第2話 ナンパマスター

 巴と朱里はそろって文化祭のミスコンに出たことがある。率先して前に出ることのない巴と違い、朱里はぐいぐい面に出る性質で、ミスコンへの出馬も速攻で決めた。巴は朱里の押しに屈する形で仕方なく出た。結果は僅差で巴が制するところとなり、不本意ながら彼女の知名度を押し上げる要因となってしまった。朱里は「次は負けないかんね〜!」とか言っていたが、リアクションに困った巴が「えーと、頑張ってね」と笑顔で返したところ、「余裕か! こんにゃろ〜」とお尻を揉まれてしまった。なんでや。


 それまで朱里と面識がなかった巴だったが、その名前だけは知っていた。有志が作る校内美少女ランキング……とかいう勝手極まりない指標を何度か見たことがあり、朱里はそれの最上位常連だった。ちなみに巴もだけど。ほんと男子ってこういうの好きですな、というのが最初の感想。それは一定のペースで更新されるらしかったが、巴と朱里はいつも一番上かその次のS++++だかS+++だかにランクされており、当人たちは「日焼け止めか」なんて感想を抱いていた。


 そんな巷で噂の2人は今、JRと私鉄が乗り入れるターミナル駅の構内で仲良くスタンバっている。何にかと言えば、先の朱里の「ナンパされにいく?」発言が全てを物語っているといえよう。


    ◇


 ——ナンパとは。いわゆる街の往来で見知らぬ殿方にお声をかけられるイベントである。

「ですよねナンパマスター」

「誰がじゃ。それだとウチがナンパするみたいじゃん」

「じゃあナンパされマスター……」

「それだとダジャレみたいじゃん。カミソンみたいなヤツでしょ、ナンマスって」

 略したらバンマスみたいだな、と巴は思った。マンモスにも似てるか。

「よし、帰ろう」

「まてえい!」

 ガシッ。帰路に着こうとした巴の肩を朱里がホールドする。

「もえちやる気ある!?」「ないです……。帰りたい……」「ほら、スカートもっと上げて! 短くして!」「ええ……。こ、ここから上はもうパンツだから……」「んなわけあるかー!」


 ぎゃーぎゃー揉めている女子2人に声をかけてくる男性は果たして現れるのか。帰宅ラッシュと重なって混雑する駅の構内は明るいとはいえ、外はすでに日が暮れている。夜が更けるほど寒くなるし、巴は早く帰りたかった。


 さて、その頃。上村は『狩場』へと向かっていた。彼の主戦場——そう、立川である。ハイレベルな女子2人がナンパ待ちをすると耳にし、そいつは聞き捨てならねぇとばかりに三色混合の髪をかき上げた上村だったが、「アンタは来ないで」と朱里に一喝され、「またねーん」と投げキッスされ、「着いてきたらストーカー認定するから」と念を押された。そんな……と絶望しかけたものの、こんな時はオレもナンパに行って気分をアゲよう⤴️と心機一転、即行動。持ち味である切り替えの速さを存分に発揮する。まず商業施設のそばにあるラーメン店で腹ごしらえをし、準備万端でホームグラウンドへとやってきた。そうしてノリがよさそうだったりオシに弱そうだったり条件のよさそうな女の子を物色していると、女神を見つけてしまった。それも2人も。

「やば! これってもう運命じゃね? ご飯いく? カラオケとか?」

 朱里がドン引きしている。

「す、ストーカー……」

「って思うじゃん? それが違うのよ。ほら見て。このポンポコリンのお腹。ラーメン食べてきたからオレ」

「いや分かんないから。服まくらんでいいから」

 朱里は軽くパンチを食らわす。意外と引き締まった腹筋だった。巴は顔を背けながらも横目で見ていた。

「もうオレにナンパされればよくね? ガチで安心安全だし。変なヤツに着いていったら危ないっしょ」

「はい。おまいう案件。カミソンより変なヤツ見たことないし。ねー?」

 そこで同意を求められても……。巴は意味深に微笑むしかなかった。

「どう、かな……?」

 否定はしない派。上村はガーン!という顔をしている。少しだけかわいそうな気もしたが、この混乱に乗じて巴は帰りたい。

「それじゃあ、私はこの辺で……」

「ちょっとまてええい!」

 ですよね。本日2回目。

「だって朱里ちゃんといる時に声かけてくる人って絶対朱里ちゃん目当てだもん。意味ないよ」

「いやいやいやいや。それはない」

「オレっちは2人そろってウェルカムだぜ?」

「アンタは消えてね」

 朱里は上村を一蹴してから推理する。

「ま、半分くらいはもえち狙いでしょ」

「え? 7割チャンモエ狙いじゃね?」

「ウフフ、そういう冗談うざいんだけど」

 笑顔と同時に放たれる凍てつく眼差し。直撃を受けた上村は命乞いをする。

「まって! 殺さないで!」

「ええ、いいでしょう。その代わり、あなたにはクレープをおごってもらいます」

「!?」

「もえちー、カミソンがおごってくれるってー。クレープ食べて帰ろ?」

「!?」

 今度は巴が驚く番だった。

「いいの!?」

 思わず確認してしまう。あんなに帰りたかったのに。虚を突かれてしまった。ホントにいいのかな?

「遠慮すんな。安いやつでシクヨロ!」

 いや、矛盾を感じるが……そうじゃなくて。

「朱里ちゃん分かってくれたんだ。ナンパ待ちはやりすぎだって。

 ありがと! うれしい! すき!」

「はいはい、うちも好きよ。ま、2人だとやっぱ声かけづらい説はあるしね。今度もえち1人でやればいいかなって」

「それはぃゃ」

「え? なんて?」

 ぶっちゃけありえません師匠。巴はスルーをキメて歩き出す。

「さあ、クレープ食べてかえろー! ストロベリー&チョコスペシャルが私と朱里ちゃんを待っているぅー!」

「ええ、オレは? あとそれ高いやつじゃね?」

 果たして上村の持ち合わせは足りるのかどうか。女子2名がどれだけトッピングを要求するかにも依ってくるが、先ほどご飯とかカラオケとか言ってたし恐らく大丈夫だろう。


 クレープ屋に向かいながら、それにしても——と巴は思う。

「それにしても、朱里ちゃんがクレープをおごらせる流れは大変勉強になりました」

「えっへん。師匠と呼びな」

「もう呼んでる笑」

「うぇーい! オレのことは未来のカレシと呼んでくれい!」

「笑」

「クゥーッ! 愛想笑いも激マブ! もう犯罪っしょ!」

「てか、ウチらに手出したら犯罪だかんね」

 ブッブー、と唇を尖らせ、指でバッテンを作ってみせる朱里。

 うう、師匠の唇えろかわいい……なんて巴は呑気なものだったが、上村は分かりやすく動揺していた。

「マ!? オレ捕まる!? 真剣交際ならセーフっしょ?」

「どうなのかねえ」

 くすくす。朱里は面白がっている。さすがに不憫になり、巴は助け舟を出した。

「まあ、まだ何かあったわけじゃないし。あまり心配しなくても……」

「—————!!」

 上村が息を吹き返す。

「もえち、余計なフォローを……」

「ごめち。でもクレープまだだし、カミソンさんには元気でいてもらわないと」

「わお。この天然悪女め!」

 不名誉な称号を頂いてしまったが、クレープ屋さんはもうすぐそこだ。上村の分は朱里と割り勘で出そうと巴は思っている。師匠も鬼じゃないから、きっと承諾してくれるはずだ。

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