。なぜ? 付き合いたくない? 好きでもないのに付き合ったら傷つける? いずれ別れるから? 見た目だけでたいした女じゃないと気付かれるから? そうだ。私の気持ちは。
(私は、傷つくのが怖いんだ——)
卑怯な自分に気付き、すぐ煙に巻く。違う。相手を傷つけないか心配だっただけ。それだけで——。いや、違わないか。もう誤魔化すのはよそう。認めよう。本当は気付いていたけど、認めたくなかった。こちらが正解。私は全然かわいい女じゃなかったの。ちょっと見た目がいいから、みんな騙されているだけ。私も勘違いしちゃってた。だってみんながかわいいって言うから。馬鹿みたい。あーもう、ほんと恥ずかしい。枕パンチ。いや、あなたは悪くなかったね。巴は枕に謝罪した。
低反発な枕をぎゅっとハグして非道を詫びていると、枕元に置いてあったスマホが通知音を出した。はっとして画面を見る。皇からのLINEだった。連絡先を交換した覚えはなかったが、同じ部活だったわけだし、どこかのタイミングで教え合っていたような気もしてきた。
『こんばんは。今平気ですか?』
短文だった。平気だけど、何て返そう。『平気だよー』は軽すぎだろうか。昼間の返事を聞かれるかな。いや、それよりも先に謝らないと。思案する巴に先じて、第二文が届く。
『よければ、電話したいんですが』
で、電話〜〜〜〜〜!? 慌てふためく巴。ともあれ、既読は付いてしまっている。こうなったら仕方ない。OK!と謎の動物が親指を立てているスタンプを投下した。
一拍置いて、アプリからそのまま電話がかかってくる。巴は呼吸を整え、緊張の面持ちで通話アイコンをタップした。
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