第3話 精神混濁

 深遠なる思考に沈む時間。昔からずっと、この時間がたまらなく大切であり、そして嫌いだった。誰にも邪魔されずに自分を取り戻せる一刻であり、凄惨な出来事を再確認させられる時間。忘れたくても忘れられない。なにしろ当日、現実にあった出来事なのだ。羽交い締めにされ殴打、頸部の圧迫。容姿をけなされ、冬の川で下着まで脱がされる。回想するだけで当時の震えが蘇った。寒さよりも圧倒的な恐怖が全身の痙攣を喚起する。自分への絶望。自己否定。他己否定。現実逃避。世界の拒絶。あらゆる防衛本能が役に立たず、徒労すら感じられない虚無感に支配される。自殺願望。破壊衝動。殺人欲求。どれも違うし、どれも馴染む。


「ああ——。ああ——」

 呻きにもならない嗚咽が漏れ、手の中には吐瀉物が薄く広がった。口内に押し寄せる胃液の味。逃れようのない不快感。暗闇の中、自分が生きていることを強く認識する。死にたい。殺したい。生きていたくない。あいつらを殺したい。生きたい。誰も殺したくない。みんな殺したい——。


 一握りの理性を嘲笑うかのように、仄昏い感情が渦を巻く。それはどす黒く成長を遂げ、ゆっくりと、しかし着実に精神を蝕んでいく。

「ああ——。ああ——」


 世界が滅んだのは、その7日後のことだった。

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